戦の二人
「行かないでくれ」
「その扉の先に」
「そこに行ってしまったら」
「君は僕のそばからいなくなってしまう」
―――――ごめんね―――――
小さく、謝罪の声が聞こえた。寂しく、悲しげに沈んだ声が―――。
どうして、いなくなってしまった。
どうして、僕を見捨てたんだ。どうして、君はいつも一人で行ってしまうんだ。
君の肩を掴めた。今回だけは。絶対、離してはならないって思った。君の肩は、僕の腕に収まってしまうほど細かった。衰弱していたんだ。
いつも、僕よりも人一倍力を使って、人一倍人を助けて、戦を止めようとがんばっていたのに。
君のがんばりも努力も、人間は認めてくれなかった。ふざけるな、と僕は激高した。お前らのために、戦を止めてやったのに。戦を人間が起こすくせに、収拾をつける事すら出来ないくせに。
それなのに、どうして人間が戦を否定する?どうして人間が僕らを敵とみなす?僕は全てに理解できなかった。だから破壊した。
町も、家も、教会も、ギルドも、人間も。すべてが僕には敵に見えた。僕はだから敵国の戦闘機が飛んできたって、止めもしなかった。
本当は、戦闘機を破壊するのも、僕らの仕事だった。僕らは普通の人間が行えない事だって任された。
僕の姿は、人でもあったけど、同時にそうじゃなかった。獣の姿にだってなれた。普段は、動物たちの長を務める獣になっていた。
でも、それが国のお偉い人にばれた。それで、ある人を、大事な人を人質に取られた僕は、良いように使われていた。
その後、何日かたった後。その国が戦で負けて敗戦国になった。偉い人たちは戦で巻き込まれて生きてはいられなかったようだった。
僕はこれがチャンスだと思った。国の地下にある、牢屋。その中に彼女は捕らえられていた。
僕と同じ、銀色の髪。僕と反対の、赤い瞳。顔は食べ物を食べていないからか、こけていたが、まるで宝石のような輝きを持っていた。
細い肩も、衰弱していたのも、今も前も変わらない。でもそうやって作られたのが、彼女だった。
この国を、この世界を、簡単に破壊するくらいの力を持っているのに、彼女自体の防御は非常に薄い。彼女が消えてしまったら、もうこの世界に平穏は訪れない。
それは必ずといって良いほど決まっていることなのだ。この世界に平穏を訪れさせるには、僕と、彼女が協力していかなくては。
ただの人間などひ弱過ぎて話にならないのだ。休憩を、水分を必要とする人間より、僕らのほうが効率はいい。
「…立って、行こう。この国はもう墜ちた。もうすぐ敵国の兵士がやってくる。そうしたら逃げられなくなるから、今のうちだ。早く」
彼女を立たせると、ワンピース一枚に、ニーハイ、それにブーツ。それしか身に着けているものはなかった。
「…武器は?あの時の」
「…あるよ。ちゃんと。私のこれに…」
彼女が、着ているワンピースを少し捲った。僕は慌てて視線をそらす。
「…ここから、現れるから」
捲ったワンピースの中から、彼女の身体と同じくらいの等身がある槍と、僕の首くらいは軽く吹き飛びそうな鋭利な鎌。彼女のワンピースと似たような柄。
彼女の力として、槍と鎌が出てくるのだろう。
「…聖槍、鋭鎌…それが、狙われたのか」
「…恐らく、そう。この二つは私の力…私の手元に無ければ力を発揮することもなく、ただの鉄の塊。私の力と同調し…力を振るう」
僕は彼女と生み出されてからずっと一緒にいたが、力に関しては何も聞くことはなかった。人よりも強いことだけは、理解できていたから。
「…その対は、二つでないとならないんだろう?」
「もちろん。この二つであるから真の力を発揮できる。二つであるから互いを高めることができるの」
彼女の力は、二つの武器を使い分けて、敵を全て討つ事。槍でも、鎌でも、彼女の力は半減されることがない。人間の力にはもちろん限度がある。槍を使えば鎌は使えない、という概念も彼女は無くしたのだった。
「さぁ、もうここを出て、違う国へ行こう。戦火が切り抜けられる保証は必ずではないけどもね。
僕たちは普通の人間とは違う。それだけは確実に理解できる。そうじゃなければ戦闘機を破壊しろだなんて、そんな無茶苦茶なことは頼まれないからね」
戦闘機の破壊、地雷の撤去、爆弾の解体、戦士たちの回復…全てを任された僕たちは、国を見捨てるのは簡単だった。全てをしなければいいのだから。彼女が手元にいるのなら、僕はもう怖いものなどない。
二人でいないと、僕はどうも不安になるのだ。確かに互いに人間ではない。それ故に、二人でいないと気がおかしくなりそうなのだ。居て当たり前の存在なのだから。
「…この国に思い入れがあるわけじゃないからね。僕からしたら良い思いはしていないし」
「…私たちを苦しめた国。私たちは別に、好きで戦闘機を破壊したいんじゃない。戦闘機にだって人は乗っているもの。絶対に戦闘機に乗る人間にだって恐れの心はあるわ。それを火球で撃ち落とすのは…私の心ではもたないとしか思えない。
いつしか私もおかしくなってしまうんだろうって、少し恐れがあるの。人間ではないのに、恐れが生まれるのだから、それ以上に人間は恐れるに決まっているわ…。
戦闘機を爆撃することも、地雷の撤去だって、爆弾の解体だって…私からしたら、全てが怖いの。
地雷だって、失敗したら私たちの身体を粉々にするだろうし、爆弾だって火薬がたくさん詰められていて、私たちを殺すことくらい簡単なはず。
人間でないからって、私はどうしてこんなことをしなきゃならないんだろうって、思うの。
だから、戦争を止めたい。戦争を…ただの一つの国を守りたいんじゃないの。一つの国を守るんじゃなくて、全ての国を救いたい。
私は、あなたは、一つの国を戦勝国にしたいわけじゃない。皆が傷つかなければいい。戦を止める。それが一番の目的だから」
彼女の、長い…けれども、心の叫びを僕は聞いた。この願いは、僕も同じだ。彼女と一緒に、戦を止めよう。
もう僕たちは利用されたくはない。でも僕は人間が嫌いだが、傷ついてほしいわけじゃなかった。あの時は怒りに身を任せていたから、ただ人間を傷つけてしまったかもしれない。けれども、僕は戦をなくしたい。
僕を作り上げてくれた人工的なものも、自然も、動物も、人間も。互いを考えればいい。考えないから戦が起きる。
同じ種族同士、傷つけあうのは人間だけだ。狼は動物界では一位、二位を争うチームワークを誇る。象は子を守るためならたくさんの数で敵を追い払うことだってする。キリンだって、時にはライオンなどの肉食獣にだって、立ち向かう強さがある。
それは恐らく、互いを認め合って、信頼し合っているから、チームワークを発揮する。強さを発揮する。
でも、人間はどうだろうか。たくさん考えすぎる心もどうかと思う。理性というものが存在するからこそ、人間は人間でいられるだろうがいがみ合っていては力を発揮するどころかどんな弱い動物たちにだって負けるだろう。
人間たちは、戦をやめるべきだ。神を巻き添えにし、冒涜し、汚しているのは紛れもない自分だとしたら、神を信仰する人間はどうなるだろう。
神を信仰していなくとも、戦をすることにより、消えるたくさんのものがある。自分だって、彼女がいなくなることがある。
人間たちには「家族」という者がいると言う。そう考えると、自分だって死にたくはないはずだ。戦なんてしたくない、早く家族の元へ帰りたいと願うだろう。
それでも、戦をするのは、国の上層部が腐っていることが多い。民に罪はないはずだ。まぁ、血の気が多ければ話も別だが。
「…そうだね、僕らで戦を止めるべきだ。人間たちは話にならない。今の状態の人間たちに何を言ったって、恐らく聞く耳さえ持たないだろう。
だからそんなことを言わずにただ、上層部を叩けばいい」
「…けれど、上層部を叩いたところで、何か解決するのかしら。私は解決しないと思うわ。どうせなら、その国の人たちと団結しなきゃ。
だから、戦を嫌う人たちを集めて、力を合わせて国を変えていけばいい。そうしたら戦も自然と止まるわ。…冷戦にしてはいけないわ。その関係は冷え切っていけば冷え切るほど、恐らく爆発した時が恐ろしいの。だから、冷戦にもせず、協定を結ばせるべきよ。
今の私たちにだってそんな力があってもおかしくないわ。これは過信じゃない。私たちはすぐ死んだりしないし、寿命は推定でも後一万年…それ以上ね。だから、そう簡単に死ぬこともなければ、傷つくこともない。心の問題だけね」
戦が嫌いな人間…もちろん戦に出ていても嫌いな人はいるだろうし、兵士の父を持つ子や、その母親。待つ側の人たちは戦なんて無くなって欲しいって思うはず。
僕らは、そんな人間たちを探すために、新たな国へ旅立つ一歩を踏み出した。少し崩れた一本道を、ただ歩いていく。




