第22話「ソイヤ」
南西へ進むと、森の切れ目の向こうが黒く染まっていた。
いや、黒じゃない。
動いてる。
無数の小さな影が、地面を這うように進んでいる。
ゴブリンだ。
「……マジかよ」
数が常識じゃない。
本当に五百はいる。
しかも、これで終わりじゃない。
この後にはキングとやらが控えているらしい。
(第一陣、って言い方してたな)
つまり、こいつらを倒して終わりじゃない。
それでも、ここを止めなきゃ街まで辿り着かれる。
俺はモノサイクルを漕ぎながら、喉の奥が乾いていくのを感じた。
怖い。
当たり前だ。
(逃げたら生き残れる?)
俺だけなら、モノサイクルで逃げ切れる。
でも、街にいる全員がそうじゃない。
子供の足じゃ逃げ切れないし、途中で追いつかれる可能性だってある。
だったら――
「……やるしかねぇ」
その時。
『観測されました』
『変身可能です』
「……は?」
まだかなり距離がある。
こっちが見えているとは思えない。
(……見てる奴がいる)
群れの中に、目のいい奴か鼻の利く奴か、とにかく俺に気づいた何かがいる。
もう猶予はなさそうだ。
俺はモノサイクルを止め、土の上に足をついた。
心臓が一度だけ強く鳴る。
「……よし」
ここで戻れば、あの群れがそのまま街へ行く。
俺は腰のベルトを叩いた。
カン。
構える。
――ドン。
BGMが鳴った。
デンデンデンデン……ソイヤ!
デンデンデンデン……ソイヤ!
「……は?」
俺は固まった。
「なんだこのBGM!?」
和太鼓みたいな音と、掛け声みたいな“ソイヤ”が森に響き渡る。
誰だよ、こんなの採用したやつ。
俺はポーズを取った。
「変身!」
光が弾ける。
次の瞬間、俺はひょっとこマスクに赤い着物、ふんどし姿になっていた。
手には黒い手袋、足には黒い足袋。
「……」
完全に、ひょっとこだった。
俺は無言で自分の両手を見る。
黒い手袋が、妙に馴染んでいる。
(……俺、ヒーローだよな?)
いや、違う。
ヒーローの格好じゃない。
祭りだ。縁日だ。
少なくとも、“世界を救う格好”ではない。
ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ!
BGMがさらにうるさくなる。
「うっせぇ!!」
怒鳴ったはずなのに――
「やかましぃ! おめえらァ!全員まとめてオイラが倒してやるぜい!」
「……は?」
自分の口から出た声に、自分が一番驚いた。
(おかしい、俺の口調が……!)
勝手に変換されてやがる。
ベルトの仕様か、装備の呪いか。
俺は必死に口を押さえた。
「ちが、オイラは――」
ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ!
BGMが、答えるように煽ってくる。
(……名乗り、強制かよ)
名乗らなければ火属性は乗らないし、倍率も上がらない。
(マジで地獄だな)
俺は深く息を吸った。
喉が勝手に動く。
「オイラはこの世界を守る熱い男ォ!」
「悪党共には鉄槌をォ!」
「弱いものいじめもゆるさねえッ!」
「天下無敵のマスクド・ブレイブだぁ!!」
――ソイヤァァァァ!!
叫びが森に響いた直後、視界に表示が走る。
『名乗り成功』
『身体能力強化:9倍(基礎)』
『名乗りボーナス:8倍(加算)』
『合計:身体能力強化 17倍』
『火属性付与:有効化』
「……17倍」
身体の奥から、今までとは比べものにならない力が湧いてくる。
身体全体が軽くなり、周囲の動きまで遅く感じた。
手袋と足袋もじわじわと熱を持ち、やがて火が灯る。
だが、不思議と火傷するような熱さはない。
“武器としての熱”という感じだった。
「……なるほど」
俺は息を吐いた。
目の前の群れには、普通のゴブリンより明らかに大きな影がいくつも混じっている。
肩幅も腕の太さも違い、動きも速そうだ。
(ホブゴブリン……だな)
それでも、今は数を見て怯んでいる場合じゃない。
俺は足に力を込め、一気に地面を蹴った。
――ドンッ!
自分でも驚くほどの勢いで加速し、景色が一気に流れる。
そのまま群れへ飛び込んだ。
「うおおおおおおぉ!!」
手袋と足袋の火が、突入と同時に燃え上がる。
俺は群れの厚みを見て、狙いを決めた。
適当に数を減らしてもキリがない。
(でかいのが固まってる場所。まずはそこだ)
視線の先には、ホブゴブリンが何体もいる。
俺はその中へ踏み込んだ。
「うおおおおおおぉ!!」
足袋の火が地面を舐め、一歩ごとに火花のような熱が散る。
目の前のホブゴブリンへ蹴りを叩き込んだ。
「ブレイブキイィーーック!!」
命中した瞬間、壁を蹴ったような手応えが返ってくる。
硬い。
重い。
だが、その巨体は周囲のゴブリンごとまとめて吹き飛んだ。
土が爆ぜ、骨の折れる音が混じる。
足袋から移った火が倒れたゴブリンの肌や布を焼き、そのまま周囲へ燃え広がった。
「グギャアア!!」
悲鳴が森に響く。
それを合図にしたように、周りのゴブリンが一斉に俺へ殺到してきた。
「……来たな」
押し潰すような数だ。
「……やけっぱちでい!」
俺はベルトに指を掛けて叫んだ。
「火炎の舞~!!」
『必殺技:火炎の舞 発動』
次の瞬間、身体が燃えた。
「――あっちぃ!!」
熱い。
普通に熱い。
火傷しない“武器の熱”とか思ってたのはどこの誰だ。
しかも、俺の意思とは関係なく身体が動き始めた。
「……は?」
勝手に腰が落ち、肩が揺れ、膝が跳ねる。
そのまま、ふらつくような動きで回転し始めた。
(勝手に踊んな!?)
ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ!
BGMが、ここぞとばかりに煽ってくる。
俺の身体は勝手に動きながら、周囲へ火を撒き散らしていく。
炎が弧を描いて突っ込んできたゴブリンの顔を焼き、倒れた個体にも次々と火が移った。
「グギャッ!」
「ギャアア!!」
悲鳴が重なる。
さらに、ひょっとこマスクまで勝手に火を吹いた。
「ぶふぉっ!!」
口の部分から勢いよく炎が噴き出す。
俺の口か?
これ、口なのか??
正面にいたゴブリンの列が、まとめて倒れて燃えた。
俺は自分の身体がどうなっているのか理解できないまま敵の懐へ入り、蹴りを叩き込む。
「ブレイブキック!」
ゴブリンが燃えながら吹き飛んだ。
確実に敵は減っている。
だが、熱い。
本当に熱い。
「くぅー……あっちぃー……解除でい!!」
『必殺技:火炎の舞 終了』
ようやく火が引き、身体の動きも自分のものに戻った。
(……助かった)
息を吸うと、肺が焼けたように痛む。
周囲を確認する。
確かに数は減っていた。
だが――
「……こいつぁ、百も倒せてねぇなぁ」
笑えない。
まだ大量に残っている。
しかも、完全に囲まれていた。
「……クソ」
俺は歯を食いしばり、近くのホブゴブリンを蹴り飛ばす。
「ブレイブキイッーク!!」
「オイラに挑むたぁ百年早えぜ!べらぼうめえ!」
(変換すんじゃねえ!!)
勝手に出てくる口調は最悪だが、愚痴っている暇はない。
このまま一体ずつ相手にしていたら、先に俺の体力が尽きる。
(これじゃ――削り殺される)
俺は息を吐き、目を細めた。
「こいつぁ……大将首とるしかねえなぁ」
指揮している奴を落とせば、少なくとも群れは崩れるかもしれない。
俺は全力で跳んだ。
脚力++に、身体能力17倍。
踏み切った地面が爆ぜ、視界が一気に高くなる。
木々の上まで飛び上がった。
(……高ぇ!!)
落下しながら群れ全体を見渡す。
改めて見ても、とんでもない数だった。
その一番後ろに、斧を持ったゴブリンジェネラルがいる。
鎧をまとった巨体は、周りのゴブリンとは明らかに違った。
「昨日の借りを返してやらぁ!」
俺は落下の途中で近くのゴブリンの頭を踏み台にし、さらに加速する。
着地すると同時に地面を滑るように走り、ジェネラルへ向かった。
だが、その前へホブゴブリンたちが壁のように立ちはだかる。
「邪魔だぁ!!」
攻撃を躱して殴り、続けて蹴る。
「ブレイブパンチ!」
「ブレイブキック!」
次々に吹き飛ばし、火を移していく。
それでも、後ろから新しい個体が押し寄せてきた。
一体倒している間に二体が詰め、燃やしてもその隙間をすぐ埋められる。
(……キリがねぇ!!)
息が荒くなり、腕も足も重くなってくる。
敵の攻撃を完全には避けきれなくなり、少しずつ傷も増えていった。
肌が裂け、血が滲む。
返り血なのか自分の血なのか、もう分からない。
それでも前へ進む。
「どけぇぇ!!」
拳を叩き込み、蹴り飛ばす。
倒しても、また次が来る。
(……遠い)
ジェネラルが、まだ遠い。
それでも押し進み、ようやく視界の中心に斧を捉えた。
ゴブリンジェネラルが俺を見て、口の端を吊り上げる。
「グォォォォォ!!」
腹の底に響く咆哮に、周囲のゴブリンたちも呼応した。
俺も吠え返す。
「上等でい!!」
(黙れ俺!!!)
自分の口調には腹が立つ。
それでも、その声を出したら少しだけ恐怖が薄れた。
俺は地面を蹴り、ジェネラルの間合いへ飛び込む。
振り下ろされた斧を躱し、その懐へ踏み込んだ。




