過去の戦禍・次国での約束と闘い1
「このまま順調にいけば次の国だね」
「何事もなく次の国に着けば良いんだけど…」
彼女が小さく溜め息をつく。何となくだが、嫌な予感がしたらしい。
だが、何事無く次の国に入ることができた。そこには戦の気配もなく、のんびりした空気が漂っていた。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。そんな笑顔、僕は久しぶりに見た気がする。
「嬉しそうじゃないか。戦の気配を感じないから?」
「そうだよ。私は戦が嫌いだもの。のんびりした空気が漂っているところが好きに決まってるじゃない」
そうか、と僕は一言呟く。戦を止めるために作られた僕たちは、そう思わなきゃ少し不思議でもある。戦がすべてを物語るが、その為に命を失った者や僕らを作り上げた『父』も、戦で命を失った。
「君は、こんな雰囲気が好きじゃない?戦火を潜り抜けて生きるのも必死な国なんかよりよっぽどいいと思うわ。小さな町でも、小さな村でも、少しでも被害は少なくしたいの。だからこうやって私たちは旅に出てる。
…たとえ歓迎されなくたって構わない。私は人々に好かれたいわけじゃないし、歓迎されたいわけじゃない。
少なくとも、ここに爆弾や丸薬が飛んでくることは無くしたい。それだけ」
彼女は、『父』に対して何も言わない。もしかすると、それ自体記憶も薄れてしまったのだろうか。
「……ねぇ、あのさ」
僕は口を開いた。少し、戸惑うところもあったから。
「…なに?」
「君は、何も覚えていないのか?僕らの大事な『父』が戦で死んだことも、生まれた場所も消えたことさえ」
僕も、あの時は理解できなかった。大事な場所が、大事な人間が消えることも、僕たちからしたら他人事でもあったのだ。関係性などないと、決め込んでいた僕たちは、戦火に巻き込まれて『父』を失った。
彼女はあの時、炎に焼かれ消え逝く『父』を見て、ショックで涙を流して倒れてしまったはずだった。僕はあの後、彼女を抱えて森まで下りてから森の中で隠れ住んでいた。それを見つけた役人が国王の側近である…僕が操られていたあの人間に報告し、彼女を連れ去られてしまった。そこから、僕の奪還計画は始まっていたのだ。操られたふりをしておかないと、彼女がいつ殺されてしまうか、わからなかったからだった。
「……覚えていないはずないわ。私はあなたと、『父』と、戦火に巻き込まれてから、『父』は死んだ。あなたに抱えられて、最初に目を覚ましてみたものは、森と、あなたの寂しげな表情だった。
父が死んだ、とあなたは一言言ったけど、私は分かっていたわ。確かにショックで気を失ってはいたけど、それくらいで記憶は飛ばないものよ。私とあなたは人間じゃない。そう簡単に忘れられない。
それがいつまでも付き纏うのよ。忘れられないという、足枷を」
彼女はずっと強かった。僕が想像するより、僕がいなくたって、一人でも生きられそうなくらい。
「…覚えていたんだね。それはそれでよかった。忘れてしまっていたのなら、少し困る。また説明しなおすのは大変だ」
それが重要なのかしら、と彼女は口を開いた。
「もちろん大事な一つだ。でも、忘れることも大事なのかもしれない。だって、忘れてしまえば、後悔もない。人間は気が楽だ。
一回でも過ちを犯したって、また忘れれば繰り返す。能天気といえばそう言えているが、一言で言えば馬鹿だともいう」
「少し、考えたのだけど、そうやって忘れるっていうのは、どうしてそうなのかしら。どうして忘れられるのかしら。時が解決するのかしら。
それだけじゃ人間は永遠に進歩がないわ。それでいいなんて事はないはずよ。これからの道は、退化しかないことになるもの」
確かにそうだ、ともいえる。僕らは退化もしなければ進化もしない。生物は退化もするし進化もする。それならば人間にはもう少し進化してほしいものだ。
戦を巻き起こすのはいつだって人間だ。生物はただ巻き込まれるだけに過ぎない。生物同士は喧嘩をする。でも国同士といったり、スケールの大きなものではない。
いつだって、人間は自己中心的だった。自分の利益があることしかせず、目先に宝があると分かれば今まで戦ってきた同志も捨てる。それが僕や彼女には有り得なかった。
僕と彼女は二人しかいないが、喧嘩もしないし、不利益なことはしない。互いに利益がないことを分かっているから。
「…こんな暗い話をしていても仕方がない。そろそろ夜がやってくる。宿を探さないとね」
着いたときはまだ昼間だったような気もするが、今はもう夕焼け。光が僕らに差し込んでいた。結構眩しいものだ、と僕は思う。
太陽はあんなにもエネルギーにあふれているのか。強大な力だ、と思った。
「近くの家で聞いてみましょう。宿屋があるか」
「そうだね」
近くの家を訪ねると、恰幅のいいおばさんと、優しそうなおじさんがいた。
「この近くに、宿屋ってありますか」
僕がそう聞くと、
「旅の人なんて珍しいねぇ。こんなに外じゃ戦争ばかりなのにさ。ここが宿屋だよ、少し寂れちゃいるが、ちゃんと機能してるよ」
「珍しいなぁ、確かに。だが見たところお主さんたちは兵士でもなければ、役人でもなさそうだ。金はとらねぇ、いる時までゆっくりしてってくれ。それと、外の話を少しでいい、聞かせてくれよ。
俺たちはここから外に出たことって滅多にねぇ。外じゃドンパチやってるわけだし、出ても良いことはねぇからなぁ」
おじさんの言うことはもっともだった。怪我をしたくなければこの町を出なければいい。標的にもされない山間部に存在するこの小さな町は、今のところ戦争の標的になることもなさそうだった。
「いいんですか?」
彼女が控えめに問いた。
「いいんだよ、ゆっくりしてってくれ!部屋はあるんだ、最近、滅多にお客もこねぇんだ。皆戦で出払っちまってる」
「そうだねぇ…早く戦が終わってほしいよ。あたしたちはただ巻き込まれてるだけなんだからさ…」
おばさんが発した一言。これだけでも、僕たちには希望に思えた。
「おばさん、今なんて?」
「えっ、早く戦が終わってほしいってことさ。そうじゃなきゃあたしたちはゆっくり茶を飲むことすらできないんだ。あたしたちの息子が…
戦で歩兵をしているんだよ。息子が死んだら、あたしたちはもうどうしたらいいのか…」




