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次の鐘が鳴るまで  作者: パルパル


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第40話 鐘が鳴る前に

『次の鐘まで、残り五分』


 端末の数字が、ゆっくりと減っていく。


 直人は円形装置の前で、表示された警告を見つめていた。


『独立記録を維持できない場合、第二記録者を消去します』


 第二記録者は、美咲。


 彼女の記録が消えれば、少女との約束も、過去に起きた出来事も、再び失われてしまうかもしれない。


「じいちゃん、消去処理を止める方法はないのか?」


 祖父は端末を操作していたが、表情は険しかった。


「通常の停止命令は受け付けない。第四段階そのものが、記録を再構築しようとしているんだ」


「再構築って、誰のために?」


「おそらく、管理する側にとって都合のいい形にするためだ」


 直人は拳を握りしめた。


 誰が都合を決めるのか。


 誰が残す記録を選び、誰を消すのか。


 そんな権利を、誰か一人が持っていいはずがない。


「……だったら、俺たちで別の記録を残す」


「直人?」


「消されるのを待つんじゃない。美咲さんも、この子も、俺も、それぞれがここにいたって証拠を残すんだ」


 直人は二人を見た。


「俺たちの記録を、誰かの都合で一つにまとめさせない」


 美咲は静かに頷いた。


「私も、もう逃げません」


 少女も、二人の手を握った。


「私も……忘れたくない」


 直人は円形装置に手を置いた。


 白い光が掌から広がる。


 しかし、今度はすぐに警告音が鳴った。


『記録干渉を検知』


『独立記録、維持率低下』


「くそっ……!」


 光が揺らいでいる。


 直人一人の力では、記録を維持できないのかもしれない。


 そのとき、美咲が直人の隣に立った。


「私にも、触れさせてください」


「でも、危険です!」


「わかっています。それでも、私が守ろうとした記録なら、私も一緒に守りたいんです」


 美咲は装置に手を置いた。


 彼女の掌に浮かんでいた黒い文字が、白い光に包まれる。


 続いて、少女もそっと手を重ねた。


「私も、ここにいるよ」


 その瞬間、三人の間に細い光の線が生まれた。


 直人から美咲へ。


 美咲から少女へ。


 そして、少女から直人へ。


 それぞれの線は、同じ形にはならなかった。


 けれど、途切れることなくつながっていた。


『独立記録、維持率上昇』


『記録者間の接続を確認』


 端末の警告が、一つずつ消えていく。


 祖父が息を呑んだ。


「三人の記録が……互いを支えている」


「一つにしなくても、つながれるんだ」


 直人は光を見つめた。


 そのとき、装置の画面に新たな文章が浮かび上がった。


『第四段階、処理を一時保留』


 美咲の掌から、黒い文字が薄れていく。


 彼女は目を閉じ、長い息を吐いた。


「……止まったんですね」


「一時的に、です」


 直人は答えた。


「まだ、終わっていません」


 端末に、次の表示が現れた。


『鐘の発生を停止するには、最初の記録者の承認が必要です』


 直人は画面を見つめた。


「最初の記録者……母さんのことか?」


 祖父は頷いた。


「お前の母親が最初の鐘を鳴らした。その記録が、今もこの仕組みの起点になっているのだろう」


「じゃあ、母さんを見つければ……」


「鐘を止められるかもしれない。だが、母親の承認が得られなければ、別の方法を探す必要がある」


 直人は唇を噛んだ。


 母を見つけたい。


 少女の名前を取り戻したい。


 美咲を消させたくない。


 そして、毎日誰かが暴力に走り、翌日にはその記憶に苦しむ世界を終わらせたい。


 すべてを一度に叶える方法は、まだ見つかっていない。


 そのとき。


 ゴーン――。


 低い鐘の音が、施設全体に響き渡った。


 直人たちは一斉に顔を上げた。


 端末の数字が消える。


『次の鐘、発生を確認』


 世界に、また鐘が鳴った。


 直人の掌が熱を帯びる。


 美咲が苦しそうに胸元を押さえた。


「……また、何かが始まる」


 少女は耳を塞いだ。


 その目に、恐怖が浮かんでいる。


 直人は二人の前に立った。


「大丈夫です。今度は、三人で覚えています」


 だが、端末に新しい警告が表示された。


『第四段階、再起動』


『対象者、朝霧直人』


『記録状態、変化』


「……俺?」


 直人は自分の掌を見つめた。


 白い光の奥に、今まで見たことのない文字が浮かび上がっている。


『第一記録者、権限更新』


 その下に、もう一行。


『過去の記録を一部解放します』


 直後、視界が真っ白になった。


 幼い自分。


 泣いている少女。


 そして、母親の手を握りながら、何かを叫んでいる美咲。


 最後に、母の声が聞こえた。


『直人。あなたが思い出したとき、私はもう――』


 そこで記憶が途切れた。


「母さん!」


 直人は声を上げた。


 しかし、目の前には誰もいなかった。


 端末が再び点灯する。


『記録の一部復元、完了』


『次の課題――朝霧紗月の所在を特定せよ』


 直人は息を整えながら、画面を見つめた。


 鐘は鳴った。


 第四段階も終わっていない。


 それでも、記録は少しだけ変わった。


 誰か一人を消さなくても、つながりを残せる可能性がある。


 直人は美咲と少女を振り返った。


「行こう。母さんを探すんだ」


 二人は頷いた。


 祖父もまた、静かに立ち上がった。


 そのとき、施設の外から、何かが倒れるような大きな音が響いた。


 続いて、誰かの叫び声。


 鐘の影響を受けた人々が、動き始めている。


 直人は扉の向こうを見つめた。


 母を探すためには、この施設を出なければならない。


 そして、鐘が鳴った世界では、誰が敵になるのかさえわからない。


「……今度こそ、誰も置いていかない」


 直人たちは、警報の鳴り響く施設を後にした。


 鐘の余韻が消えていく。


 その音の向こうで、新たな危機が待っていた。

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