18.王太子 ルーク=ウィリアムside
今日はホール公爵家の本邸で正式にエマ嬢がホール公爵の養子になるという発表をする日。エマ嬢には内緒で弟のエリオットと共にその夜会へ行くことになった。エマ嬢に直接伝えてしまうと絶対に彼女は完全ガードになってしまうので、しっかりとホール公爵には口止めをしておいた。今回の夜会で心配なことは二つあった。一つはエマ嬢の魅力に他の貴族(特に男)が気づいてしまうことだ。こうなる日が来るのは分かっていたつもりだが、いざ来てしまうと心の中にどす黒い感情が渦巻いた。最初はこの感情が何なのか戸惑ったが、すぐにこれが独占欲だと気づいた。(まるでエルフィーみたいですね…)
そしてもう一つは、エマ嬢に対する令嬢たちの嫉妬心だった。このグラド王国にはクロス公爵家、ホール公爵家、ウォーカー公爵家の三つの公爵家があり、どの家にも令嬢がいなかったので、公爵家よりも下の侯爵家や伯爵家の令嬢達はまるで自分が一番かのように甘やかされて育っている。そのため、急に自分よりも偉い令嬢が現れたら、戸惑い、嫉妬心を抱く。しかし、表立ってその感情を行動に移す頭の悪い令嬢はいないと信じたいし、ましてや公爵家の人間に対して失礼なことをしようとする人はいないはず、と思っていた。が、一週間前ほどにホール公爵から渡された来賓者リストにはバンナ嬢の名前が載っていた。(彼女ならやりかねないな。もし、仮にバンナ嬢がエマ嬢に対してなにか失礼なことをしたらバンナ伯爵家がホール公爵家によって完膚無きまでに潰されるでしょうが……さてどうなるでしょう…)
===============================
「皆様、ようこそいらしてくださいました。ホール公爵家現当主のフィンリー=ホールです。今日皆様に来ていただいたのは大事な報告、私の新しい娘を紹介するためです。この私の隣にいる子が今日から私の養子になるエマ=ホールです」
ホール公爵に紹介されたエマ嬢は真っ白の純白の生地に彼女の瞳の色である菫色のレースがあしらわれたドレスを着ていた。(今日のエマ嬢も本当に天使のように可愛らしいですね。さてさて、二ヶ月間マナーを学んだと聞きましたが、どこまで仕上げたのでしょうか?)
「初めまして皆様、本日からホール公爵の養子になりますエマ=ホールと申します。まだ七歳なので正式な社交界デビューまだなのですが、公爵と一緒に出させていただくことがあると思います。その時はどうぞよろしくおねがいします(ニコッ)」
はい、九割は完璧でしたね。さすがグリスト侯爵夫人、エマ嬢をここまで『令嬢』に近づけさせるとは。しかし、最後の笑顔はつけなくてよかったのですが……ああ、周りの男性たちがエマ嬢の笑顔を見て虜にされている……何にか腹が立ちますね
しばらくの間この場は沈黙していたが、ホール公爵の声によって貴族達は動き出した。エマ嬢はというと、デザートが沢山乗っているテーブルをじーっと見ていて、いかにも食べたそうにしていた。少しの間デザートを食べているエマ嬢を見るのもいいかもしれないと思っていると、ホール公爵家の執事と思われる男性とともにテーブルへと向かって行った。これはいいチャンスかもしれないと思い、エマ嬢に近づいていくと、何処からともなく派手なドレスを身にまとった令嬢が現れ、エマ嬢を押し倒した。(誰ですか、あの令嬢は)案の定、その令嬢はバンナ嬢だった。彼女は自分が何をしでかしたのかも気にせず、周りの反応も見ずにエマ嬢を罵倒し始めた。(あの人は馬鹿なんですかね。私のエマ嬢に対して…)バンナ嬢はあろうことかエマ嬢の頬を叩こうとした――
「助けに来ましたよ、私の愛しいエマ嬢 (ニコッ)」
私がそう言ってバンナ嬢の右腕を掴んで彼女を助けると、エマ嬢の顔は無表情から何故か渋面になってしまった。そして、
「(フィンお父様め、裏切ったな)」
と可愛らしい声で小さくつぶやいた。(ああ、口止めされているホール公爵に怒っているんですね。すみません公爵、娘さんに嫌われてしまいましたよ)
「大丈夫ですか?エマ嬢。…で、バンナ嬢、あなたはエマ嬢に何をしようとしたのですか?」
「そっ、それは…えっと」
「(バンナ嬢、こんなことをしたらあなたの家がホール公爵家によって潰されてしまいますよ)」
「ひっ、ちっ違うんです!これはお父様の命令で……」
ふ〜ん、なるほど。バンナ伯爵の命令ですか…その張本人は……ははっ、ガタガタと青ざめてしまっていますね。伯爵は無理矢理にでも私がバンナ嬢と正式に婚約してほしいんですね。絶対にありえませんが…
「今までずっと私にかまっていたのはあなたの父上の命令だったからですか?」
「……はい、お父様はずっと私に『殿下の婚約者になれ』と言い聞かせて、『そうでもしないとバンナ家は潰れてしまう』と言って。(私は別に殿下のような腹黒男は好みでもなんでも無いのに…)」
最後の方の言葉は無視してあげましょう。…しかし変ですね、バンナ伯爵家はそこまで金銭的に困っていないはず。もしかすると、伯爵は王太子である私の義父になることでより強い権力を欲していたのでしょうか。なんとも馬鹿らしい考え方ですね。そういえば、伯爵は元々魔術師団の副団長だったはずですが、何かしでかしたんでしょうか?後で調べてみるのも悪くないですね。
「バンナ嬢、好みでもない私に無理にアピールすることは疲れたでしょう。確かバンナ嬢にはご兄弟がいましたよね」
「(聞こえていらしたのね)ええ、六歳上の兄が…それが何か?」
「ブレイク=バンナ殿ですよね。神官長補佐の。実はブレイク殿にバンナ伯爵の新しい当主になってもらいたいのです」
「お兄様が!?では、お父様はどうなるのでしょうか?」
「伯爵は少々如何わしい点がちらほらあるので明日にでも調査が始まるはずです」
エマ嬢からエリオットが自分を卑下し始めたきっかけは胡桃色の髪の魔術師の失言だと聞いた。今の魔術師団には胡桃色の髪の人物はいないとエルフィーは言っていたが、前の副団長、つまりバンナ伯爵は胡桃色だったと言った。確かに今も伯爵の髪は胡桃色。伯爵が私と自分の娘の結婚を企んでいたとすれば、王位継承権第二位のエリオットは邪魔だったはず。私が王になるには、少しでも邪魔者は消したかっただろう。しかし、エリオットは私の大切な弟、あの子に手を出したなら私は容赦しない。
==================================
私がバンナ嬢と話し終わって、エマ嬢の方を見ると、……美味しそうにフルーツタルトをほうばっていた。(あなたは本当に……まあ可愛いので許しますが、せっかくなのでバンナ嬢とも話し合った方が良いですね)バンナ嬢と共にエマ嬢の方へ向かった。
「エマ嬢、実はバンナ嬢についてあなたに話さないといけないことがあるんですが」
「はひ、(ゴクンッ)何でしょうか?」
「先程は本当にすみませんでした、エマ様。全ては私のお父様、いえ、言い訳はだめですわね。私の考えが浅かったばかりにエマ様に酷いことをしてしまいました。どんな処罰でも受けます」
バンナ嬢がそう言うとエマ嬢はとても驚いた顔をして、私の方へ向き説明してくれという顔をしたので、私はエマ嬢に何があったのか細かく話した。
「なるほど、気になったのですが、ペネロペ様は何か伯爵に脅されていたのですか?」
「それが、私にはブレイク=バンナという兄がいるのですが、お父様が私が殿下と結婚しないとお兄様が神官長になれなくなると言い出して…お兄様は本当に心の優しい人で、ずっと神官長になることを夢見ていたのですわ。しかし、お父様が神官長になるにはバンナ伯爵家がより強い権力を持たないといけないと……我が家の身勝手な欲望に巻き込んでしまい本当に申し訳ありませんわ。先程言った通りどんな処罰でも受けます」
「……そうですね。じゃあ、私のお友達第一号になってくれませんか」
「……へっ?そそそ、そんなことでよろしいのですか!?というか、私なんかがエマ様のお友達になってよろしいのですか?」
「はい!ペネロペ様には貴族のマナーとか色々教えていただきたいのです、お願いできますか?」
「もっっっちろんでございますわ!こちらこそぜひよろしくお願いしますわ」
どうにか二人の仲は縮まったようですね。これでエマ嬢は女性の友達が出来たから、後少しで始まる学園生活には困らないでしょう。エマ嬢との学園生活ですか、楽しみですね―




