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王子様なんかじゃない!!  作者: 木野ダック
11/26

11.氷雨さんと温泉旅行3

部屋に戻るというわけでもなく、何となく私先導のもとホテル内をほっつき歩いていた時のこと。

最奥にある店が目に入り、思わず「あ!」と声を上げた。前調べでネットに載ってたお店だった。しかも、結構雰囲気あって人気っぽい所!星沢山付いてるところ!

ゲームで狙っていた訳じゃないレアアイテムをたまたま引き当てたみたいな、棚ぼた気分につい頬が緩む。

勿論そのまま足を進め、

「あの、すいません。2名なんですが入れますか?」

ちょうど店頭に出てきた店員さんに声を掛けた。

「はい、すぐご案内できますよ。お席にご希望はございますか?」

にっこり笑顔で答えてくれた店員さんは、若草色の作務衣にエンジ色の前掛けエプロン、そこにおさげを決め込んで、さながら時代劇に出てくる茶屋娘のようだった。

「ありがとうございます!あの、ネットで海の見える個室があるって見たんですが……」

「はい、ございますよ。そちらのお席にされますか?」

心の中で激しくガッツポーズした私の声は結構元気に出て。周囲の目を引くくらいに明るく大きな「はい!お願いします!」になってしまった。


それから、注文を済ませて待つこと数分。

案内されたのは2畳程度のお座敷で、座った胸の高さくらいから開く大きな窓が特徴的な部屋だった。そしてそこから見えるのは、遮ることなく見渡せる海で。

「きれーー」

思わず声を上げてしまうほどだった。

私はさりげなく、氷雨さんを窓際席へ誘導した。

「氷雨さん、窓際ね!私、トイレ近いから!」

言った後で、ここまで誇らしく言うこともなかったかなって少し後悔した。氷雨さんが、窓前に腰を下ろせば、海と綺麗に調和して、よく出来た絵画のようだった。

「写真、撮ってもいい?折角だし、思い出に」

「……いいけど」

「ほ、ほんと!?じゃあ、早速!」

氷雨さんって写真とか嫌いそうだな、なんて思っていたから結構驚いた。もしかしたら、氷雨さんも旅行でちょっと浮かれているのかもしれない。それなら気が変わらないうちに!

「じゃあ、撮るよ!」

そう言って、やや興奮気味にスマホを構えると、直ぐに画面越しの氷雨さんに制された。

「何してるの?」と。

「え?写真、撮ろうとしたんだけど……」

良いって言ったよね?みたいな顔で答えれば海風みたいに爽やかな声が返ってくる。

「何の?」

「氷雨さん」

「……花竹さんは?」

「え?いやいや、私はいいんだよ。氷雨さんとこの景色が素敵なんだし」

手をぶんぶん振りながら意思表示すれば、真っ直ぐな瞳で見つめ返された。

な、なに……?

ごくりと固唾を飲む。

「それが思い出になるの?」

それは、皮肉とかそういうものではなくて、ただ純粋な疑問、という感じだった。

「も、勿論!だって写真見たら『あ、氷雨さんと海来たんだな、旅行したんだな』って思い出せるし」

「……そう」

聞いた割にはあっさりした返事が返ってきた。そんな氷雨さんは、物憂いげに目を伏せ、どこかまだ引っ掛かりがあるような顔をしている。なんとなくだけど、あんまり人を撮るっていうことがないのかなって思った。まぁ、想像もできないけど。そんなことを考えていると、再び真っ直ぐな眼差しが私を突き刺した。そして。

「でも、1人なら撮らない」

と、そう言った。

「……え?」

意味は勿論分かる。けど、氷雨さんから出る言葉として認識が出来なくて。そんな私にもう一度、もっと分かりやすくはっきりと言ってくれた。

「一緒なら撮る」

あ、なるほど。……なるほど?

「……え!?いや!いやいやいや!!無理!無理だよそれは!ていうか、氷雨さん、私と撮りたいの!?」

「そうだけど何で」

直球だ。直球で来た。なんだこれ……。どう考えても氷雨さんの言葉と思えない。え?なに?どんな裏……?夢?

ていうか、普通にこんなの照れる!

「いや、でも、私自撮りとか上手くないし!」

「撮って貰えばいい」

「それに氷雨さんの横に並ぶとか、顔面格差が激しすぎて恐縮すぎるというかなんというか!」

「1人で撮るのもまとめて撮るのも大差ないと思うけど」

「いや意味が!」

「花竹さんの言い分だと、私が撮られた後、今度は私が花竹さんを撮るんでしょ?」

一瞬、首を捻ってみたものの、すぐにハッとして声を上げた。そういうことか!

「そんなまさか!私1人の写真なんか撮らないよ!?」

「何で?」

「だって氷雨さん、私のピン写真なんかいらないでしょう!?」

言ってて悲しくなる。けど、氷雨さんも確かに……みたいな顔になる。

「ほらぁ!!」

自信満々に指摘すれば、氷雨さんは目を伏せるように逸らした。その姿は、窓から差し込む夕陽も相まっていやに儚げで、思わずうっとりしてしまうような仕上がりになっていた。そんな映画のワンシーンみたいな光景の中で氷雨さんがそっと口を開いた。それから、あくまで落ち着いた、風にかき消されそうな声で。

「……それだと私には何も残らないかも知れない」と。

「……えっ?」

「今日のこと、ここに来たこと」

「なに言ってんの……学年1位の秀才がそんな簡単に忘れないでしょ……」

取り繕ってみるものの、眉根は自然と寄ってしまった。素直にそれは寂しいな、と。

そんな私を見て、氷雨さんは……特に変わらなかった。変わらずのちょっと憂い帯びた表情で、しかも、「今日食べた朝食も覚えてない」とか言っちゃうし。

「そっ、それはおかしくない!?」

「……さあ。でも、目の前にいて別々に撮って、それで思い出というのは違和感を感じる」

「や……うん、まぁ」

そう言われると、言い返せなかった。まぁ確かに、氷雨さんの姿が綺麗だったから撮りたかったっていうのもあるんだけど、私の場合はその裏に、氷雨さんと……ていうか、誰かと写真を撮るのに消極的な気持ちがあったから。姉と比べて自信のない私、それで逃げてる私、そういうのを見透かされているみたいで、後ろめたい気持ちになったのだ。だから。

じゃあ一緒に……、迷いながらも頑張って言ってみようかなという時だった。

そのタイミングで注文のドリンクとパフェを抱えた店員さんがやってきた。

「失礼致します。お食事お待ち致しました」

「ありがとうございます」なんて返事をすれば、慣れた手つきで配膳をこなしていく。

パフェとか飲み物って結構重いよね?そんな事を考えながらその姿に見惚れていると、氷雨さんが声を掛けた。

「お仕事中申し訳ありません。宜しければ写真を撮っていただけませんか?」

いつも通りの起伏のない口調ながら、とても丁寧なものだった。

「はい、喜んで。何でお撮りしますか?」

優しい声が返ってくると、すかさず氷雨さんの視線が飛んでくる。

「あ……あの、こちらでお願いします……」

推しに弱いところがある私、すんなり氷雨さんのペースに乗せられて、店員さんにスマホを手渡した。それから、にこにこ笑顔な店員さんに促されるまま、いそいそと氷雨さんの隣へ移動する。

少し俯き気味に座ると、氷雨さんは正面を向いたまま口を開いた。

「さっきはありがとう。あと、花竹さんのというよりは、自分も含めて1人の写真がいらないってだけだから」

多分、氷雨さんなりの気遣いなんだと思う。慣れない言葉に、いつも鋭すぎて痛いくらいの口調が少しだけ丸くなっていた。

「……氷雨さんって、意外と照れ屋だなぁ」

「なにそれ」

「優しいなってこと」

チラッと横目で氷雨さんを見ると、相変わらず目線は真っ直ぐ店員さんに向けられていて。

「じゃあ、お写真撮りますよーー」

そう言って店員さんが構えると、私はちょっとだけ氷雨さんに近づいて、肩が少しだけ当たってしまう。

そして。ハイチーズの声と共に記念すべき一枚目のツーショットが生まれた。

後で見返したその写真は、やけに紅潮して緩み切った私の顔と、ほんの僅かに、でも明白に、しっかり笑っている氷雨さんがとても印象的なものだった。

いつもお読みいただきありがとうございます!

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