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30 海底へ(海溝前)

 ■システィーナの視点



 シンシンと雪が降り注ぐ広大な暗闇の海床。そこはただただ寒く寂しい、無音の世界……。



 私たち三人の目の前に現れたそれは、大地を引き裂いたような巨大な爪痕。それは黒い、ただただ黒い奈落とも呼べる、ただただ深い世界の深淵たる裂け目だ。



「コックリ……ここが目的の海溝かしら……?」

「ああ、踏破してきた距離的にはその可能性が高い」

「だが龍よ、我らは光る海を目指していたはずだが、ここは光っていない。この海溝は違うのではないか?」

「ああ、その可能性もある」

「ええ? どっちなの?」

「つまり可能性は二つ。①目的の海溝ではない、②目的の海溝だが大きく西にずれている、ということだ」

「②はどういうこと? なんで西?」

「俺たちは南を目指して進んではいたが、実際には大陸斜面や不気味なブラックライトの谷など、急峻な斜面では『 真っ直ぐに降りず斜め下方向に降りた 』のは覚えているよね」

「ああそうよね」

「そう、俺たちは急峻な斜面では基本的に『 西向き 』に降りて行ったんだ。様々な斜面斜面で西に降りたり東に降りたりすると、目的の光る海から外れたときどっちに向かえばいいか分からなくなるからね」

「なるほど」

「ふ、確かに一理はあるがな。システィーナよ、ごまかされるな」

「え?」

「龍が斜面を西向きに降りたのは、システィーナ 貴女のためだろう」

「え? 私……? 私のため?」 私はキョトンとしてコックリとディートリッヒを交互に見た。「どういうこと?」

「龍は右利きで右手に剣を持つ。だから馬に乗った時、貴女を右に置いた方が守りやすいのだ。大切な貴女を右に置いた状態で斜面を降りるなら、西に、右方向に降りていけば、貴女は常に山側で降りれる。山側で降りれば落馬しても谷側に私がいるし、何より私が谷底を隠す形になり、谷底への恐怖を感じないですむからな」

「そ、そうだったの!?」



 私がはじかれたようにコックリを見ると、彼は恥ずかしそうに視線を外した。ああ、そうなんだ! ホントなんだ! やはぁ~うれしい! うれしいよぅコックリ! なんで言ってくれなかったの!? 胸の奥から嬉しさがこみあげて……わぁ~、嬉しくて心が……体が温かくなる! ああ〜、コックリありがとう! そしてディートリッヒ、ずっと谷側を進ませてしまってごめんなさい!



「龍よ。なぜ本人に気づかせない心遣いをたくさんおこなっているのに、ダメなところやふざけたところばかり見せるのだ? 惚れた娘への心遣いを本人に気づかれるのが嫌か?」

「う、うるせぃやい!」とコックリは赤くなって……か、可愛い! 「と、とりあえずはしばらくこの海溝沿いに東へ向かってみて、それでも光が見えてこなかった場合、別の海溝だと判断しよう」

「うふふ、分かったわ、うふふ」

「ふ、了解した」



 予期せぬことを聞いて嬉しくなった私は、ニコニコしながらコックリを見つめた。当のコックリは秘めていた心をディートリッヒに暴露されたためか「どっちが無神経だよ」とブツブツ言いながら、やおらシュヴァイツァーソードを引き抜いた。そして聖剣技『波斬の太刀』により、大地に大きな切込みを作った。ああ! 目印ね。いったん東へ進むけれど、間違ったらここまで戻ってこようということね。まるでスタートラインのように、海溝と垂直に深く長く切込みが入っている。これなら戻ってきても見逃すことはないわね。



「では東へ向け、出発!」

「「おお!」」



 私たちは海溝を右手に見ながら、移動を開始する。十メートル前にサーバントを先導させて、そこに明るい光を集めて……ごめんねサーバント、独りぼっちにさせてしまって。新月のような暗い、暗い夜のとばりに、ひとりポツンと照らされるサーバントは……世界で独りぼっちのような……悲しい情景を想い描かせる。深海魚たちはさびしいからこそ光を発して仲間を呼び寄せようとしているのかしら?



 ああでもまた光に包まれたサーバントの元へ、大型の深海魚たちがやって来る。口からヒゲを生やした三メートルくらいある魚や、丸い大きな目が十個くらいついている五メートルくらいあるエイのような平たい魚、うわあ二メートル級のカッチュウムシまで…………。

 ただの魚なのに大きい……大きいよ……。クラーケンなどの魔物が大きくなるなら分かるけれど、一般的な生物まで大きくなっている?



「凄い……今までの海底よりも、魚が大きい……」

「ああ、光る海は……独自の世界ができているのかもな……」



 なるほどね。たぶん光る海を中心に、その近海であるここまで、独自の一つの世界ができているのかもしれない。この海溝の先に、光を放つ何かが……この海域を他の世界と隔てる何かがあって、生物を大きくしている……。



 サーバントの横に視線を向ければ、光の届くギリギリのところに切り立つ崖が見え、黒い、ただただ黒い口をポッカリと開けている。暗闇の海溝からは、冷たい海流が緩やかに上がってきているようで、なんだかちょっと寒くなってきた。



 ん?



 海流が緩やかに上がって……? 私はふと気がついたことを質問してみた。



「ねえコックリ……」

「ん?」

「沈没船って、海流に乗ってアラルフィや人魚の国にやってきたのよね?」

「ああ、そうだろうな」

「でも、私たちが進み始めてたぶん丸一日になるだろうけれど……強い海流に流されそうになったってこと、一度もなかったよね」

「ああ、俺も不可解に感じていた」



 そうなのよ。あれだけ大きなサルベージ船が動いたということは、相当強い海流が発生したはず……。海底に鎮座していたものを動かしたんだもの……その時、相当な海流が発生したはず……。



 でも、今は?

 今は?



 いったい、どうしてだろう?

 ここに至るまで、まるで凪ぐような穏やかな流れしか体感していない……。海流とは極端に強く発生したり逆に凪いだり……そんなに恣意的なものなのだろうか?



「つまり……光る海に存在する何かは、海流を自在に操れる……ということなんじゃないか?」

「「海流を自在に操れる!?」」



 私とディートリッヒは同時に問い返していた。ええ!? いったいどういうこと!?



「何らかの理由で流れを起こし……あるいは何らかの理由で巨大オウムガイを氷漬けにした……さらには海域の生命たちを巨大化させる……そんな常識はずれのことができる何かが光る海を作り出しているのかもしれない」

「そ……そんなものが……光る海に……?」 私は改めて身震いした。「わ、私たち……大丈夫かしら?」

「アヴァン殿が何を見たのか……なぜタブーにしたのか……何があるんだろう?」


 その時だった。


 ゴボロボボボボッ!


 どこからともなく! 何かが泳いでくる音がして! 何!? 凄い大きな音! ああ、大きな深海魚たちが何匹も何匹も、前から押し寄せてくる!


「な、何だ!?」


 五メートル級の巨大魚が! 口にトゲのような牙が生えた巨大魚が! 襲いかかってきた!? と思ったら、違う! 水馬の間をすり抜けて私たちの後方の闇に消えていく!


「ふおおっ! なんだこの魚の群れは!?」


 ひやぁ! 何十匹とも分からない凄い多くの巨大魚たちが押し寄せてくる! ドンドン光の範囲に入っては、一目散に通過していく! 逃げている!? 何かから逃げている!? わああ、何十匹も勢いよく泳いでくるから流れで体が持っていかれそう! 私は水馬にしがみついた!


「な、何!?」


 ゴボボボボボボッ! 巨大魚たちとは異なる巨大な何かが! やって来る!? ブラックライトの谷みたい! ええ!? またこのパターン!?


「気を付けろ! 何か来るぞ!」

「わ、分かってる!」


 ゴボボボボボボッ!


 どんどん近づいてくる! コックリが剣を引き抜いて身構える!


「音の方向! やや左前方だ!」


 ゴボロボボボボボボボボボボッ!


 わああ、音が! 大きくなってくる!


「来るぞっ!」


 次の瞬間!


 ゴボァアアッ!!


 という音を立て! サーバントの正面やや左手から巨大な影が飛び込んできた!!


「伏せろっ!」「きゃああああっ!」「ふおおおおっ!」


 光の届く範囲に姿が入りきらない! 大きな影! ゴツゴツとした岩のような甲羅の腹が見えたと思った瞬間! 二頭の竜の顔が! 鼻先に鋭い角を持つ竜の顔が! サーバントを両側から食らいつき、そのままの勢いで私たちの頭上スレスレを翔け抜ける!


「うおおおおっ!」「きゃああああっ!」「ふおおおおっ!」


 巨大な甲羅が私たちの真上を通過した直後! 前方から激しい濁流が! 津波のような水の壁が!


「うおおおおっ!」「きゃああああっ!」「ふおおおおっ!」


 私たちは水馬もろとも、吹き飛ばされていた!





書きたいことがたくさんあるのですが、なかなか整理できず更新がおそくなっております


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