ブリジットの事情
10年前の『赤鬣』に出会うというイレギュラーはあったものの、その程度で取り乱すエルネリアではない。
本名をマハリヤと言うらしい少女に挨拶をすると、客間へと通される。
ブリジットが「お姉ちゃんはお客さんと話があるから、マッハは部屋で待っててね」と言うと、マハリヤは不平を漏らしながらも二階へと上っていった。
「すみません、騒がしい妹で……。改めて、助けて頂き本当にありがとうございました」
「いいえ、気にしないで。それよりも、妹さん……この辺りでは珍しい名前ね?」
世間話の体で、気になっていたことを尋ねる。
よく言われるのだろうか、ブリジットは慣れた様子で、
「母が南部の出身なんです。向こうの名前の響きを入れたかったと言っていました」
と答えた。
「そう……。それで、髪も綺麗な赤色なのね」
『赤鬣』の謎の一つであった、赤髪の理由が早くも判明した。
単純に、南部出身の母からの遺伝だったのだ。
「そういえば、そのご両親は?冒険者の仕事と言っていたけれど、どちらへ?」
これも気になっていたことだ。
こちらに気を遣った様子で話しづらそうにしていたので、話してくれる気になったらで良いと思っていたが、それが魔物によって奪われる筈の『赤鬣』の両親のことならば話は急を要する。
口ぶりからして、亡くなったという様子ではない。が、ブリジットが無茶をする程度には差し迫った状況なのだろう。
「ええっと…………グレンツァルの方、です」
「そう。何だか街が慌ただしかったけれど、向こうで何かあったのかしら?」
これまで話した感じでは、ブリジットは鈍感ではない。
むしろ、会話の機微にはかなり敏い。
事情を話すことで、エルネリアに迷惑をかけてしまうと考えているのだろう。
そうして彼女が濁そうとしている内容を改めて尋ねるというのは、「そのことに首を突っ込みますよ」と言っているようなものだ。
そもそも知り合った時点で、エルネリアは彼女に最大限協力するつもりだった。
ブリジットも、その意図を察したようである。
「……風の峡谷で、魔物が大量発生したそうなんです」
申し訳なさと安堵の入り混じったような表情で、事情を語り始めた。
「……私の父は、エルフなんです。峡谷にある集落の出身で、二週間ほど前に実家に用事があるからと、母を連れて峡谷へ向かいました……」
確かに風の大精霊殿が存在する峡谷には、エルフを始めとしたいくつかの種族の集落があった。
風のマナの影響が強く、厳しい環境のために人間が街を作るには向かない土地であるが、風のマナとの親和性が高いエルフやハーピーといった種族であれば住むことができる。
エルフを父に持つというのであれば、ブリジットの風の魔法への適性が高いのも頷ける。
見た目にエルフの特徴はないが、AWOの世界レイアースにおけるハーフエルフは、個人差にもよるが耳がほとんど尖らない場合もあったはずだ。
「私とマハリヤは、まだ危ないからと峡谷には連れて行ってもらえませんでした。本当であれば、遅くても一週間で帰ってくる筈だったんです……。帰りが遅いので心配していたら、グレンツァルからの急報が入って……」
峡谷出身のエルフであれば、下手な魔物に遅れは取らない。
マナを多く吸った魔物はより強大になるが、そういった危険な魔物がひしめく土地である峡谷に住むエルフ達もまた、精強な戦闘民族なのである。
しかし、今回の魔物の氾濫は歴史にない程の規模らしく、平時から備えをしていた大都市グレンツァルをしても、援軍が峡谷へと辿り着けない程だそうだ。
「アルスターからグレンツァルへの通行も、制限されてしまったんです。Cランク以上の冒険者と、その同行者しかグレンツァル近辺には入れません。私は、Dランクだから……」
「サンダーホーン相手に無茶をしたのは、Cランクに上がるため……ということ?」
「はい。Dランクでの実績はある程度積んでいたので、Cランクの魔獣を倒せば昇格の条件は……」
「誰かに頼ることはできなかったの?ご両親も冒険者なら、この街にも同業者の知り合いがいるでしょう」
「……はい。ですが、グレンツァル周辺での魔物の駆除ならともかく、峡谷へ乗り込んで救出に行ってくれるという方は……」
「……そうね。聞いた通りの状況なら、あまりにも危険すぎる。だからこそ、あなた一人が乗り込んでもどうにもならなかったとは思わない?」
「………………ごめん、なさい……。でも、私、何もしないでいるのが、怖くて……。意味がないかもしれないけれど、でも、もしかしたら、私一人の力があるかどうかが、生死を分けるくらいに、本当にギリギリで戦っているかもしれない……。行かなかったことで、助けられた筈のお父さんを、お母さんを、失うかもしれない、そう、思ったら……」
ブリジットの目から涙が溢れる。
「……ごめんなさいね、知ったような口をきいて。でも、あなたまで居なくなったら、マハリヤちゃんはどうなると思う……?」
エルネリアはその結末を知っている。
「だから、ね。一緒に行きましょう」




