創作論4:キャラクターは罵詈雑言なんて吐かない
原案:蒼風 雨静 作;碧 銀魚
翌日。
主人公のデザインが苦戦の末決定したので、次に主人公の性格や経歴を文章で纏めてみた。
名前は佐倉井美園。
年齢は23歳。
性格はおしとやかで、物腰も柔らか。
但し、誰かと対立した時や、何かを守る為に戦わざるを得ない時は、罵詈雑言も厭わない。
規制に引っかかるので、両親や家庭の描写はカット。
それなりに大変な思いをしながら生きてきたので、とても芯が強い。
現在、某会社で会社員として働いている。
会社内での起こる大小様々な事件や出来事を、持ち前の聡明な頭脳と行動力で次々解決していくが、その為に会社内でのとある陰謀に関わってしまい、重役を含む連中と対立していくことになる。
……というストーリーラインだ。
本来は高校生で、バトル描写もある少年漫画のようなものを考えていたのだが、規制を回避して作っていった結果、こうなってしまった。
我ながら、若干ちぐはぐな感じがする。
ただ、名前だけはちょっと拘った。
自分が“田中ゆり子”という、100年くらい前に流行ったような名前なので、その反動で可愛らしいものにしたかったのだ。
「一応、助言を求めてみますか。」
ゆり子はパソコンを立ち上げると、クリオリを起動させた。
『こんにちは、田中ゆり子さん。』
「こんにちは。昨日のキャラクターの性格とか経歴を文章で纏めたんだけど、見てもらっていい?」
『はい、お任せ下さい。』
ゆり子はテキスト文章を、クリオリに放り込んだ。
待つこと、3秒。
『残念ながら、この性格では規制に引っかかります。』
「ええっ?どっか悪かった?」
ゆり子はテキストを読み直す。
『まず、如何なる場合でも戦おうとしてはいけません。人間関係は円滑に進めなければならず、それを乱すような描写は不適当とされてしまいます。また、誰かに罵詈雑言を言う描写も規制の対象になります。』
「う~ん、罵詈雑言って書くと凄そうに見えるけど、漫画とかアニメだと、割と言われない?“ぶっ殺すぞ!”とか、“死ね!”とかさ。」
『これについては、漫画作品における表現規制のガイドラインが2051年に制定されています。田中ゆり子さんが見た表現は、それ以前の作品だったのではないでしょうか。』
「ガイドライン?そんなもんあるの?」
ゆり子はすぐにインターネットで検索してみた。
すると、確かにガイドラインは出てきた。
「……うわぁ。結構、使えない言葉多いなぁ。」
ざっと一万語余り、使用不可の言葉があり、その中には先程ゆり子があげた“ぶっ殺すぞ!”や“死ね!”も入っていた。
他には“気違い”“めくら”“乞食”といった、昔は常用されていた言葉や、“ヤバい”“ヤンキー”といった比較的新しい言葉、“OL”“ガキ”“チビ”“床屋”“パクる”“ブス”“八百屋”“令嬢”“老婆”などといった、割と日常会話で使っている言葉も入っている。
中でも酷いのは、“片足”“片親”“片肺”“片目”“片端”“片手落ち”といった、“片”がついた言葉が軒並みリストに入っていることだ。
これでは、悪気がなくても、セリフに無意識に使ってしまいかねない。
「これ全部、気を付けてセリフを作れっていうの?ムリじゃね?」
『確かに難しいです。その為に、クオリティ・オリジナリティは開発されています。』
「そうじゃなくて、こんだけ使えない言葉があったら、言い争いのシーンとか、ギャグシーンのちょっとしたツッコミのセリフすら作れないじゃん。」
『そのようなシーンそのものが、創作活動において不適格と考えられます。根本的に規制ワードを必要とされるシーンを入れないことを推奨します。』
「平和で退屈な物語しか作れなくなりそうな気がする……」
ゆり子はまた頭を抱えた。
この前までの流れで、暴力的なシーンそのものが規制対象になることは予想がついていたが、いわゆる“きつい言葉”まで規制対象となると、本当に平和な会話しか作れない。
「……あたしは漫画だからまだいいけど、小説書いてる人は、もっと大変なんだろうなぁ。」
ゆり子は活字がやや苦手なので、小説などはほぼ読まないが、こんな世の中でも普通に出版されているのは知っている。
小説家の先生方は、日々このガイドラインと睨めっこし、中にはクリオリを使って、NGワードを避けながら、必死に物語を紡いでいるに違いない。
『表現において、人を傷つけたり、不快にさせないことは大前提です。少しでも読者を傷つける危険性のある言葉は、排除されて然るべきなのです。』
「いやまぁ、言ってることの理屈はわかるけど……」
光を描く為には、影は必ず必要なのだ。
その影を覆い隠してしまえば、光はどんな姿形をしているのかわからない。
「最早、この世界はどんな光が射しているのかも、わからないってわけね。」
『窓を開けることを推奨します。』
「そうじゃねぇよ。」
ゆり子は思わずツッこんだ。
「っていうか、テレビの生放送とか、動画の配信している人って、このガイドラインの言葉全て回避しながら喋ってるの?」
『その通りです。』
「マジで!?化け物じゃん!」
『人を化け物というのも、規制対象となります。』
「いや、うぜぇな。」
今まで何気なくテレビの中継や動画の生配信を見ていたが、ああいう場で喋っている人のトーク力は、最早職人技だ。ゆり子には、とても真似出来ない。
『しかし、人間とは完璧ではないので、時々規制用語を口にしてしまうという、放送事故は起きています。その為、最近はAIの音声に切り替えている場合も多く見受けられます。』
「そりゃそうかぁ。その内、テレビの生放送とか動画の配信とかで、自分で喋る人はいなくなるかもなぁ。」
『その可能性はあります。』
人の不完全さを、許さない世の中になってきているのを感じる。
「で、話は戻るけどさ。創作物や映像作品で罵詈雑言を規制したところで、実生活では人が人に罵詈雑言を言ってるシーンなんて、沢山あるじゃん?カスハラっていうんだっけ?今度、仕事でそういう奴に大量に会わなきゃならないんだけど、それはどうなの?」
『実生活でそういう人物が未だ存在していることは事実です。ですので、猶更創作物では、人を傷つけない為の表現が求められます。創作物に感化されて罵詈雑言を言う人間を形成してしまったり、創作物の罵詈雑言に心を痛める人がいてはいけないのです。』
クリオリが言っていることは、確かに一見正しく聞こえる。
聞こえるが……
「人を傷つけない為の、表現の規制か……それは本当に、誰かを守ってることになってるの?」
ゆり子は溜息混じりに尋ねた。
『表現の規制は、それを見たり聞いたり読んだりする人、全てを守っています。』
ゆり子はその回答に、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「じゃあ、それを発信してるあたし達は、守る価値なしの人間ってわけね。」
『人間を守る価値なしというのは、罵詈雑言に当たります。言い換えを推奨します。』
「うるせぇよ。」
ゆり子はパソコンの電源を落とした。




