第159話「爵位と土地」
翌朝。
ブレイブ商会の設立へ向けた準備が、本格的に始まっていた。
店内では朝から人が行き交い、昨日までとは比べものにならないほど慌ただしい。
エマは商会経験者たちと申請書類を整理し、グレッグは料理人やパン職人を厨房へ集めて研修を始めている。
トムも店と倉庫を何度も往復し、伝言や荷物を運び回っていた。
そんな中、商会主であるユウヤだけが、書類を前に動きを止めていた。
「これ、本当に全部読む必要あんのか?」
「商会主ですから」
エマは顔も上げずに答える。
「全部名前だけ書いちゃ駄目か?」
「駄目です」
「商会作るって面倒くせえな……」
ユウヤが机へ突っ伏した、その時だった。
店の扉が開き、一人の王国騎士が入ってくる。
「ユウヤ殿」
「ん?」
「国王陛下がお呼びです」
「アルヴェルトが?」
「爵位と土地について、お話があるとのことです」
ユウヤは勢いよく立ち上がった。
「よし、行ってくる!」
「逃げる気ですね?」
「違う! 国王の呼び出しだ!」
「嬉しそうに言わないでください」
「仕方ねえだろ!」
ユウヤは騎士とともに王城へ向かった。
*
案内されたのは、前回と同じ執務室だった。
「来てくれたか」
「よう、アルヴェルト」
アルヴェルトは苦笑する。
「公の場では気を付けてくれよ?」
「分かってるって」
ユウヤが向かいへ腰を下ろすと、アルヴェルトは一枚の書類を手に取った。
「今日は、君の爵位について正式に相談したい」
「そういや、そんなこと言ってたな」
「ああ。君の功績を考えれば、高い爵位を与えるべきだという声も多かったよ」
「やめてくれ」
即答だった。
「そう言うと思ったよ」
アルヴェルトは笑う。
「君を領地へ縛りつけるつもりはない。ただ、何の爵位も与えないわけにはいかないんだ」
「俺、貴族なんて無理だぞ」
「どうして?」
「足の引っ張り合いしたり、賄賂送ったり、舞踏会で陰口言ったりするんだろ?」
「あはは……」
「美味いもん食って遊んで暮らしたいだけなんだ」
「その割には、ずいぶん働いているけどね」
「働かされてるんだよ」
生き残るためにクエストをこなし、魔物や魔人と戦ってきた。
挙げ句の果てには、アイドルの格好でファン集めまでさせられた。
今度は百四十人の従業員を抱える商会主だ。
のんびり暮らす予定は、いつの間にかどこかへ消えている。
アルヴェルトは笑みを浮かべた。
「君へ与えるのは、一代限りの名誉爵位だ」
「一代限り?」
「子へ継がせることはできない。その代わり、王国へ仕える義務も、騎士団へ入る義務もない」
「店は続けていいのか?」
「もちろん。これまで通り自由に暮らしてくれて構わない」
「それならいい」
「ただし」
アルヴェルトは少しだけ笑みを深めた。
「正式な授与式には出席してもらうよ」
「……そういうのあるのか」
「当然だ。王都中が注目するだろうね」
「面倒くせえ……」
深いため息をつくユウヤを見て、アルヴェルトは小さく笑った。
それから、王都の地図を机へ広げる。
「本来なら、領地も与えるところなんだけどね」
「人が住んでる土地はいらねえ」
「即答だね」
「揉め事の仲裁とか税金とかだろ? なんか恨まれそうだしな」
アルヴェルトは肩をすくめる。
「国の英雄になった君が恨まれるとは思えないけどね……じゃあ、何が欲しい?」
ユウヤは少し考えて答えた。
「店を建てられる土地」
「店?」
「パン屋とうどん屋、それから貴族向けのレストランも作る予定なんだ」
アルヴェルトの動きが止まる。
「……いつ決まったんだい?」
「昨日」
「昨日?」
百三十七人全員を採用し、そのために商会まで立ち上げることになったと説明すると、アルヴェルトは苦笑した。
「君は本当に思い切りがいいね」
「全員落とせなかっただけだ」
「その結果が商会設立とは……」
アルヴェルトは改めて地図へ視線を落とした。
「だが、新しい店ができれば職を失った者に仕事が生まれる。空いた土地も活用できるし、食材を卸す商人や農家にも金が回る」
「そうなのか?」
「王都の復興にも繋がる。私としても歓迎したい話だよ」
「そこまで考えてねえけどな」
「結果として王都の助けになるなら、それで十分だ」
アルヴェルトは地図の三か所を順番に指した。
市場近くの土地は人通りが多く、パン屋やうどん屋に向いている。
貴族街の近くには比較的静かな土地があり、王都の外れには倉庫や荷馬車置き場を作れるほど広い場所もあった。
「王都の復興で、王国が管理することになった土地だ。報奨として、この中から一つ選んでもらおうと思っている」
ユウヤは地図を眺めた。
「店三つと倉庫が必要なんだけど……一つじゃ足りねえな」
「うん」
「全部じゃ駄目か?」
アルヴェルトは思わず額へ手を当てた。
「功績だけを考えれば、全部渡したい。でも、それをやると他の貴族が黙っていないんだよね」
「そこを何とか」
「無茶を言わないでくれ」
しばらく考え込んだ末、アルヴェルトが口を開いた。
「市場近くの土地は、報奨として譲渡しよう」
ユウヤが顔を上げる。
「残り二か所は王国が特別価格で貸し出す。それと、復興と雇用への貢献を条件に、当面の税も軽減する」
「十分だ」
「これなら周囲も納得するはずだ」
「助かる」
アルヴェルトは笑みを浮かべた。
「君への報奨が、そのまま王都の復興にも繋がりそうだね」
「そこまで考えてねえよ」
「本当に頭が上がらないよ」
*
店へ戻ると、エマがすぐに駆け寄ってきた。
「お帰りなさい」
「ああ」
「どうでしたか?」
「土地を手に入れた」
エマが目を丸くする。
「土地までいただいたんですか?」
「一か所は貰った。残りも安く借りられるらしい」
「本当ですか!」
ユウヤから三か所について説明を受けると、エマはすぐに王都の地図を広げた。
「これなら、店舗も倉庫も予定通り作れます」
「計画が一気に進むな」
「はい。商会経験者の皆さんにも相談して、すぐに必要な準備をまとめます」
ユウヤは満足そうに頷いた。
「これで店も建てられるな」
「その前に、商業ギルドへの申請です」
「まだ終わってなかったのかよ」
「昨日、商会を作ると決めたばかりなんです!」
エマは新しい書類を机へ置いた。
「まずはこちらです」
「また増えてる……」
「当然です」
さらにもう一束。
「こちらも」
「……」
さらにもう一束。
「こちらもです」
ユウヤは天井を見上げた。
「俺、魔物より書類の方が苦手かもしれねえ……」
その嘆きを聞きながらも、エマは黙って次の書類を机へ積み上げた。
「……まだあるのかよ」
「商会主ですから」
朝とまったく同じ答えが返ってきた。




