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29 海底へ(海底の谷2)

 ■システィーナの視点



 不吉で不気味な、黒紫に光るイソギンチャクの森の中で! 太古の! 始原の生物たちが存在する海底の谷間で! 私たちは! 巨大な獣に追いかけられている! ダンゴ虫を平べたくつぶした体、その側面には無数の羽、目は顔の横から飛び出て、顔からはエビの胴体のような触手が!


「うおおおおお! デッケエエエ! アノマロカリニウス!」


 グオングオンと音を立て! 体の両側に数十枚並んだ羽をなめらかに動かし、アノマロカリニウスが追いかけてくる! 顔の両側から飛び出た無機質な目が、私たちを捉えて離さない! 低空を飛ぶように! 滑空するように! 私たちを追い詰める! はわああ、顔の前にある触手が! エビの胴体のような触手が! 像の鼻のように前に伸びてきた!


「ふおおお! このぉっ!」


 ディートリッヒがトライデントで応戦すると!

 ガインッッ!

 という金属同士がぶつかる音がした!


「くおお! 硬い! 手が痺れる!」


 コックリはその様子に、楽しそうな無邪気な歓声をあげた! コックリィィ、どうしちゃったの!? 絶対オカシイ! 紫色に光るこの空間に入ってから、おかしくなっちゃった!


「ワハハハ! スゲエ!! 俺もやる!」


 と言ってコックリは聖魔法を唱えた!

 ダンッッ!

 波動砲の聖魔法だ! 下から上へ突き上げるように波動が発生したけれど! ガンッッ! と、硬い金属に石がぶつかったような音がして、少しだけアノマロが浮かび上がった! でも! 次の瞬間には何事もなかったように! 再び私たちめがけて降りてきた!


「ワハハハ! 硬っ! ワハハハ!」


 コックリィィ! 笑い事じゃないでしょう!? 聖魔法も効かないのよ!? うわぁぁ! 体の底面についている円形の口が! 三百六十度生えた牙が! 私たちを嘲笑うように! 食べ尽くしてやると言うように、ワシャワシャ動き始めた! ききき気色悪いぃぃ!


「じゃあこれだ! 聖魔法『 雷火魂(ライカダマ) 』」


 コックリは左手でガッツポーズを作ると! フワッと水馬から! 舞い降りてええ!?


「コッ!?」


 舞った直後には迫りくるアノマロが! 伸ばされた触手が! ぶつかる! と思った瞬間、コックリはクルッと回転して触手に両足をついた! アノマロは触手にひっついたコックリを口に運ぶ! 食べられる! と思ったその時! コックリは左手から! バチバチと青白い火花を放電する光の球体を生み出して! アノマロの口の中に解き放った! とその瞬間!


 バチンッッ!!


 とアノマロの体の隙間から閃光が! 何かが爆ぜる音が、何かが焼き切れる音がした! 凄い光! 凄い大きな音! するとアノマロの羽が動きを止め、そのまま滑空するように海底の砂に着陸し、砂を巻き上げながら滑って! ブワアアアッッと辺りが砂の雲に包まれる! わあ、モウモウと舞う砂が触手のところにいるはずのコックリを隠しちゃって!


「コックリ!」


 私はすぐに水馬を反転させるとコックリの元へ向かう。ああもう! 砂がモウモウと壁のように立ちふさがって、コックリを、アノマロごと隠してしまう。もう! もう! コックリは絶対におかしくなってるから、早く助け出さないと! 私ははやる気持ちを抑えて水馬から飛び降りると、砂の壁が落ち着くのを今か今かと待ち構える。ああもう! ああもう! 舞い上がる砂を払い落としていたその時!


「シス~」


 コックリの声が、どこからともなく聞こえてきた! ああよかった! とりあえず生きてはいるのね!?


「コ、コックリ!? どこ!?」

「ここ、ここ~」

「ええ? どこ? 無事なのね?」

「おぉ〜無事、無事〜」


 ああもう、ああもう! モアモアする砂にイライラするけれど、のんびりした様子のコックリの声にホッと一息つく。特に大事はなさそうなんだもの…………とその時真横から彼の優しい声が。


「シ〜ス」

「え?」


 あら砂煙の中じゃなかったのね、ホッとしてコックリの声に振り向いたその時…………


「ばあぁっ!!」


 振り向いた鼻の先に、巨大なカッチュウムシのワシャワシャした腹があって!


 ……………………私は気を失った……………………。



 ――――――――――――



 ドックン……ドックン……ドックン……ドックン……


 心地よい鼓動のリズムが安心感を与えてくれる…………。ああコックリの鼓動だ…………鼓動なんて皆同じだろうけれど、コックリの鼓動だって分かる…………だって…………だって包み込まれている腕や胸から、コックリの匂いがするんだもの…………。

 コックリの匂い…………好き…………大好き。汗の匂いとかだけれど…………大好きなの。コックリは、私の髪から香る樹木の香りが好きと言ってくれているけれど…………私はコックリの汗の匂いが一番なの…………。

 変…………かな…………? 変…………だよね、誰にも言わないようにしよう。



 私は目を覚ますと、毛布にくるまっていて…………目の前にコックリのサーコートがあった。そのまま上を見上げると、そこにはコックリの顔があって…………申し訳なさそうな、叱られる直前の子供のような表情で、私を見つめていた。



「コックリ?」

「うん…………ご免なさい」

「ううん、無事で良かった」



 彼が無事そうで安心した私が、目を細めて微笑み返すと………コックリは「ああ俺は何てことを」という激しい後悔と反省の表情になった。おおこれは………反省を促すには良い手なのかも。うふふ、良い手を見つけたんじゃない? うふふ………いつもやられてばかりだし! にっしっしっ



 コックリの反省と謝罪の言葉を要約すると、子供の頃学んだ、大好きな太古の海にテンションが上がりまくって、はしゃいでしまったようで………アノマロが砂を巻き上げ始めたとき、すぐにジャングルに飛び降りたんだって。で、それに気づかず砂の壁を払い続ける私を驚かせたくなっちゃったみたいで………手近にいたカッチュウムシを手に取って私にバーッと………普段なら同士討ちとかになるからしない行為、しちゃいけない行為なんだけどね。テンションが上がりまくっていたので…………ご免なさいって。

 本当に子供よね………でも………どうしても大好きなの………そんな貴方も。良いところも悪いところも………はあ、惚れた弱みなんだろうなぁもう………。ああもう、ああもう。



「ところで…………ここ…………どこ?」



 周りを見渡すと、紫色の世界じゃない…………暗い、暗い、ひっそりと沈んだ………雪が降り注ぐ深海の海床だ。それで岩場で休んでいるみたい…………ディートリッヒは近くにいない…………。



「ん…………あの紫色の谷を越えて二時間くらい進んだところ」

「に、二時間!? ご、ごめん! 私そんなに寝てた!?」

「うん…………まあディートリッヒが『人魚の国で寝付けなかったようだから寝かせてやれ』って言ってな。折角だからな」

「うう〜」



 もうディートリッヒは! 気を使わなくていいのに! ていうか、私が寝付けなかったのを知ってるんだったら、彼女も寝付けなかったんじゃないの? もう!



「たぶん、ここが最後の休憩ポイントになる。ディートリッヒに休んでもらおう」

「分かったわ、呼んでくる」



 ――――――――――――



 温暖なテラメディウス海の海底およそ五千~六千メートルの大地に、コックリと私とディートリッヒの三名は南を目指して進んでいる。そこはただただ暗く、そして寒く、奇妙な生命たちがいて………山があれば谷もあり、起伏に富んだ大地が広がっていて………その大地には天からマリンスノーが降り注いでくる。ああマリンスノーは大地に落ちて………でも雪解けのように解けることなく、沈殿して行っている。いったい、何千年何万年前から沈殿して行っているのかしら………?



 そうそう私が気絶している間、コックリはディートリッヒにずっと小言を言われ続けたらしく、今もディートリッヒの動向をビクビクしながら周りを警戒している。静かな口調で厳しいことを言われたそうで、一番堪えた言葉は「お前は…………無神経と評されるサメ属性の私よりも無神経だな…………下には下がいるものだ」と冷たい目で吐き捨てるように言われた一言らしい。

 ちょ…………ディートリッヒ………そんなことを言う方が無神経なような………それに言い過ぎ…………彼女って…………やっぱりサメ肌かな。あの美しさで冷たく言い放たれたら逆になんか………彼に変な趣味ができてしまうような心配が………そ、それとコックリは無神経じゃなくって、子供っぽ…………ま、まあ、まあ反省してねコックリ。

 うう~でも………コックリをいじめるのは私だけにしたいな。だからディートリッヒはコックリをいじめないでよ………。

 うう〜ションボリしているコックリを見たら…………もう胸がキュウッとして母性本能がくすぐられて…………ああもう抱き締めて上げたい。ああもう、ああもう! 深海じゃなかったらなあ、はぁ…………。



 どのぐらい進んだかしら………マリンスノーが降り注ぐ海底の平原を光に包まれたサーバントが先導していると…………暗闇の向こうに、うっすらと白い岩のようなものが見えてきたの。

 光の精霊の白い光に照らされて、淡く光っているわ…………。



「あら…………何かしら?」



 白く、淡く発光するそれ。サーバントが近くにつれ見えてくる全貌…………それは小山のような大きさのなめらかな物体………。



「デ………デカイ! ドラゴンの頭部の骨だ………!」



 暗闇に包まれた密やかな海底に、高さ五メートルはあろう巨大なドラゴンの頭蓋骨が鎮座していた。マリンスノーが積もってさえ分かるその雄々しい骨格…………ああ凄い牙で…………へえ〜目や鼻の部分だけじゃなく、顔の至るところに孔が開いているのね。コックリはドラゴンの頭蓋骨を見て、おおっとうめいた。ええ? どうしたの?



「シス、シス! ここを見てくれ!」

「え?」 私はコックリの指し示す所を見て 「あ……刀傷……?」



 巨大な頭蓋骨に、ザックリと! 見事な太刀筋の痕跡が刻まれていたの。また、首と頭部もスパッと凄い綺麗な太刀筋の痕跡があったのよ。



「そう! こんな巨大なドラゴンを剣で倒せる者なんて、そうはいない! もし、もし! アヴァン殿が倒したドラゴンだったら…………何かアヴァン殿の足跡に触れられているようでうれしいな!」

「クスッうふふ………」



 ああ、コックリの憧れの神殿騎士だものね、うふふ…………もうキラキラした表情で興奮しちゃって…………さっきのションボリはどうしたのよ? もう、本当に子供っぽくて可愛い。

 でも、うう〜ん。神殿騎士アヴァンは歴史上最強の神殿騎士と呼ばれているんだけれど………圧倒的な強さを誇るコックリより強いって…………想像できない。



 ドラゴンの骨を後にして、私たちは重く暗い海床を進んでいく。うう~ん、時間的にはそろそろ海溝にぶつかってもいい頃らしいんだけれども………。



「コックリ………『 光る海 』の光って、どのくらいの距離から見えてくるのかしら?」

「ああそうだな………海溝のところから見えるわけだから、十キロくらい離れていても見えるんじゃないかな?」

「相当な光源よね?」

「ああ。それだけで魔法的な光だと………………思……………う」

「え? コックリ?」

「……………」



 コックリはアゴ髭に手を当てて考え始めた。え………? 何か引っかかったのかな? 私はディートリッヒと顔を見合わせた。その時だった。



「あ! コックリ!」



 先導するサーバントの前が…………大地も何もない、ポッカリと暗闇の空間になっていた。





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