勘違い
少女が目覚めるまで特にすることが無いので、その少女をよく観察してみる。
見た目の年齢としては14、5歳くらい。
身長も150cm台半ばといったところ。
滑らかな金色の髪は肩にかからない程度の長さで切り揃えてあり、顔立ちは多少の幼さがあるもののよく整っている。
グレイウルフと対峙していた時には既にしまっていたようだが、腰の左側には長剣とその鞘が吊られていた。
先程は怪我をしていて動けなかったので剣を使っていなかったが、本来は剣で戦いつつ、補助として風の魔法を扱う戦闘スタイルになるのだろうか。
気になるのは、彼女の魔法の構成がとても速かったことだ。
AWOのプレイヤーの中でもトップクラスに速かったエルネリア程では無いにしろ、一般的なLv100前後のプレイヤーを凌ぐ速さで魔法を発動させていた。
それが彼女の特別な才能によるものなのか、それともこの異世界における魔法技術の水準の高さによるものなのか。
これについてはそれとなく聞き出す必要があるだろう。
「ん……」
少女が起きてからのことについて考えていると、どうやら彼女が目覚めた様子だ。
思考を中断して、驚かさないように声をかける。
「起きたみたいね。気分はどう?」
警戒されてはいけないので、穏やかな声色を意識する。
できる限り友好的に接し、情報を聞き出さなければならないのだから。
それに対して少女は、
「は、はい!気分はよ、良うございます、女神様!!」
……。
…………。
……………………?
流石に何を言っているのか理解できず、思考に空白ができてしまった。
驚きで表情を崩さなかったのは、ひとえにAWOでの訓練の賜物である。
どうも、少女は自分のことを女神様と呼んでいるらしい。
女神というのは比喩かとも思ったが、どうもそんな雰囲気ではない。
彼女の態度からして、本気で崇拝のような感情を持たれているのがわかってしまうのだ。
ここで、彼女が先ほど祈りながらヘルミーナという名前を口にしていた事を思い出す。
そう言えばヘルミーナは鎧を身に着けた女騎士の姿をしているから、似たような姿で聖剣を持っているエルネリアのことをヘルミーナと間違えてもおかしくはない……のかもしれない。
髪の色は違うが。
ヘルミーナはAWOでもだいぶフレンドリーな部類の神で、人間ともよく交流していたから、その容姿もよく知られていた。
エルネリアの姿と間違えるはずはないと思うのだが……。
とにかく、誤解を解く所から始めないといけない。
「女神様……というのは、何のことかしら?私は旅人で、エルネリアと言うの。それで、あなたは一人だったの?名前を聞いても?」
「え、えっと……ブリジット、でございます……。一人で、来ておりました……。その、助けて頂いてありがとうございます、エルネリア、さま……?」
とりあえず自分は女神ではないとアピールしてはみるものの、少女――ブリジットの目から、崇拝の色は消えていない。
これは現状ではどうしていいかわからないので、話を進めるしかない。
「私は"様"と付けられるような者ではないわ、ブリジットちゃん。畏まって話してもらう必要もないんだけどね……。それと、助けたのは偶然だから気にしないでね」
「い、いえ、お礼は必ず……えっと、今はお渡しできるものが無いんですけど、街に戻れば……」
「お礼をして欲しくて助けたわけじゃないから、気持ちだけで大丈夫。それよりも、一人で来るなんて無茶をするじゃない。どういった経緯でここにいたの?」
「えっと……、私はすぐ近くのアルスターの街で冒険者をしておりまして、最近Dランクに上がったので、この森に一人で入る許可が貰えたんです……。
それで、修行のために魔獣を狩っていたのですが、その、サンダーホーン……先程のグレイウルフと同じくらい強い魔獣と遭遇して、逃げる時に怪我させられてしまい、そのせいでグレイウルフが来ても逃げられなくて……」
どうも、エルネリアに対してどのような言葉遣いをすればいいのか測りかねているようであるが、取り敢えず経緯は分かった。
アルスターの街や冒険者の存在、冒険者ランクの水準、グレイウルフやサンダーホーンがそのままの名前で呼ばれている事などは貴重な情報である。
エルネリアがこの辺りのことをどれほど知っているかわからないためか、できるだけ詳しく説明しようとしているようで、それも丁度良かった。
どうも神様だと思われているままのようで、本当に良いことなのかはわからないが……。
「そう……。危ない所だったわね。それで、これからどうするのかしら?」
「……えっと、街に戻ろうと思います。エルネリアさま……えっと、さん、はどうされるのですか?」
「そうね、私もアルスターに行こうと思っていたところなの。折角だから、一緒に行かない?」
「はい!ぜ、ぜひご一緒させて頂きます!」
話はまとまった。
一先ずはブリジットと共にアルスターまで行き、その先のことは実際に街に行って情報を集めてから判断するのが良いだろう。
彼女の勘違いについてもできれば正しておきたい所だが、かと言って素性を明かすことも出来ないのだからどうしようもない。
「それじゃ、行こっか。先導して貰ってもいい?」
「任せてください!魔獣も、全部私が倒します!!」
修行のために魔獣を狩っていたという所から、実力的にギリギリの場所に一人で来てまで強くなりたい理由があるらしいという事は推測できている。
しかし、これ以上無理をさせるのも良くないだろうと思った。
だから、一緒に街に行くように提案したのだ。
が、帰り道でも修行はする気のようである。
異世界で初めて会った人間であり、また若干の勘違いはあるものの尊敬の眼差しを向けて来るブリジットに、早くも親しみの感情が湧いて来ているのも事実だ。
街に行ってから、余裕があれば彼女が強くなるのに協力してもいいかも、などと適当なことを考えながら歩くエルネリアであった。