2.ユリウスサイド
面白い女を見つけた。
俺の人生は多少の刺激と多くの退屈で出来ている。
生まれた時から俺は以外と出来るやつだった。話を聞けば理解し、剣技も練習すれば適当に出来、顔も整っている。
「将来安泰ですな!」
とか陛下と妃殿下に言っている取り巻きの話を聞くともなしに聞いていた。
まあ、お前らがなるよりはましだよな、と。
朝から晩まで勉強漬けの毎日で、遊ぶ時間もほとんどない。周り中敵だらけの中、信用出来るのは俺の乳兄弟であるアストルだけだった。
弟が生まれ、更に周囲は喜んだ。弟は俺と違い、真面目でコツコツ努力出来るヤツだ。
こういうのが国王に向いていると思うんだが。
剣技で勝てないことを本気で悔しがっている弟を見て、ああ、真っ当だと安心した。どうやら俺は何かが足りないらしい。
そんな俺でも友と呼べる奴らが出来た。
全員王宮騎士だ。一緒に訓練して、馬鹿な話もして、最初は渋っていたけれど、一緒に下町に降りたこともある。ほとんど貴族だったが、能力があれば平民でも登用されるため、色々な知識を得ることが出来た。
その中でも特筆されるのがアルドロワ伯爵家の3人だ。伯爵はこの国一番と呼ばれる剣士であり、その才能は息子たちにも引き継がれている。
もっぱらラルフとつるんでいるがリドアだってたまにやって来る。
練習試合で俺の相手だったラルフが、俺と引き分けたことから交流が始まった。
それまで、俺は同年代で俺より強い相手なんて見たことがなかった。だからすごいなと話を振ると、ラルフは自分なんてまだまだで、兄のリドアには勝てないと言い放った。
そして、その練習試合の優勝者はリドアだった。
俺は初めて熱心に練習した。弟と一緒に剣を振るい、体力を付けた。頭を使って戦術も学んだ。初めて充実した日々を過ごした。
そして、彼らの母親が亡くなった。
彼らは屋敷に帰り、しばらく戻ってこなかった。話を聞くと、屋敷に娘が一人残されたため、しばらくそちらで過ごすとのことだった。
数日後、思ったより早く戻って来たアルドロワ伯爵家の3人に事情を聞くと、娘に怒られたと言っていた。
「恥ずかしくないのか」と。「そんな萎れた3人を見て、母が安心して逝けると思うのか」と。
娘は当時7歳。可愛い娘と妹の言葉に3人は戻って来たらしい。
俄然娘に興味がわいた。自分だって母を亡くしてしまったのに、大人に向ける言葉の酷さと言ったら…。
今度連れてこいと言ったらすごく拒絶された。何故だ。
そして、今目の前にデビュタントで紹介を受けた彼女が居る。
エリーズ・アンドロワ伯爵令嬢。癖のない漆黒の髪はシャンデリアの光を反射し、長い睫はけぶるように瞳を隠す。瞳も漆黒であり、それと対比するように肌は白い。華奢だとわかる体にふわりとした白いドレスが似合っている。あれがアルドロワ伯爵家の3人が必死で考えたドレスか。彼女の可憐さが出ている良いドレスではないか。
一目見て惹かれた。自分は24歳で彼女は14歳。10歳離れているが知ったことではない。彼女が良い。いや、彼女でないとだめだ。
そうして、アルドロワ伯爵令嬢に近づいた。
「エリーズ・アルドロワ伯爵令嬢。私の手を取ってください。」
そう渾身の笑顔で言った。完璧だ。今の俺、すごく王子っぽい。
そして、彼女を見た。唇を手で押さえている。可愛いな…恥ずかしがっているのか?とうぬぼれそうになって気付いた。
目が、得体の知れないものを見たような拒絶を感じるものだった。
俺ははっきり言ってモテる。肩書きもあり、顔も良いし体も鍛えている。
今までは俺が話かけると、レディーはみんな決まってぽーっとした表情を見せてくれていた。
しかし、彼女は違った。嫌だと目が拒絶していた。何故だ?
兄たちから何か聞いているのだろうか?
その後、俺の手を取ってくれてほっとしたのもつかの間。俺を見ていないことに気付いた。俺を見ないで踊るつもりか。
きっちり俺を無視して踊り切った彼女は礼をして手を離そうとした。しかし、離してやらない。
ぐっと力を入れると、驚いた表情で見上げてきた。
まさか離されないなど思わなかったのだろう。
俺は俄然やる気になった。俺を見ないこのレディーが俺を見るようになったら…そう考えるだけでワクワクした。
一気に世界に色が付く。退屈なんて感じている暇はない。
彼女の意識を俺に向けさせてやる。
彼女は俺の顔を見て、社交辞令とわかる笑顔を残していった。
甘いな。唇が引きつっていたぞ。
必死に後ろを振り向かずに歩く彼女を目線で追って、広間を出るまで観察した。
アルドロワ伯爵は素晴らしい子供たちを作ってくれた。
にやりとした顔は心に隠し、俺は新たな目標に向かって進みだした。