召喚獣
「そうと決まれば、急いで準備するわ。出発は明日の朝でいいかしら?」
エルネリアはそう告げると、立ち上がって部屋を出ようとする。
そろそろ日が傾いてくる時間だ。
エルフは強い。特に風の峡谷の集落は、防衛設備も充実していたはずだ。
魔物の侵入を阻む結界があり、1ヶ月程度ならば耐えられると聞いたことがある。
しかし、救援は早ければ早いほど良いだろう。
準備が必要だ。
「……え、あ、待ってください!」
「どうしたの?」
「本当に、いいのですか?両親の蓄えはそれなりにあると思いますが、今回の危険に見合う程の報酬がお支払いできるかは……」
ブリジットが気にしていたのはそこだ。
両親の冒険者としての稼ぎはそれなりにあったが、軍隊すらも近寄れない魔物の巣窟に単身で飛び込み、対象を救助するというのは、普通であればいくら金銭を積んでも断られる依頼だ。
「あら、良いのよ?実はね、頼まれなくても一人で行くところだったの。ついでよ、ついで」
これはブリジットを気負わせないための方便だが、一方で事実とも言える。
エルネリアがもしブリジットに出会っていなくても、近場で異変が起きていると知れば首を突っ込み、孤立した集落があると知れば飛び込んだだろう。
エルネリアは基本的に騒動に首を突っ込みたがるし、困った人を放っておけない性格なのだ。
「……本当に、ありがとうございます」
「それじゃあ、明日までに準備しておいてね?と言っても、必要なものはこっちで準備するから、あなたがするのは心の準備。向こうで色々と手伝ってもらいます。良いわね?」
「は、はい。でも、私が一緒で邪魔になりませんか?」
「大丈夫、来てくれた方が助かるから。ただし、私の指示には必ず従うこと。約束できる?」
「約束します……!」
その返答を聞いたエルネリアは、ニッコリと笑みを浮かべた。
●
その後、宿を取っていないのであれば家に泊まってくれ、とのブリジットの言葉に甘えることにしたエルネリアは、夕食前に「準備」を済ませるために、街の外へと来ていた。
こちらにやって来てから、未だ検証できていなかったゲームの要素……「召喚獣」が呼べるかどうかを確かめるためだ。
AWOにおける召喚獣には、騎乗用から戦闘用、果ては愛玩用まで様々な種類があった。
フィールド上に生息するモンスターをテイムしたり、特定のクエストをクリアしたりと、その手段は様々だったが、召喚獣を持たないプレイヤーはほとんど存在しなかっただろう。
エルネリアも、多数の召喚獣と契約していた。
問題は、今もその契約が続いているのかわからないということ。
ゲーム内で所持していたアイテムは問題なく取り出すことができたが、召喚獣となれば相手は生き物。
召喚できないだけならまだ良いが、下手したら主従の契約が切れており、召喚した瞬間に敵対されるという可能性もゼロではないのだ。
エルネリアが契約していた召喚獣は、どれもエルネリアが頼りにするだけの強さであったり、特殊な能力を持っていた。敵に回った際の危険度は、その辺のモンスターとは比べ物にならない。
万が一にも戦闘になったり、能力を使って逃げられたりしてはまずいと思い、検証を見送っていたのだ。
しかし、召喚獣は移動にも戦闘にも有用である。
特に明日からの行動を考えると、呼べるならば呼んだ方が良いのは間違いない。
十分に街から離れ、戦闘になっても良いように準備を済ませたエルネリアは、召喚魔法を発動する。
『召喚、アイトヴァラス』
魔法は問題なく発動し、地面に魔法陣が展開された。
黒い靄のようなものが魔法陣から湧き出しては、中央に集まって行く。
しだいに濃くなっていく闇が魔法陣を埋め尽くした後、その魔法陣は音もなく消失し、靄も霧散する。
その場に残ったのは、一匹の黒猫だった。一般的な猫と大差ないように見える大きさの黒猫が、ちょこんと座っている。
その場を動く気配はない。
エルネリアは、注意深く様子を伺いながら、語り掛けた。
「聞こえる?ノワール」
黒猫が首を縦に振る。
「………………いつもの!」
エルネリアがそう言うやいなや、黒猫の体が膨らみ始める。
姿形はそのままにどんどんと大きくなり、あっという間に背丈がエルネリアを超える。
座った状態でも3m近い巨体と化した黒猫は、ゆったりとした動きで体を横たえる。
その瞬間、エルネリアが飛んだ。
ぼすっ
「むっふーーーーーーーーーーー!!!!!!」
全身を黒猫の脇腹に埋もれさせたエルネリアが吠える。
アイトヴァラス。
その姿は変幻自在。猫の姿で街を歩き、かと思えばドラゴンとなって暴れ回る。
神出鬼没の危険な魔物。
エルネリアのもふもふペットである。
こんなノリの作品です。
シリアスっぽくなっていましたが、基本的にこっちがメイン。




