14.氷雨さんと夏祭り1
「どうぞ」
「ありがとう!」
そんなやり取り後、氷雨さんが出してくれたお茶をごくりと飲む。夏の身体によく染みる冷え冷え麦茶。
「おいしい!!」
「当たり前でしょ!深王ちゃんがいれたんだから!もっと良い表現出来ないの?」
「こ、香ばしい!!」
「陳腐ね。これで年上とか信じられない」
「なっ……!そんなこと言うなら、椿さん何か言ってみてよ!」
そう言うと椿さんは、スッとグラスを手に取って、背景に格式高いレストランが見えてしまうほどの綺麗な所作でグラスに入った麦茶に口をつけた。
明確な育ちの違い……!!
「鼻を抜けるような香ばしさ。そしてその中にも埋もれない麦本来の甘み。とても深い味わい」
「……っく!なんか、それっぽい!」
「これくらい当たり前でしょ。何たって深王ちゃんと同じ血が流れてるんだから!」
髪をふぁさと靡かせて見せられた。
こんな私の言葉で得意げになっちゃう椿さん。意外と可愛い人なのかもしれないな。と、それより。
「あ、やっぱりご親戚だったんだ?」
「だからその今一つな言葉選び、やめてくれるかしら?私と深王ちゃんはね、そんな一言で表せる様な簡単な関係じゃないのよ」
そう言うと椿さんはうっとりと頬を染め上げる。
「いい?よく聞きなさい。私はね、深王ちゃんの妻であり恋人であり親友であり妹でもある。いわば運命共同体。つまり、誰にも邪魔できない唯一無二の存在」
「……え!そうなの!?」
遅れて衝撃がやって来た。なんかこう、色々と。
「違う、親戚。これは椿の自己紹介みたいなものだから気にしないで」
「あ、そうなんだ……?」
こんな他人をバリバリに巻き込んだ自己紹介って良いのだろうか。気にしないで、が物凄く気になってしまう。
「全然違ーーう!深王ちゃんはそうやっていつも冗談扱いをする!」
「椿は私との親類関係が嫌なの?」
「違う!そんなわけ無い!深王ちゃんと同じ血が流れているなんて、考えただけでも胸が弾むし。血を見るだけで、深王ちゃんの事思い出しては心が沸き立つもの!」
「そう」
狂気半分織り混ざった発言と、それ対する氷雨さんの爽やかな返事。それは、地球の表と裏ほどに温度差を感じるものだった。
「でも、『親戚』って言うと、お爺様やお婆様、叔父様叔母様、九ちゃんとかと一緒という事でしょう?その一括りで同じと言うのは、全然足りないと言うか、もっと特別というか……」
さっきまでの高慢で自信に満ち溢れた態度からは一転、椿さんの語尾はどんどん小さくなっていった。
そんな様子は表情にまで表れていて、トーンを5くらい落とした顔が私に向く。
「そ、それより花竹さん。貴方、深王ちゃんに用事があるのでしょう?なんでもいかがわしい場所に深王ちゃんを誘うとかなんとか。早く当たって砕けて貰えるかしら?」
つ、使われた!!
「いかがわしいなんて言ってないから!」
焦って訂正するも、まぁ氷雨さんは気にしてないだろうなと思ってた。しかし、確認すれば、ばっちり目があった。
「……いかがわしい」
「いや、それは椿さんの嘘で――……」
わざとらしい軽蔑の眼差しがこちらを向く。
「もー!氷雨さんも乗らないでよ!私はただお祭りに誘おうと思っただけなんだから!」
「……お祭り?」
「そう。明日と明後日で2日間、近くの神社でやるお祭り。出店とかも出るし……その、一緒にどうかなって」
「いいよ」
中学生カップルが初めて手を繋いだ時くらいモジモジして言ったお誘い。それは、容易く受け入れられた。
「え!うそ……本当!?また集団下校理論出さない?神社の端と端にいるけど一緒にお祭り来てるよ、とか言わない?」
「あぁ、その手があったか」
「だめ!それはダメな例だから!それじゃ、約束だよ!?行く日はねーー」
「ちょっと待って!!深王ちゃん、私と約束してるの覚えてるよね?花竹さんより何日も前に誘ったよね?」
修羅場めいた空気が漂い始める。少し不穏な感じ。
「覚えてる。だから、行く日は明日。それなら問題ない」
「いや、問題しかないじゃない!だって明日って私とお祭り行く日よ?深王ちゃんは1人しかいないのにどうするの?私、時間制限付きとか絶対嫌よ!?」
「まとめて行けばいい」
「「はぁ!?」」
ここまで来ると、氷雨さんが女誑しにさえ見えてしまう。とはいえ、当人にそんなつもりなど絶対なくて、多分氷雨さん的思考では本当に全く問題無しなんだろう。流石に1人より2人、2人より3人との方がもっと楽しい!なんて事はないと思うけど。
あ、そういえば旅行の写真撮影の時も……。
「別に1人2人増えようとそう変わる事じゃないでしょ」
やはりか、と私の胸に、ストンと落ちるものがあった。
「全然違うってば!私は深王ちゃんと2人きりで行くのを楽しみにしてたのに!デートだったのに!」
「じゃあ、明日は18時に家の前で。花竹さんはそれで大丈夫?」
「あ、うん。私は全然。でも……」
椿さんを見れば、目を合わすことすら憚られる程の般若顔で怨みのオーラを放っている。
本当に3人でお祭りって大丈夫なのか……?
不安を拭えぬまま時間は過ぎ、あっという間に『明日の18時』になってしまった。
楽しみな気持ちと不安な気持ちそして僅かな違和感、混ぜこぜになったものを抱きながら扉を開ける時が来た……!
気合い入れすぎかなと思いつつもつい着てしまった浴衣。案の定、氷雨さんはシャツにパンツスタイルで、椿さんは可愛らしい白地の浴衣。2人が立っている姿は、氷雨さんの中性的な顔立ち、高身長も相まって、美男美女カップルにしか見えない。
これは本格的に私のオマケ感が強いな。そう思うと、氷雨さんを私と椿さんで挟むように歩く並びから、少しだけ足が遅れてしまう。
「花竹さん、大丈夫?休む?」
いつもはスタスタ歩いていっちゃうくせに、こういう時は何故か気にしてくれちゃう。そうなってくると身も心もイケメン、本当に女誑しの素質がある気があるのでは……?なんて思ってしまう。
「だ、大丈夫!下駄が買ったばかりでまだ馴染んでないだけだから!ちゃんと着いていくから、気にしないで」
言ってて少し悲しくなる。でも、2人と並ぶと気が引けて……なんて、もっと悲しくて言えない。
「じゃあ、少しゆっくり歩こう。あとーー」
そう言いながら氷雨さんは私の手を取った。
片方を椿さんが腕を絡めていて、もう片方を私と繋ぐ、そんな状況だ。
こんなこと、いつもなら地に足がつかなくなるほど舞い上がる。それなのに、私は横から流れる怨嗟の視線に焼き殺されてしまいそうで、とてもぎゅっとなんか握り返すことは出来なかった。
神社につくと煌々と光る提灯、屋台の数々。全てが輝いて見えるこの空間では、流石にテンションも跳ね上がる。
「うっわーー!!すごーーい!まずはどこ行こっか!トルネードポテトも気になるけど、やっぱり王道のたこ焼きイカ焼きお好み焼き、とか?」
「全部『焼き』じゃない!」
「えーー、じゃあ、おでん?」
「何で夏に、外で、しかもこんな人混みで、おでんを食べなきゃ行けないのよ!」
「じゃあ何がいいの?」
「冷たいものがいいわね。深王ちゃんも冷たい物好きだし」
そう言われて辺りを見渡す。かき氷とかあんず飴とかりんご飴が無難だろうけど、実はもう、少し前に通り過ぎてしまっていた。
人混みに流されつつ歩きながら物色していたのが仇となってしまう。とは言え、人混みを逆流するのは至難の業。他に冷たいものは……。
「あ!いいの、発見!!」
繋いでいる氷雨さんの手をギュッと握り引っ張る。そして。
「すいません、3人って出来ますか?」
喧騒に負けぬよう大きな声を出す。
「いけるよ!3人ね!じゃあ適当に座ってよ!」
そうして、店主は1人ずつこよりを手渡していった。同時に、氷雨さんの手も離れる。
あ、私の方か。
私も少しスースーする手の方でこよりを受け取った。
「ちょっと、何で『冷たい物』がヨーヨー釣りなのよ!」
いつの間にか隣に来ていた椿さんが私の袖を引っ張り訴える。片手にはこより、引っ張る手は空いていると言うこと。
いい結果の答え合わせみたいに心が落ち着いていく。
「ヨーヨーもいいかなぁって」
「貴方、本当に適当なのね。こんな子供騙し深王ちゃんが楽しいわけないでしょ」
そう言う椿さんの後ろでは、氷雨さんが他のお客さんの遊ぶ様子をじっと見ている。
「大丈夫そう……かな?そうだ、折角だし勝負しない?負けた人はたこ焼きをご馳走するとかどうかな?」
「何で私がーー」
椿さんの呆れた声と
「分かった。でも、私はソース煎餅がいい」
被さるような氷雨さんの……
「え!?氷雨さんやってくれるの?」
「ソース煎餅、忘れないで」
「えっと、好きなの?」
「食べたことがない」
「あ、なるほど……」
何故か妙に納得する答えだった。
「深王ちゃんがやるなら、私もやるわよ!フランクフルトで!」
まさかだけど、椿さんもフランクフルトを食べたことがない……とか?
まぁ、そんなこんなで勝負の場は整って。そして、流石血縁と言うほど自信満々な2人に負けじと私も宣言する。
「ま、負けないからね!たこ焼き!!」
ノリの良い店主の「レディー?ファイッ!」なんて、やけに発音のいい合図とともに戦いの幕を開けたのだった。
結果。圧倒的優勝、氷雨さん。店主も青ざめる勢いで、プール内のヨーヨーを全て釣り尽くした。その素早く正確なこより使いは、まるでヨーヨーから氷雨さんに近づいていくかのようで、出来上がったギャラリーに一々感嘆の声を漏らさせる程に素晴らしいものだった。
2位、椿さん。最初こそ、手を出しあぐねていた所があったが、何故か途中からの急激な追い上げ見せる。縁日にここまでするかと言うほどの集中力と真剣さで上手く狙いを定め、確実にヨーヨーを獲得しに行っていた。
3位、勿論、私。物心ついてから、お祭りに来れば1回はやる程には経験を積んできた筈であった私は、生まれて初めてやったという2人のポテンシャルの高さと氷雨さんのセンスの前に粉々に打ち砕かれた。もしかしたら、見栄を張って他のより1回り大きいヨーヨーに目をつけてしまったのがいけなかったのかもしれないが、結局、私は大きいヨーヨーと格闘した末、1つも取れぬままこよりが千切れ、敗退となったというわけである。
誘っておいて、何て格好悪い。
ちなみに、大きいやつは後に氷雨さんがゲットするのだが、氷雨さんのこよりは最後まで、千切れることはなかった。最早、氷雨さんのだけ素材でも違うのではと言うほどにタフなこよりちゃんを、今思えば、試験の御守り用にでも貰っておけば良かったなと後悔する。
そして約束通り、私は氷雨さんにソース煎餅をご馳走するべく、向かいの店へと移動したのだった。珍しく口を半開きに目を見開いて、唖然という言葉がしっくりする表情で屋台を見つめる氷雨さんに問いかけた。
「味は何にする?」
人形のような顔をそのまま回して私に向けた。
「味……?」
「うん。ほら、ソース、梅ジャム、チョコ、練乳、カスタードだって。何が良い?」
「……全部」
そう言う氷雨さんの目は心なしか少しキラキラして見えた。意外と欲張りというか好奇心旺盛というか。
「じゃあ、まずルーレット回さないとだね!」
「ルーレット……」
「そそ、回して枚数が決まるの。当たれば同じお金でいっぱい食べれるんだよ。なんと、最高は100枚!!氷雨さんに当てられるかな?」
こういうのって、1回も当たった事ないし、当てたのを見たことすらない。とにかく、こればっかりはそう簡単じゃないんだぞ!
「大丈夫。こういうの得意だから」
そう言いながら迷いなくクルッと回す。
得意って言ったって、こんなの運なんだからさ。いくら氷雨さんと言えども、そう易々と当たるわけないんだからね。
「って、あれ?」
止まったルーレットの針はぴたりと100を指していた。10に挟まれて、少しでも動けば10になりそうな位置にある100を、正真正銘誰がどうみても指し示している。
「えぇぇぇ!?なんで?何これ!?え?これって運じゃないの?得意って、裏技とかコツとかあるの!?教えて!!」
必死だった。だって、こんなのできるかできないかで、これからの人生トータル煎餅獲得枚数が1桁も変わってくるんだ仕方がない!
「え……特には」
「え!うそ!!きっと無意識に何かしてるんだよ!特殊な回し方したとかさ、高度な視線移動とか!」
「……」
氷雨さんの少しだけ目を伏せる表情は何か考えてる顔だ。それが、無意識と言いながら、そのコツを聞き出そうとする無茶振りな私から逃げる手立てなのか、はたまた無意識下の癖を探してくれているのかは分からない。けれど、私の言葉への返事をしっかり準備していることは確かだった。
「花竹さん、ここに来て」
氷雨さんの丁度真ん前辺りをちょんと指さされる。よく分からないが、氷雨さんの行動は大体が予想に収まらないので、思考など巡らすこともなく言われるがまま氷雨さんの前に立った。
「こう?」
「反対」
くるりと視界が回る。目の前には屋台、そしてルーレット。そして、おばちゃんに200円を渡しながら。
「すいません、もう一回お願いします」
「あ!コツ教えてくれるの?」
「いや、考えても分からなかった。だから――」
氷雨さんは、私を後ろから包み込むように立ってそっと右手を重ねた。
「えっ!えええぇ!?」
「うるさい」
言いながらも氷雨さんの素敵な指が私のものに絡んでくる。
「ひぃぃぇぇぇ」
「ちゃんと集中して」
「どっ、どこに!?」
「手に」
「てっ、てに!」
コミュニケーションで困った時、おうむ返しが良いと言うけれど、どれだけパニックでもそれが自動で出るというのは、人間って本当によく出来ている。
「あぁ、目は閉じた方が良いかもしれない」
「何で!?」
「何となく」
言いながらもぎゅっと握られた私の手はそっとルーレットへと誘導されて。
「じゃあ回すから、それで感じて」
目を瞑り、最早声を出すことすらままならず、こくこくと頭を縦振りにする事で意思を伝えると、指がより力強く絡み合うと同時にルーレットが軽やかに回り出す音がした。それら、細く長い綺麗な指がスルリと抜かれていくと、氷雨さんの手が冷たい所為なのか、擦れる皮膚がくすぐったくてお腹から胸に向かってゾワゾワしたものが迫り上がる感覚に襲われた。
ていうか、『感じて』って……なんか!えっちな気が……!!
そこまで考えて私は脳内で自分のことを張り倒した。汚い……!私はいつからこんなに汚れたのか!!
そんなこんなで目を開けると、ルーレットの針は100を挟み込んだ10を指していた。
「失敗した。もう一回やる」
「いやいやいや!!もう大丈夫だから!」
こんなの何回もって無理!無理無理!!
そうして、後ろで小銭を取り出そうとする氷雨さんの腕を振り返って押さえた。
ち、近いぞ。これは。
さっきまでピタリとくっついていた距離、向き合えば、氷雨さんの匂いがする。
「分かったの?」
「ばっばばばばっちり!」
すいません、くっついてやらしい気持ちになってました。ごめんなさいごめんなさい。
「何か違った?」
「え!それは……もう、全然」
私の目線は、自然と氷雨さんの白く綺麗な指に誘われてしまう。ごくり。あの手が……。変態の沼にはまった私が、知らぬ間に氷雨さんの手をニギニギしていたことに気が付いたのは、ヨーヨー釣りにどはまりして「もう少しやっていくわ」と残った椿さんが大量のヨーヨーを引っ提げて戻ってきた時だった。
「ちょちょちょちょちょっと!!!!あんた何してるのよ!?」
流石の蛮行に、貴方なんて品のある呼び名は捨て去られ『あんた』に格下げだった。とはいえ、この時はまだ私は氷雨さんの手をニギニギしていることに気が付いてはいなくて。むしろ、椿さんの帰還に救世主すら感じていたのだ。いや、ある意味間違えではないのだけど。
「あ、椿さん!私達もちょうど買い終わったんだよ!」
この時の私の顔は、鏡がなくて良かったなって顔をしてたと思う。
「そんな事はどうだっていいのよ!さっさとそそそそ、その!穢らわしい手を離しなさい!!」
そうして引き離された私の手に残る何とも言えない解放感。あったものが無くなった少し寒いような寂しい感じ。ん?私何か持ってたっけ?
「ちょっと目を離した隙に何、深王ちゃんの手なんか握ってるのよ!」
「え?手?私が?氷雨さんの?」
「そうよ!!モミモミモミモミと……不潔!不潔だわ!!」
「モミモミ……?」
身に覚えありませんが?って気持ちだった。ここまでは。でも、見上げた先で目の合った氷雨さんは確かに言ったのだ。
「もう良いの?」
「え……?」
「手にヒントがあったんじゃないの?揉んでたし」
「あ、私、揉んでた?」
こくりと頷く氷雨さん。横には怒りで震え上がる椿さんがいる。
「揉んでたわよ!!」
その声でぼんやりと、手にさっきまであった感触が蘇る。
ちょっと冷たくて、でも柔らかくて、きめの細かいすべすべのーー
「あっ……!!」
思い出した。私はいかがわしい目で氷雨さんの手を見て、それで。
「ごっ……ごっ……ごめんなさいっ!!」
久々に感情の読み取れない氷雨さんの表情と、下衆な者を見つめる椿さんの軽蔑の眼差し。私は暫くの間、その異質な2つの視線に突き刺されたまま過ごすことになるのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます!!




