17.エマ=ホール
貴族のマナー講座や、あらゆる科目の勉強をして約二ヶ月が経過した。この世界の高等部の勉学の難易度は前世の日本でいうと中学生レベルで、ある程度勉強していた私にとっては少し簡単だった。しかし、貴族のマナーは勉学とは違い習ったことがなかったので覚えるのが大変だった。(何回グリスト侯爵夫人に怒られたことか…ああ、グリスト侯爵夫人という方はフィンお父様のご友人のグリスト侯爵の奥さんで、私のマナー講座の先生をしてもらっています)そして、なんと今日!遂に『ホール公爵の養子になります宣言』をする日がやってきたのです!
「エマ、ようやくこの日がやってきたな。今日はエマが主役だから存分に楽しめ。エマが好きなフルールのタルトも用意しといたぞ。王宮の一流パティシエに作らせたからきっと気にいるはずだ。それと――」
「フィンリー様、もうそろそろエマお嬢様のお着替えの時間なので…」
「そうか…じゃあまた会おうエマ」
「はい、フィンお父様」
セバスが助けてくれたおかげでフィンお父様がようやく部屋から出ていってくれた。今からホール公爵家のメイドさん達が私にドレスを着せて、ほんのり薄く化粧を施してくれる。今日着るドレスは純白の生地に菫色のレースがふんだんに使われたオーダーメイドのドレス。(さすが公爵家、オーダーメイドだなんて凄すぎる…)メイドさん達が『可愛い、可愛い』を連呼しながら私の唇に薄い桃色の口紅を塗ってくれた。そして
「エマお嬢様、もし今日の夜会でいい感じの男性と会ったら教えて下さいね!あと、誰がかっこよかったとか…絶対に教えて下さいね」
「はいはい、分かったよ。ちゃんとどんな人がいたか教えるね」
「やった!ありがとうございます、お嬢様」
ホール公爵家のメイドさん達は最近下町で流行っている恋愛小説にハマっていて、私が格好いい人と出会うことを期待しているよう。(そんなに素敵な人は現実にはいないと思うけど…)
今日の夜会はホール公爵家の本邸、つまり、今私が生活を送っているところの大広間で催し、夜会には沢山の貴族の方たちがやってきて、私の養子宣言を聞くことになる。なので私は色んな人と挨拶をしなくてはならなくて、七歳の私にとっては少しハードな仕事。だけど、今日はオリバーさんや、バルデさん、そして久しぶりに会うナタリーお姉ちゃんも来るので楽しみでもある。その上フィンお父様に『面倒な人達(王子たち、特にルーク殿下)は来ないですよね?』と聞いたら『…ああ、来ない、ぞ』と少し声は小さかったがちゃんと言質をとったので安心!(今日は何事も起こらずに済みそう!)
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「皆様、ようこそいらしてくださいました。ホール公爵家現当主のフィンリー=ホールです。今日皆様に来ていただいたのは大事な報告、私の新しい娘を紹介するためです。この私の隣にいる子が今日から私の養子になるエマ=ホールです」
「初めまして皆様、本日からホール公爵の養子になりますエマ=ホールと申します。まだ七歳なので正式な社交界デビューまだなのですが、公爵と一緒に出させていただくことがあると思います。その時はどうぞよろしくおねがいします(ニコッ)」
完璧!グリスト侯爵夫人に教えてもらった『お嬢様スマイル』もちゃんと最後に付けておいたし、大丈夫!さてさて〜、私のこの完璧な挨拶を見た周りの反応は〜?……なにあの人?めちゃくちゃ顔が赤いんですけど!?あっ!あの人も!そこら中に顔が真っ赤な人がいる。もしかして、この広間異常に暑いのかな?
不安に思った私は隣にいるフィンお父様を見上げたが『なんでもない』という風に頭を横に振っていた。本当かな?と思っていると
「皆様どうぞ、私の家の一流料理人が丹精込めて作った料理です。どうぞお好きにお召し上がりください」
フィンお父様がそう言うとさっきまで固まっていた人達は、はっとなって一気に動き出した。私はというとデザートがいっぱい並んでいるテーブルに釘付けだった。(あれってフィンお父様が言っていたフルーツタルトだよね。た、食べたい!)我慢できなくなった私はフィンお父様に頼んで、セバス付きでデザートテーブルに行けることになった。
「お嬢様、何か食べたいものはありますか?」
「えーっと、あそこにあるフルーツタルトが食べたいな」
「分かりました。少しここでお待ちになってください」
そう言うとセバスはフルーツタルトがあるテーブルに行ってしまった。(一人ぼっちになるのはちょっと怖いな)と思っていると後ろから誰かに押されて倒れてしまった。押したのが誰なのか確認するために起き上がって後ろに振り向くと
「あらぁ、ごめんなさい〜、エマちゃん〜(クスッ)」
何か前に見たことがあるような無いような…ていうかこの人、周りがどんな反応しているか気づいていないの?
ホール公爵の養子である私がこの人に押し倒されたのを見て、青ざめている人もいれば、私を助けようか迷って困惑している人もいる。また、『あの方って伯爵家の人間よね。なのに公爵家の方にあのようなことを…同じ貴族として恥ずかしいわ』など、この人を軽蔑している人など様々。
「あの、すみませんが前に一度お会いしたことありますか?」
「なんですって!?私のことを覚えていらっしゃらないの!?バンナ伯爵家長女のペネロペ=バンナですわ。殿下の婚約者の!」
「ああ!あの時の!庭園の日以来ですね。それで、私に何か御用でも?」
「ええ、最近エマちゃんが殿下と親しくしていると聞いて。婚約者でもないのに勝手に殿下に近づかないでくださらない?」
「あの、バンナ嬢、勝手に私を『エマちゃん』と呼ばないでくれませんか。許可したわけでもないのに。(最近色んな人に愛称で呼ばれるから、これ以上呼ぶ人を増やしたくないんだよね)」
「はぁぁーー?な、何様のつもりですか!この私に向かって!」
ちょ、ちょっとまって!お、落ち着いて!
バンナ嬢は急に右腕を上げて、私を叩こうとした。周りの人達は一気に大変なことになったので特に女性たちは『キャァー』と甲高い声で叫んだ。(うわ〜、バンナ嬢の爪、めちゃくちゃ伸びてるじゃないですか、あたったら痛そうだな〜)なんて他人事のように思って現実逃避をしていると、バンナ嬢の背後から手が伸びて、バンナ嬢の右腕を掴んだ。
「何しているんですか、バンナ嬢。私の大事な人に暴力を振るわないでください」
この声は……ルーク殿下!?なぜお主がここに!?
「助けに来ましたよ、私の愛しいエマ嬢 (ニコッ)」
うん、まずはフィンお父様を殴りたい。




