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仮面勇装マスクド・ブレイブ ~異世界でヒーローやらされてます~  作者: 白峰レイ


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第26話「避難と現実」

街が動き出したのは、避難指示が出たからじゃない。

結界が壊れたからだ。


結界が砕けた瞬間から、選択肢なんて無くなった。

誰もが分かっている。

このままここにいれば、次は自分が食われる。


荷車に布団を積む。

子供を荷の上に座らせる。

老人を支える。

泣きながら名前を呼ぶ声と、怒鳴りながら道を作る声が混じる。


逃げる。

逃げるしかない。


だが――逃げられる者ばかりじゃない。


馬車を持つ富裕層は、夜のうちに消えていた。

積んでいたのは食料じゃない。家具や酒樽だ。

生き延びるためじゃない。生活を捨てないために逃げた連中だ。


ハンターの中にも似たような者はいる。

街に根を張っていない者。

稼いだら出ていくつもりだった者。

戦う理由がない者。


彼らは口にしないだけで、同じことを思っている。


――どうせ無理だ。


残った者たちは、諦めの上に立っていた。

それでも立っていた。

立つしかなかったからだ。



避難の列を動かしているのは、ハンターたちだった。


昼は斥候が先行して道を確認する。

夜は交代で周囲を警戒し、魔物の接近を止める。

荷車の速度に合わせて列を整え、遅れる者を拾い、転ぶ者を起こす。


それは“戦い”じゃない。

ただ、生き残るための作業だ。


列の後方に、簡易の担架があった。

揺れるたびに、布がきしむ。


その上にいるのは――ユウヤ。


包帯だらけで、目を閉じたまま動かない。

呼吸だけが、かろうじて「生きている」と告げている。


ガイは何度もその担架を振り返った。


(あの人が……)


頭の中で、昨夜の光景が何度もよみがえる。

森の奥の死体の山。

砕けた斧の欠片。

倒れたジェネラル。


――あんなものを、一人で。


なのに今は、指一本動かせない。


担架の横にはシエラがつき、移動中も回復の光を絶やさない。

ミーナは顔色を失ったまま歩いている。

魔力を絞り切ったのが誰の目にも分かった。


シエラは唇を噛み、何度も同じ動作を繰り返す。


「お願い……せめて、目を……」


その言葉はもう、祈りだった。


回復魔法は万能じゃない。

命を繋げても、意識は戻らないことがある。


それでも――ギルド長は、ユウヤを諦めていなかった。


ギルド長の目は、担架を見てから、住民の列を見て、また担架に戻る。

言葉にしなくても分かる。


(あの人が起きるか起きないかで、生存率が変わる)


ユウヤがいれば、ゼロじゃなくなる。

そんな、残酷な計算だ。



斥候が戻ってきたのは、移動を始めて間もなくのことだった。


馬の蹄が土を叩く。

泥だらけの男が、馬上から叫んだ。


「来ています!」


その一言で、列の空気が凍った。


ギルド長が前へ出る。


「……規模は?」


斥候は喉を鳴らしてから、絞り出すように答えた。


「前回の第一陣が、およそ五百」

「次は――二千はいます」


誰かが笑った。

笑うしかない笑いだ。


二千。


しかも数だけじゃない。


「キングがいる」

「ジェネラルも複数」

「メイジ、ナイト、ホブゴブリン……」


量も質も、桁が違う。


そして、進軍速度が早い。


「恐らく……明後日には追いつかれます」


明後日。

あと二日。


荷車の列が、二日でどこまで行ける?

子供が、老人が、怪我人が――二日でどこまで逃げ切れる?


答えは、分かっているのに、考えたくなかった。


ギルド長は地図を広げ、歯を食いしばった。


グレンより大きく、ハンターの質も高いカナック。

魔術ギルドがあるランベル。

本隊がその二つの街を狙った。

つまりこれは単なる“増えた”じゃない。


――意図がある。


情報を持ち、軍を動かし、優先順位を付けている。

そんな真似を、ゴブリンが自発的にできるとは思えない。


(黒幕がいる)


そう考えると、結界破壊も説明がつく。

侵攻が失敗した。

だから結界を割って「次は本隊を寄越せ」と合図した。


嫌になるほど筋が通る。


そして最悪なのは――王都からの連絡がないことだった。


距離の問題か。

混乱で遅れているのか。

あるいは――見捨てられたのか。


誰かが呟いた。


「……国が動かなければ、終わる」


誰も否定できなかった。


ギルド長が、低く吐き捨てる。


「援軍が“来ない”前提で動く」


一拍置いて、指を地図の一点へ落とした。


「王都は目指さない」

「途中のパルマを目指す。あそこなら結界がある。壁もある」


さらに地図を指でなぞる。


「王都までの道を、この人数で進めば遅すぎる。子供も老人も、その前に潰れる」

「まずパルマで隊列を立て直す。治療も、補給も、休息も必要だ」


誰も「勝てる」とは言わない。

ただ「死ぬまでの順番を遅らせる」ための判断だ。


それでも――それしかなかった。



翌日、一行はパルマへ辿り着いた。


“到着”と言っていいのか分からない。

倒れずに門まで来られた。――それだけだ。


門は開いていた。

だが歓迎の声はない。

見張りの兵も少ない。

矢倉の上に立つ人影は、こちらを見る目が怯えている。


門をくぐった瞬間、ガイの胸の奥が冷たくなった。


街が――静かすぎる。


普段なら市場の声があるはずだ。

露店の匂いがあるはずだ。

子供の笑い声があるはずだ。


なのに、ない。


閉め切った窓。

板で打ち付けられた店。

荷車を引きずる音と、泣き声だけ。


「……ここも同じだ」


誰かが呟いた。


パルマの住民たちも、すでに半分以上が街を捨てた後だった。

馬車を持つ者。

荷をまとめられる者。

親戚を頼れる者。

そういう“逃げられる者”から消えている。


残っているのは、逃げられない者たちだ。


病人。怪我人。

荷車も馬も持たない者。

子供を連れた母親。

そして――それを最後まで見捨てられなかった極少数の人間。


グレンの列が街に入ると、パルマの住民が遠巻きに見た。

視線が集まる。だが近寄らない。


助けを求める目と、責める目が混ざっている。


聞こえるか聞こえないかの声が刺さった。


「……なんで、ここへ来た」


ギルド長は、門の内側で列を止めると、すぐ指示を飛ばした。


「住民は広場へ集めろ!」

「水と食料の確保!」

「怪我人は治療所へ! 動けない者を先に運べ!」

「斥候を出せ! 南西の道を見張れ!」


声が響いても、返事は弱い。

人が足りない。気力も足りない。


それでも動くしかない。



パルマのハンターギルドは、グレンより少し大きかった。

だが中に入った瞬間、全員が悟った。


――ここも同じだ。


依頼板の前に人だかりはない。

酒の匂いも薄い。

武器の手入れをする音だけが、乾いて響く。


残っているハンターは少数。

顔に疲労と諦めが張り付いている。


受付に立つギルド員が、ギルド長に頭を下げた。


「……来たんですね。グレン支部の方々」


「状況は?」


ギルド員は、一瞬目を逸らした。


「王都からの正式な返答は……こちらも、ありません」

「要請は出しました。返事も催促もしました」

「……ですが、返ってこない」


沈黙が落ちた。


“見捨てられた”という単語が、誰の喉にも引っかかる。

口にした瞬間、折れる。

だから誰も言わない。


パルマ側のハンターが苦笑した。


「……分かってます。もう、分かってるんですよ」


空気が、それを物語っていた。



担架は治療所へ運び込まれた。


ユウヤは、まだ目を覚まさない。


シエラが付き添い、回復の光を絶やさない。

そこへパルマの回復役たちも加わった。


「……この男が例の……」

「ジェネラルを二体……?」

「嘘でしょう……」


視線が集まる。

恐れと期待の視線。


ユウヤは、包帯の下で小さく息をしているだけだった。


回復役の一人が、シエラの手元を見て言った。


「……治るのは、治ります」

「でも、時間が必要です。焼けた肉も、傷んだ骨も……魔法で戻すには時間がかかる」

「怪我が治っても、意識が戻るとは……」


シエラが、噛み殺すように返す。


「……分かってます」

「分かってますけど……」


指先に光を灯す。


「やるしかないんです」


治療所の空気は、祈りと焦りで満ちた。


外ではギルド長が、地図の上で指を止めたまま動かない。

パルマには結界がある。

だから一瞬だけ、皆の呼吸は戻った。


――でも。


追撃は止まらない。



夕方。


斥候が戻った。


泥だらけで、顔色が灰色だった。


ギルド長が聞く。


「……どうだ」


斥候は、声が出ないまま首を振り――それから絞り出した。


「……早いです」

「予想より……早い」

「このままだと……“明日”には来ます」


誰かが膝から崩れた。


「……一日も休めないのかよ」


「ここまで逃げてきたのに……」


「パルマでも同じか……」


絶望が、広場の空気に沈む。


ガイは治療所の方角を見た。


ユウヤが眠っている場所。

光が揺れている場所。


(起きなかったら、詰みだ)


そう思った瞬間、胸の奥が痛んだ。


(……いや)


(“起きても”詰みかもしれない)


二千。

キング。

ジェネラル複数。

メイジ、ナイト、ホブ。


一人の力で覆せる数字じゃない。

でも――覆せなければ終わる。


結局、賭けるものは一つしかなかった。


治療所の中。

眠ったままの青年。


ユウヤ以外に縋れるものは、もうなかった。


そして皆、理解していた。


もう、逃げられない。

戦っても勝ち目はない。


――ゴブリン軍到着まで、残り一日。


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