第15話「モノサイクル」
レオンたちの背中が森の影に消えるのを見送って、俺はひとつ息を吐いた。
(……よし。やっと一人)
さっきまでの戦闘の熱が引くと、どっと疲れが押し寄せる。
肩にかけた袋の重みが、ずしりと現実を思い出させた。
「……んじゃ、稼ぎの確認だな」
俺は腰のベルトを叩いた。
カン。
『現在のヒーローポイント:3』
「……3ポイント」
腹の底が、ちょっとだけ軽くなる。
この世界で「3」は、昨日までの俺からしたら超貴重だ。
「で。何が買えるんだ? 見せろ」
『ver.2装備(必要HP:各3)』
・ひょっとこマスク(口から火を吹ける)
・赤い着物(防御++)
・ふんどし(防御++)
・黒い手袋(腕力++)
・黒い足袋(脚力++)
・乗り物:モノサイクル
俺は無言で一覧を眺めた。
「……なんでひょっとこなんだ」
ヒーローだぞ、俺。
格好が変態なのはもう諦めた。諦めたけど——
「センスが終わってんだよ」
着物。ふんどし。手袋。足袋。
どれを取っても変態寄りだが、戦闘力を上げるなら実用だ。
ただ——
目が吸われたのは、最後の一行だった。
乗り物:モノサイクル。
「……乗り物」
移動手段。
この世界で一番足りてないもののひとつ。
地図もない。交通もない。
足で歩けば時間が溶ける。
「……モノサイクルってなんなんだ?」
詳細を出せ。説明を出せ。
スマホがあれば調べられるのに、ねぇんだよなぁ。
俺は唾を飲んで、腕を組んだ。
(今、俺が欲しいのは強さか?)
(いや、生き延びるための便利さだ)
着物で防御を上げても、移動で死んだら意味がない。
足袋で脚力を上げても、結局は徒歩だ。
……そして何より。
「どうせ全部、いつか買う」
なら今は優先順位。
俺は決めた。
「……よし。ええい、モノサイクルだ!」
『モノサイクルを購入しました』
ウィンドウが切り替わる。
『モノサイクル(マスクド・ブレイブ専用)』
・時速30kmで移動可能
※ただし、乗るにはコツが必要
・変身前でも使用可能
・呼び出しコマンド:「カモン!モノサイクル!!」
・降車時、自動収納可能
「時速30……?」
思わず声が出た。
時速30km。原動機付自転車並だ。世界が変わる。
「……まさか、こんな素晴らしい移動手段が」
テンションが勝手に上がる。
過去一番の当たりかもしれない。
「よし。じゃあ使って帰るか。どんな乗り物なんだ……」
俺は周囲を確認して、深呼吸した。
「カモン! モノサイクル!!」
——ぽん。
目の前に現れたのは。
真っ黒のタイヤ。スリムなフレーム。
タイヤの横に、光るペダルが——
「……一輪車じゃねえか!!」
俺は思わず叫んだ。
「いや、モノサイクルってそういう意味かよ!!
期待した俺がバカだったわ!!」
ラインナップ見て気づけ。
ひょっとこ、ふんどし、モノサイクル。
まともな乗り物なわけがない。
でも——
「……まあ、いい。時速30kmには変わりねぇ」
俺は一輪車のサドルを見下ろす。
「一輪車なんて乗ったことねえよ……」
とはいえ、コツがいるって書いてあった。
つまり、乗れれば勝ち。乗れなきゃ死。
俺は恐る恐るまたがり、ペダルに足を乗せ——
一漕ぎ。
「っ!?」
信じられない加速。
前に飛ぶ。視界が流れる。
俺の身体が置いていかれる。
「うおっ——!」
転ぶ。
地面が迫ってきて、咄嗟に受け身を取った。
土が舞う。肘が熱い。
「危なすぎるだろ!!」
俺は跳ね起きて怒鳴った。
「時速30kmを一輪で出すな!!
それ乗り物じゃなくて凶器だろ!!」
モノサイクルは無言でそこにいる。
タイヤだけが、何も悪くない顔で倒れている。
……ムカつく。
「くそっ……」
俺は歯を食いしばった。
「絶対、乗れるようになってやる……!」
それから俺は、何度も何度も挑んだ。
転ぶ。
転ぶ。
転ぶ。
でも少しずつ、距離が伸びる。
十メートル。
二十メートル。
五十メートル。
(……いける)
夕方。
森からグレンの街へ向けて、謎の男が一輪で疾走していく姿が目撃されていた。
しかも、時々叫びながら。
「うぉおお!! 曲がれぇぇぇ!!」
「止まれぇぇぇ!! 止まれって言ってんだろぉぉ!!」
*
ハンターギルドに戻ると、受付嬢ミレイが相変わらず淡々と仕事をしていた。
俺は袋をカウンターに置く。
「……魔石、納品」
ミレイは手際よく数え、確認し、帳簿に記す。
「ユウヤさん。買取金額は金貨1枚と銀貨2枚、大銅貨5枚になります」
「は?」
俺は固まった。
「そんなに!?」
ミレイが魔石袋の中身を示す。
「大銅貨五枚の魔石が二十五個。金額にすると、その合計です」
俺の頭の中で、勝手に換算が走る。
(銀貨一枚=大銅貨十枚……)
(銀貨二枚=大銅貨二十枚)
(金貨一枚=銀貨十枚=大銅貨百枚)
大銅貨百枚+二十枚+五枚。
合計、大銅貨百二十五枚。
(……やべぇ)
(これ、今日だけで——)
ミレイが続けた。
「戦闘は苦手と仰ってましたけど……凄いですね」
俺は視線を逸らして、ぶっきらぼうに言った。
「……たまたまだ」
でも胸の奥は、上向きだった。
今日は、格安宿じゃなくても泊まれる。
飯も食える。屋根もある。
ギルドを出た瞬間、俺の足取りは軽かった。
——軽すぎた。
入口の近くで、見慣れた二人が通りかかった。
「あっ、ユウヤさん。お疲れ様です」
デンが頭を下げる。
その横から、ロウが飛び出してくる。
「ユウヤ兄ちゃん! 仕事どうだった?」
俺は胸を張った。いや、胸は張れない。
調子に乗ると死ぬ。
「よう、デン、ロウ。仕事は——絶好調だ」
言いながら、二人の細さが目に入る。
子供なのに、痩せている。
元気そうに見えて、腹の底が浅い体だ。
俺は決めた。
「お前ら、ついてこい」
ロウが目を丸くする。
「え、どこ?」
「飯だ。今日は奢ってやる」
ロウが跳ねた。
「やったー! 太っ腹だー!」
「おい! どこでそんな言葉覚えた!」
ロウが得意げに言う。
「前、ユウヤ兄ちゃんが勇者様に言ってたじゃん!」
「俺かよ!!」
思わず笑いが漏れた。
デンが申し訳なさそうに言う。
「俺は大丈夫です。この間、助けてもらって何も返せてないですし……」
俺は即答した。
「バカが。ガキが気ぃ使ってんじゃねぇ」
デンの額を軽く小突く。
「黙ってついてこい。今日は奢りたい気分だ」
*
大衆食堂は騒がしかった。
笑い声。皿の音。煮込みの匂い。
腹が勝手に鳴る。
俺はメニューを見て、迷わず頼んだ。
魔鳥のステーキ。
野菜スープ。
パン。
豪華ってほどじゃない。
でも、腹を満たすには十分だ。
焼けた肉を噛むと、脂がじわっと広がった。
「……うま」
ロウが目を輝かせる。
「すげぇ! 肉だ!」
デンは最初、遠慮して箸が遅かった。
俺が睨むと、ようやく口に運んで、ゆっくり噛んだ。
「……美味い」
それだけで、俺は勝った気がした。
「食え。残すな。俺が損する」
ロウがパンをちぎってスープに浸す。
「兄ちゃん、これすげー!」
「静かに食え。汚ねぇ」
「えへへ」
デンが小さく笑った。
……こういうの、嫌いじゃないのが腹立つ。
*
夜。
俺は銀貨四枚の宿を取った。
格安宿よりずっとましだ。
一階が食堂で、朝食付き。看板娘は幼いが愛嬌がある。
「あさになったら、おこすね!」
俺は頷いた。
「頼む」
部屋に入って、財布を開く。
——すっからかん。
「……マジで空だな」
でも、不思議と後悔はなかった。
屋根がある。
布団がある。
今日、死んでない。
俺はベッドに倒れ込む。
「……いい一日だった」
今日みたいな日も悪くない。
腰のベルトは何も言わない。
(次は、何だ)
そう思いながら、俺は目を閉じた。




