第6話「初任務」
森の外縁は、思ったより“平和”だった。
街道から外れて少し入ると、木々の背が高くなり、地面の匂いも濃くなる。
湿った土。腐葉土。薬草の青臭さ。
俺は依頼書の紙を見て、目印になる木と岩を確認した。
(採取。採取だ。戦闘じゃない)
両手で草を抜く。根ごと。
泥を落として、束ねる。
——単調。
最高。
「……よし、順調」
俺は袋の中身を覗いて、ニヤけそうになった。
(これ持って帰れば、金だ。宿だ。屋根だ。文明だ)
魔物の気配もない。
昨日みたいな“バケモン狼”が出てきたら終わりだけど、今のところ平和。
「“比較的”って言ってたけど、案外——」
その瞬間。
遠くで、甲高い悲鳴がした。
「……は?」
子供の声。
森の中で聞くには、あまりに細くて、切実で。
俺は反射で顔を上げた。
(……やめろ)
一番嫌なやつだ。
俺はすぐに踵を返した。
聞かなかったことにする。
見なかったことにする。
(魔物に出くわしたら溜まったもんじゃねぇ。俺は採取しに来ただけだ)
——街へ戻る。
宿を取る。
生きる。
それが最適解。
そう思った瞬間、腰が光った。
ブレイブドライバーが、点滅じゃなく“主張”してきた。
『クエスト発生』
目の前に、透明なウィンドウが開く。
『子供を救え』
『クエスト報酬:ヒーローポイント 3』
「……は?」
さらに追い打ち。
『森の中でも最弱の魔物、ゴブリンに子供が狙われています』
『ヒーローしか助けられません(変身推奨)』
「推奨じゃねぇよ!!」
俺は息を飲んだ。
3ポイント。
昨日の“初期ポイント1”の重みを知ったばかりだ。
(3……)
ブリーフ。
タンクトップ。
軍手。
靴下。
より強く、そして人前で戦えるようになる為にも、ポイントは必要だ。
「……どうする……」
悲鳴が、もう一度聞こえた。
短く、途切れそうな声。
俺は舌打ちした。
(最弱……最弱って言ったな?)
ブレイブドライバーの説明が頭をよぎる。
変身成功で身体能力3倍。
相手は“森の最弱”。
(……いける、か?)
それでも足が動かない。
動いたら、戻れない気がした。
——でも。
悲鳴の“近さ”が、答えだった。
迷っている暇はない。
「……クソが」
俺は走り出した。
*
木々の間を抜けると、開けた小さな空間に出た。
そこに——子供がいた。
小柄で、服が薄い。
泥だらけで、必死に逃げている。
その後ろ。
緑色の、汚れた小さな影が追っていた。
ゴブリン。
背は子供より少し大きい。
腕が長い。顔が歪んでいる。
手には、錆びた短い刃物。
(あれが最弱……?)
子供が根っこに躓いた。
「っ……!」
転ぶ。
起き上がれない。
ゴブリンが距離を詰める。
俺の喉が勝手に叫んだ。
「待て!!」
子供とゴブリンが、同時に俺を見る。
『観測を確認しました』
『変身可能です』
(来た)
俺は腰に手を当て、いつものように腕を振り上げる。
「——変身!!」
光が弾けた。
BGMが鳴った。やはり、自己主張が強い。
体が軽くなる。視界が冴える。
——万能感。
……と同時に、寒気。
光が引いた瞬間、あの姿になる。
「……寒っ」
フルチン。
キラキラマスクだけ。
まただ。
またこの格好だ。
「いや今それどころじゃねぇ!!」
ウィンドウが追撃してきた。
『補足:名乗りを成功させると身体能力強化が3倍から5倍に上がります』
「マジか!?」
俺は一瞬だけ迷った。
恥ずかしい。
でも——5倍。
(ガキとゴブリンだけしかいねぇし、やるか!)
俺は腹を括った。
咳払いをする。
「闇を払い光を照らす!
恐れを越えて——」
その瞬間。
ゴブリンが俺に向かって刃物を振りかざしてくる。
「あぶねっ!?」
走って距離をとる。
「てめぇ途中で邪魔すんじゃねえ!!
それルール違反だろうが!!」
ゴブリンは分からない顔をしている。
当たり前だ。
子供が、涙目で石を掴んだ。
震える手で、ゴブリンに投げつける。
石が当たって、ゴブリンがよろけた。
(今だ!)
俺は叫んだ。
「闇を払い光を照らす!
恐れを越えて、救いを掴む!
仮面勇装——マスクド・ブレイブ!!」
ベルトが光った。
『名乗りボーナス発動』
『身体能力が5倍になりました』
体が、さらに“前に出る”。
反応が上がる。
筋肉が勝手に連動する。
(これならいける!)
俺は踏み込んだ。
*
——いけなかった。
俺は、すぐに理解した。
(互角……?)
相手は小さい。
武器も錆びてる。
動きも雑。
なのに。
互角の勝負をしている。
身体能力はこっちが上な気はする。
だが、場数が違う。
俺は平和な国で暮らしていた一般人。
それに比べ、ゴブリンは躊躇がない。
疲れがない。
怯まない。
俺だけが息を切らしていく。
「っ、はぁ……はぁ……!」
キラキラマスク越しに、ゴブリンの歯が見える。
笑っているみたいに見える。
(なんで“最弱”がこんな強ぇんだよ……!)
ゴブリンが刃物を振り下ろす。
俺は避ける。地面を転がる。
フルチンの尻が土まみれになる。
「最悪だ!!」
そのとき、ブレイブドライバーが喋り出した。
『ヒーローポイントが1ポイント余っています』
『新しい装備を購入することを推奨します』
「……は?」
俺は息を切らしながら叫ぶ。
「あっ! そういやクエストクリアしてたじゃねぇか!!
街に着いた時にもらったやつ!!」
ベルトが冷静に返す。
『現在のヒーローポイントで購入できる装備を表示します』
ウィンドウが開く。
『初期装備(必要HP:1)』
・赤いブリーフ(防御+)
・黄ばんだタンクトップ(防御+)
・臭い軍手(腕力+)
・穴の空いた靴下(脚力+)
「相変わらずしょぼい……!」
ゴブリンが突っ込んでくる。
俺は半歩下がりながら、必死で考える。
(ブリーフは後だ!今は勝てるやつ!)
腕力か脚力。
迷ってたら死ぬ。
「靴下だ!!」
俺は選択した。
足に、布の感触。
布切れに近い何かが装備される。
裸に光るマスクと、穴の空いた靴下。
「……変態が進化しちまった!!」
ベルトが光る。
『足装備を獲得』
『必殺技:ブレイブキックが使用可能です』
「おりゃあっ!!」
俺は蹴った。
——普通のキックだった。
「おい!! 何も変わらんぞ!!」
ベルトが淡々と補足する。
『必殺技を発動する時は、必殺技名を叫ぶ必要があります』
「またかよ!?」
ゴブリンが笑っている。気がする。腹立つ。
「くそっ……!」
俺は深く息を吸って、腹から叫んだ。
「ブレイブキィーーック!!」
ベルトが無駄に発光した。
BGMが、なぜか盛り上がる。
俺の体が軽くなる。
踏み込みが“跳ねる”。
飛び蹴り。
ゴブリンの頭に、正面から入った。
ゴン、じゃない。
——バンッ。
嫌な音がして、頭が爆ぜた。
一拍遅れて、体が崩れ落ちる。
俺は着地して、膝に手をついた。
「……はぁ……はぁ……」
静かになった森で、ベルトが事務的に告げる。
『クエスト:子供を救え クリア』
『ヒーローポイントを3獲得しました』
俺は息を整えながら、地面を睨んだ。
「……割に合わなすぎだろ……」
子供が、恐る恐る近づいてくる。
俺の姿を見て、一歩止まり、固まった。
キラキラマスク。
フルチン。
穴の空いた靴下。
(そりゃそうだ)
俺は咳払いした。
「……大丈夫か。怪我はねえか?」
子供は震えながら、頷いた。
「……あ、ありがとう……」
その声で、俺の腰が光った。
『現在のヒーローポイント:3』
数字だけが、淡々と増えた。
俺は子供から目を逸らして、空を見た。
(助けたら増える。助けなきゃ増えない)
分かりやすい。
でも、気分は最悪だ。
寒いし。
疲れたし。
血の匂いがするし。
何より——恥ずかしい。
俺はベルトを叩いた。
「解除。今すぐ解除」
『変身解除:可能』
光が引いて、服が戻った。
文明。
布。
人間の尊厳。
俺は深呼吸して、子供を見た。
「……帰れるか」
子供は頷く。
俺は袋の中の薬草を確認した。
(採取も途中だ。金もいる。宿もいる)
それでも。
「……行くぞ。街まで」
子供は小さく頷いて、俺の少し後ろを歩き始めた。
俺は、なんとなく振り返れなかった。
振り返ったら、“何か”を背負わされそうな気がしたから。




