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異世界でフルチンだった件 ~脱変態を目指したら英雄になっていた~  作者: 白峰レイ


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第31話「王の処刑」

キングの剣は、ただの武器じゃなかった。


速い。重い。鋭い――それだけじゃない。

あれは、獲物の心を折るための剣だ。


ナイトが盾で進路を塞ぎ、ホブゴブリンが壁になる。

後ろではメイジが詠唱を回し続ける。

そして、その全ての隙間を縫って、キングが確実に殺せる角度で斬り込んでくる。


戦いというより、処刑だった。


(こいつら……最初から俺一人を潰す形が出来てやがる)


俺は血の混じった息を吐いた。

喉が焼ける。肺が痛い。視界の端が赤い。


火炎の舞を使っても、前みたいに一気には崩れない。

焼いても焼いても、ナイトが盾で穴を埋める。

ホブが体を張って前に出る。

メイジが後ろから魔法で足を止める。


“統率された軍”だ。


(……人間よりやっかいじゃねえか)


キングが剣を構え直すのが見えた。


空気が沈む。


来る――と思った瞬間には、また目の前だった。


「っ――!」


避ける。


避けた、はずなのに、肩から胸にかけて布が裂ける。

剣圧だけで皮膚が切れ、血が飛ぶ。

熱い痛みが走った次の瞬間、横から棍棒。


ホブゴブリンの一撃が肋へ入った。


ゴンッ!!


「がっ……!」


息が抜ける。足が止まる。

そこへ、待っていたみたいにメイジの魔法が飛ぶ。


火球。氷槍。風刃。土弾。


ひょっとこの口から火を吹いて相殺しようとするが、全部は消せない。


「ぶふぉっ!!」


火球を一つ潰す。氷槍を二本溶かす。

だが風刃が頬を切り、土弾が膝を打ち抜いた。


ガクッ、と膝が落ちる。


その瞬間、キングが踏み込む。


(やばい)


避けようとしたが、剣は丁度、腰のブレイブドライバーに当たる。


ドォンッ!!


地面を転がる。

背中、肩、後頭部。順番に打ちつける。

視界がぐるぐる回る。


(立て)


体が言うことを聞かない。

でも、ここで寝たら終わりだ。

今の攻撃、ベルトに当たらなきゃ真っ二つだった。


まだ、やれる。


俺は歯を食いしばって起き上がる。


膝が笑う。腹が痛い。口の中が鉄臭い。


それでも、立つ。


遠くで、誰かが息を呑む気配がした。

門の方だ。


(見てんな……)


見られている。

ギルド長も、レオンたちも、子供たちも。

たぶん、街に残った全員が。


(じゃあ、なおさら倒れられねえだろ)


俺はキングを睨み返した。


「……まだだ」


口に出したつもりだった。

でも実際に出た声は、喉が潰れてまともにならない。


キングは答えない。

赤い目だけで、俺の“次”を見ている。


そして、また来る。


今度はナイトが先だった。


盾壁が二枚、三枚と前に出る。

その隙間から槍が突き出る。


一本、二本、三本――!


俺は足をずらして躱す。

躱しながら、盾の縁に拳を打ち込む。


「ブレイブパンチ!!」


盾ごとナイトが吹っ飛ぶ。

衝撃が走り、遅れて火属性の熱が弾ける。


(っ痛え……!)


体中が悲鳴を上げ動きが止まる。

その一瞬を、キングは逃さない。


盾が吹き飛んで出来た穴に、大剣の切っ先が滑り込んできた。


避けきれない。


刃が腹に刺さった。


ズブッ。


「――っ!!」


何が起きたか、一瞬分からなかった。

遅れて、腹の奥に冷たいものが入っている感触が来る。


剣だ。


俺の腹に、キングの大剣が刺さっている。


口から空気が漏れる。声にならない。

指先が痺れる。足の力が抜ける。


キングは剣を押し込まない。

引きもしない。


ただ、刺したまま、俺を見た。


“見せてる”。


俺が刺された姿を、門の向こうに。

ハンターにも、住民にも、子供にも。


希望はこうやって潰すって、見せてる。

絶望させようとしている。


処刑だ。


メイジの詠唱が重なる。

ナイトが俺の足元を囲む。

ホブゴブリンが鳴き声を上げる。


ここで終わる。

誰が見てもそういう形になっていた。


(……ふざけんな)


俺は震える手で、腹に刺さった剣の刃を掴んだ。


熱い。切れる。手のひらが裂ける。

それでも、掴む。


キングの目が僅かに細くなる。


俺は掠れた声を振り絞る。


「ブレイブ……フラッシュ……」


強烈な光が至近距離からキングに直撃する。

さすがに目を抑えた。


その一瞬で、俺は体を捻る。

腹の中で刃が動く。視界が白くなる。吐き気が込み上げる。


でも、抜ける。


俺は剣から身体を引き剥がして、後ろへ転がった。


腹から血が流れる。温かい。

量が、嫌な感じに多い。


(やばい、やばいやばい)


頭が冷える。

これ、本当に死ぬやつだ。


でも、門の方を見た瞬間、頭のどこかが逆に冴えた。


向こうには、街がある。


門。柵。

その後ろに、武器を持ったハンター。

さらに後ろに、荷車と、住民と――子供たち。


ロウ、デン、ティナの顔まで見えた気がした。


(……俺が死んだら)


次に何が起きるか、想像するまでもない。


俺が死ぬ。

キングと軍勢が前に出る。

門が破られる。

あとは……


全員死ぬ。


(まだ、死ねねえ)


俺は地面に手をついて、立ち上がる。


一回目より、遅い。

二回目より、もっと遅い。


でも、立つ。


足が震える。

腹を押さえる手から血が垂れる。


キングが、初めて僅かに首を傾げた。

理解できないものを見るみたいに。


(そりゃそうだろ)


俺だって意味分かんねえよ。


「……オイラを、なめんじゃねえぞ……」


口から出た声は、ひょっとこ口調だった。

中身は全然そんな余裕ないのに。


メイジが一斉に魔法を放つ。


今度は水も混ざっていた。

火炎の舞を読んでる。


火、水、風、土――四属性がまとめて飛んでくる。

視界が埋まる。逃げ場がない。


(だったら、前に出る)


俺はベルトを叩いた。


カン。


「火炎の舞!!」


『必殺技:火炎の舞 発動』


身体が燃える。

熱い。クソ熱い。傷口に染みるとかいうレベルじゃない。


「っ!!」


体が勝手に回転し、炎を撒き散らす。

飛んできた魔法が、炎とぶつかって爆ぜる。蒸気が上がる。土が砕ける。


俺はそのまま前に突っ込んだ。


ホブが燃える。

ナイトの盾が赤く焼ける。

メイジの詠唱が乱れる。


(削れる!)


だが――キングが来る。


炎の中に、影が踏み込んできた。


(は!?)


火炎の舞の渦の中へ、キングが大剣を構えたまま突っ込んでくる。

炎を嫌がるどころか、踏み抜いてきた。


大剣が振り下ろされる。


俺は回転の勢いで受け流そうとして――間に合わない。


斬られた。


肩から脇腹まで、赤い着物ごと裂ける。

熱いのか痛いのか、もう分からない。


火炎の舞が、そこで強制的に止まった。


「っ、ぐ……!」


追撃。


キングの蹴りが胸に入る。


ドゴッ!!


空気が全部抜ける。

背中から地面に叩きつけられ、跳ねる。

また転がる。


起き上がる前に、メイジの土槍が降ってきた。


一本目、腿に刺さる。


ズブッ。


「ぁっ!!」


二本目、脇腹を掠める。

三本目、地面に刺さって服を縫い付ける。


(動け――)


今度は氷槍。


肩に刺さる。

腕に刺さる。

地面に縫い付けるように、冷たい杭が増えていく。


本当に、処刑だった。


門の方から悲鳴が聞こえる。

誰かが叫んでいる。ミーナか、デンか、誰か分からない。


キングは急がない。


俺を殺せるのに、すぐ殺さない。

動けなくして、見せつけて、心を折ってから殺すつもりだ。


俺は槍を掴む。

刺さった腿から引き抜く。


肉が裂ける。血が噴く。

視界の端が暗くなる。


次に氷槍を折る。

肩から抜く。腕から抜く。

冷えた痛みと熱い痛みが混ざって、気持ち悪い。


そして、また立つ。


足が一本、半分死んでるみたいに重い。

腹の傷は開きっぱなし。

息を吸うたび胸が痛む。


それでも、キングを見る。


「……まだ終わりじゃ、ねえぞぉ……!」


キングが初めて吠えた。


「グォォォォォ!!」


怒ったのか、呆れたのか分からない。

ただ次の瞬間、あいつは本気で殺しに来た。


剣の連撃。


一発目、右肩。

二発目、太腿。

三発目、背中。

全部“致命傷を外して”いるのが分かる。


わざとだ。


わざと動けるギリギリを残して、削ってる。


(クソが……)


俺は何とか拳を返す。


「ブレイブパンチ――!」


俺はブレイブパンチをキングの脇腹に叩き込む。


衝撃が走り、遅れて火属性の熱が弾ける。

でも威力はある。


キングの巨体が、僅かによろめいた。


(効いた)


それだけで十分だった。

まだ通る。まだ届く。


だが次の瞬間、キングの膝が俺の顔面を跳ね上げた。


ゴッ!!


星が散る。鼻が折れた感覚。

視界が真っ黒になって、俺はまた地面に落ちた。


耳鳴り。

遠くで叫び声。

近くでゴブリンの笑い声みたいな鳴き声。


地面の土が冷たい。


(……起きろ)


腕に力が入らない。

脚も震える。

腹の傷から血が流れ続けているのが分かる。


(起きろ)


ここで終わったら、全員死ぬ。

ギルド長も、レオンも、ガイも。

シエラも、ミレイも。

ロウも、デンも、ティナも、リリも。


(俺が死んだら終わりだ)


その事実だけが、頭の芯に刺さる。


俺は地面に爪を立てて、身体を引きずるように起き上がる。


一回。

潰される。


二回。

刺される。


三回。

叩き落とされる。


それでも、立つ。


そのたびに門の方がざわついた。

最初は悲鳴だった。

次は祈りみたいな声になった。

誰かの名前を呼ぶ声が増えていく。


でも、まだ小さい。

まだ届かない。


キングが剣を構え直す。


今度こそ終わらせる構えだと、分かった。


周りのメイジも詠唱を止め、ナイトも盾を下げる。

ホブゴブリンですら距離を取る。


“王の処刑”を邪魔しないために。


俺は片膝をついたまま、笑った。


血が口から垂れる。

ひょっとこマスクの内側が気持ち悪い。


(ここまでか)


悔しい。

情けない。

でも、やれるだけはやった。


……いや。


まだ一つだけ、やれることがある。


俺は剣を持つキングを睨んだ。


立て。

最後にもう一回だけ、立て。


脚に力を入れる。

膝が軋む。骨が鳴る。

腹の傷が開く。熱い液体が流れる。


それでも、なんとか立った。


ふらつく。

視界が二重。

でも、前だけは見える。


キングの赤い目。

その向こうに、黒い軍勢。

さらに向こうに、門。


門の上や後ろに、人影が見える。


子供たちまで、見ている。


(見てんなよ……)


そう思った瞬間、キングが剣を振り上げた。


終わりの一撃。


俺は、もう避けられない。

受けても死ぬ。躱しても死ぬ。

身体が限界だ。


視界が傾く。膝が折れかける。


――その瞬間。


後ろから、子供の声が突き刺さった。


泣き声混じりの、喉が裂けそうな声。


「頑張れ!! マスクド・ブレイブ!!」


ロウの声だった。


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