35 海底へ(光る海 外縁部)
■システィーナの視点
ああ明るい……。
何て明るい海なの……?
おそらく海上から一万メートル以上は深いところにいるはずなんだけれど……私たちの周りは、まるで海の上にいるかのような明るさに包まれているの。そこは青い空が存在しないだけで、昼の南国のような明るさ……ファロース諸島の漁村にいるような、そんな明るさだ。
何て……何て明るい海なんだろう……。今までの暗い、そして昏い海が嘘のよう……いったい何だったの?
私たちは今、左側の断崖の傍を歩いているんだけれど……信じられないことに、数キロ先の逆側の断崖が見えるの……。人魚の遠浅の海でさえ百メートル先しか見えなかったのに……。微妙に霞んでいるんだけれど、高い、高い、とにかく高い断崖が、白く霞むはるか天上まで続いている……。本当に高い……天高くそびえたっている……。何て高さなの……。故郷のリートシュタイン山系の渓谷など、比較にならない高さだ……。
そして向こう側の断崖までは、美しい、とても美しい白い砂底が延々と続いているの。広い広い、平原のような……白い光に包まれた白い砂底の平原……なだらかな白い世界……。その白い世界には、ところどころに沈没船が深く鎮座し、魚たちの格好の住処になっている……。白い平原を見渡せば鯨のような大きな魚が何頭も何頭も砂底に口をこすりつけて何かを食べていたり、鰯のような小さな魚がたくさんたくさん集まって巨大なオーブのように浮かんでいたり、美しい水色の大きな海蛇が長い長い体を優雅にくねらせて空を飛ぶように泳いでいたり、私の背よりも高いヤドカリが砂の上をノソノソと歩いていたり……。
はるか先に霞む断崖まで……。
断崖のはるか天高くまで……。
ここは海の楽園……海の楽園だ……。
平和で、明るくて、穏やかな美しい海……これが光る海……?
「何て……不思議な海なの……? ここは……深海よね……?」
「ああ……深海……だよな」
横倒しになって大地に埋もれている沈没船の横を通ったら……はわぁ、貴婦人のような優美な銀色の体をくねらせた竜宮の使いが、私たちを恐れることなく近づいてきて、美しい姿を見せびらかすように周りを回りはじめたの……何て……何て美しいの……? 白い光を反射して、キラキラと輝いているわ……。
「コックリ、いったい何が光っているのかしら? 海の水が光っているのかしら?」
「う~ん、分からん……その可能性もあるし、別の可能性もある……ただ……」
「ただ……?」
「ここはまだ『 光る海の中心 』ではない、ということだけは確かだ」
コックリはそういうと、視線を前へと向けた。
彼の視線の先、はるか前方、その中空……。そこには太陽が存在しているかのように光の中心となる核がある……。その核は、周りの海よりもはるかに光り輝き、この平和な海の創造主にふさわしく、神々しく存在している。
「光る海の中心……いったい何があるのかしら……?」
「ああ、整理したことをおさらいしてみよう」
■光る海のまとめ
謎:
①何があるのか?
②今、何が起きているのか?
③なぜ聖霊の啓示がないのか?
場 所:
アラルフィから三百キロ南
人魚の国から二百五十キロ南
時 期:
分かっているだけで二百年前から光りはじめる。
(もっと前からの可能性も。)
発光時間:
一日中、昼夜問わず
海の状況:
①二百年前 : 穏やかな海
②現 在 : 三つの危険性
②-1 天候
②-2 潮流
②-3 魔物
③海溝がある。
③-1 海溝の底から光
③-2 柔らかな太陽のような光
特記事項:
①神殿騎士アヴァン・ヘルシングが光る海へ行った
②戻ったあと、神殿騎士のタブーとした
③妖精がいる神殿騎士ならばタブーとしない
④アヴァンは法王庁へ報告していない
⑤光る海の創造主は魔物を凍らせる力がある?
⑥同様に海流を操れる?
「神殿騎士アヴァンは何を見たのかしら……?」
「ああ何だろうな? しかしそれも、あと少しではっきりする……!」
「はあ……何だかドキドキしてきたわ……」
「ふふ、俺もだ。ああ~楽しみでしょうがない」
うふふ、両肩をグルグル回してウキウキしたコックリは、子供っぽくてやっぱり可愛い……。子供のような幼い笑顔で、ああ鼻歌まで聞こえてくる……。でもちょっと気が緩みすぎかしら?
まばゆい光へ向かって、私たちは歩を進める。
まばゆい、白い光だ。
白い光は海溝の中空から降り注いでくる……本当に太陽があるのかしら? その光の元からは何本もの光の筋が海底を、断崖を、魚たちを、私たちを射して輝かせている。
まばゆいけれど、優しい、優しい光……温かい、太陽のような光……。
「はあ、何て……何て光なの……?」
「ああ……まさか……まばゆすぎて先が見えないなんてな……」
そうなの、光る海に近づいていけば、その正体が見えてくる……。
そう思ったのだけれど……。
前方が白い光に包まれて……まるで白い光の壁があるようで先に何があるか何も見えないの……。
「温かい……日向ぼっこしているみたい……」
暗い深海も、海溝も、とっても寒かった。でもここは、なんだかとっても温かいの。温泉とまではいかないけれど、来ているコートを脱いだ。
私たちは、もうかれこれ二時間以上歩いているのだけれど、一向に中心地に到達する気配がない。
二時間以上、不安定な砂の上を歩いていているので普通に歩くよりも何倍も筋肉を使って……ああ太ももが……。でも粒の小さい砂の中に足がめり込む時、キュッキュッと可愛い音が鳴っているのが聞こえてくると、ちょっとだけ楽しく、もうちょっと頑張ろうという気持ちになる。うふふ、コックリが歩くともっと大きな音が鳴る。足も大きいし、太いし、力強いもんね。
「楽しそうだな、システィーナ」 とディートリッヒ。
「うん、うふふ。ねえディートリッヒ、きっとこの海溝の底を歩いた森妖精は歴史上で私が初めてで、海妖精ではあなたが初めてよね……」
「ああ、そうだな!」
ふふ、歴史に名を刻んだかしら……まあ、語られるか分からない歴史だけれど……一年前の私からは、本当に考えられないことだわ。
彼と出逢って一年……自分の目で見て、聞いて、触れて、感じたことは……決して忘れない……忘れることのできない、大切な記憶……。良いことも悪いことも、すべて……大切な想い出……。彼とともに生きたこの一年は私の四百年生きた人生の中で一番輝いている……。この光る海のように……。
「おお~、輝いてまぶしいなあ」
「ふふふ」
タイミングよくまぶしがるコックリ……ふふふ明るい栗色の髪が白い光で輝いている。大きな体が……堂々たる体躯の彼が光に当たって、輝いている。
でも私には貴方の存在こそが輝いて見える……。
前方がまぶしくてコックリも私もディートリッヒも目を細めて、手で顔を隠す。ちょうど太陽がまぶしくて腕や手のひらで影を作るような感じで前を隠す。ああ、また沈没船が前方にあって、やんわりと光をさえぎってくれる。これはサルベージ船だ……。
「この光量なら、確かに海上まで届きそうだ……いやもしかしたら、海溝の崖で遮られて行き場を失った光が上へ上へと昇って行っているのかな……」
「そうかもしれないわね。コックリ、またサーバントを出しましょうか?」
「ああ、頼む」
私はノーム・サーバントの精霊魔法を唱えると、ずんぐりむっくりした人型のサーバントが姿を現した。でも私たちを影で包み隠すまで大きくないなと思ったら、ディートリッヒもサーバントの精霊魔法を唱えて……そのサーバントが私のサーバントの上に乗っかったので、三メートルほどある巨大な人型になった。
「おお~いいね! サーバントの影の中を進もう」
私たちは一列に並んで歩いていく。巨大サーバントが前方からの光をさえぎって、光と影の線が後光のように私たちに降り注ぐ。
こんなに明るいのに周りには結構な魚たちがいて、沈没船を遊び場に泳いでいる。
「シス、ディー。光を直接見ると目がおかしくなるから、伏し目がちにな。周囲の変化には俺が感知するから」
「「分かった!」」
目を細めて……。
伏し目がちになって……。
手でまぶたを作って……。
サーバントが作った影の中を進む……。
温かい……温かい水の中を進む……。
とその時!
突然サーバントの影が消えた!
突然周りが明るくなった!
「うおおっ!」
「ええ!? 何、何!? 何で突然明るくなったの!?」
「どうした、龍よ!?」
「サ、サーバントが消えた!」
「ええ!?」
まばゆい光の中で目を細めながら前を見ると、そこにはサーバントの姿がなかった! ええ!?
「何かに消されたのか!?」
「ううん! まだサーバントがいる気配があるわ!」
私はサーバントに後退するよう思念を送ると、白い光の壁の中から、巨大なサーバントが姿を現した。サーバントの黒い、ただただ黒い影が私たちを包む! 今までで一番黒い影だ! 相当な光源が前にある!
「そうか! ここにはあのブラックライトの谷にかかっていた黒い液体の層とは真逆の、白い光の層があるんだ!」
「じゃあ! じゃあこの先が!?」
「ああ! 光る海の中心だ!」
私たちは三人で向かい合うとハイタッチした!
ついに!
ついに、到着した!
「よし! 行くぞ!」
「ええ!」「行こう!」
私たちはサーバントとともに、光の壁の中へと入っていった!
中心地に到達する予定が外縁部分で終わってしまいました




