27 海底へ(深海底2)
■システィーナの視点
水晶の山を越えた先には海底の渓谷があり、そこには複雑な形の洞穴が幾つも顔を見せ深海の奇抜な生物たちの安息の場所となっている。コックリと私とディートリッヒは、その洞穴の一つで二回目の休憩を取っている。これが陸地だったら、何か料理をこしらえて上げられるんだけれど、水の中だからなあ。コックリと二人で干し肉をかじっているの。
「はあ、でもクラーケンにはびっくりよね」 モグモグ
「ああ、サーバントに助けられたな」 ガツガツ
巨大水晶の後ろからクラーケンが襲い掛かってきた時、クラーケンは光に包まれたサーバントを攻撃してきたの。触手に絡まれたサーバントは一瞬のうちにつぶされてしまい………でもその手ごたえのなさにクラーケンは触手を何度も動かして探っていたことが私たちにとって幸運だったわ。コックリはその隙をついてすぐさま聖剣技でその触手を二本たたき斬ると、この獲物は危険だと察知したクラーケンは大量の墨を吐いて逃げて行ったの。きっとクラーケンも触手を斬られたことなんてなかっただろうから、凄く混乱したんじゃないかしら? 普通だったら、丸太ほどもある太くて弾力のあるクラーケンの足を、水中でスパッと斬るなんて不可能よね。
「誰かが触手に絡め取られていたら、命がなかったかもな」 ゴックン
「うん、ありがとうサーバント」 モグモグ
私は洞穴の前で周りを警戒するサーバントにお礼を言うと、サーバントはガッツポーズをした。つぶされたサーバントはすぐに私が精霊魔法で復活させたの。
今、私はコックリとともに洞穴の入り口付近にいて、ディートリッヒは奥で休んでいる。ディートリッヒが気を利かせてくれたのか、先にコックリと私の二人で休みを取らせてもらって、今はディートリッヒの仮眠時間なの。
「光る海までは、あと何キロくらいかしら?」
「そうだな…………あと百〜百二十キロくらいだろうか。山あり谷ありでも六〜八時間くらいで着くかな?」
「そっか…………光る海には…………何があるのかな?」
「そうだなあ、何があるかなあ。ここに来るまでに信じられないものがいろいろあったからなあ」
「うふふ、何があっても驚かないかもね」
「ふふ、だな」
コックリはそういうと、また複雑な羅針盤を取り出して方向を調べ始めた。星があるとそれを基準に現在の位置や目的地の完全な方向などいろいろなことが分かるらしいけれど、海の底なのでどうやら東西南北の方向だけしか分からないらしい。まあ、南へ行けば東西に長い海溝があって、そこに当たったら左右どちらかを見れば明るいだろう、という結構ざっくりとした道行きで…………まあ何とかなるでしょう。
ああ……でも本当に暗くて寒い……私は天を見上げた。そこには月も星も存在しない、ただただ黒い、黒い空が広がっている……。この空には何千メートルもの水の層があって、魚たちが……魔獣たちが……この上にいるの……。暗くて暗くて見えないけれど……いるの……。
水は透明なのに、何千メートルも集まると光も通さなくなるのね……本当に不思議……。
暗い海空を眺めていたらふと視線を感じて……そちらを見ると、コックリが……私を見つめていた……! はわぁっ! 無防備な顔を見られてた!? コックリは……とてもとても優しい眼差しで……私を見つめていたの……はわぁっ!
「なっ何!? へ、変だった!?」
「いや…………」
コックリは目を細めると羅針盤をしまった。な、何!? なんなの、それだけ!? もうっ、もうっなんなの!?
「さて腹ごしらえも出来たし、ディートリッヒを起こしてそろそろ出発しますか」
「うう〜」
私はモヤモヤしながらもディートリッヒを起こすと、再び水馬にまたがった。もうっなんだったのよ……。
気を取り直して……サーバントを先導させるものの、闇夜にポツンと光るランタンのようで……相変わらずの暗く重い海床だ。これがもし一人だったら…………ああ、怖い怖い。周りから何が出てくるかも分からないし、何が待ち受けているかも分からないし…………よく神殿騎士アヴァンは一人で行ったなあ。花妖精が一緒だったとはいえ……ふ……ふぇっ……。
「ピクチッ」
「ピクチ!? ピクチ!? シス、なんだそれ」
「くしゃみよ! くしゃみ! もう! 分かってくるくせに!」
「貴女はくしゃみまで可愛いな」
もう! ディートリッヒまで! 大きなくしゃみをするとマズイかなって気をつかったの!
ああでも……………寒い……………本当に寒い……………。
珊瑚礁があった人魚の国の近海は、水の温度が三十度くらいあったと思う。けれどもここは………たぶん、一桁台かもしれない。もう、とっても寒いの。もちろん水の中だから白い息なんてでないけれども。水馬たちは雪が舞い落ちる晦冥な海床を、静かに静かに進む。暗闇の中で静かにしていると、そこはかとなく怖さがこみあげてくるから、私は恐怖を忘れるように隣を進むディートリッヒに話しかけた。
「ディートリッヒ、人魚の国ではお祭りとかってあるの? エルフの里では年一回、収穫祭とかがあったんだけれど」
「ああ、あるぞ。年に一度、珊瑚の産卵日に海祭りが行われる」
「へえ~海祭り、どんなことをするの?」
「なに、皆で獲ってきた魚などを持ち寄って、ワイワイやるのさ。そして夜、珊瑚が産卵するまで皆が待つのだ。美しいぞ、珊瑚が産卵したときの海の中は。まるで夜の星空の中にいるようなのだ」
「わぁ~、見てみたいなあ。コックリと私も見に行っていいかしら?」
「ああ、かまわないと思う」
そんな話をしながらも進むと、いつのまにか暗室のような海床の平原は少しだけ登り始めた。ああ、また山脈かしら、ちょっと嫌な予感がし始めたその時…………。
「お!」
「うわ!」
サーバントの前………………突然途切れてる! 大陸斜面のように急激に大地の中に沈降している! まだまだ海溝じゃあなさそうだし、またクレバス………っぽくもない。
「今度は海底谷かもしれないな………シス、また先に平坦な海底が続いているか見てくれるか?」
「了解」
私は光の精霊を前方へ飛ばした。ただ一つを飛ばすとすぐに見えなくなるから、ディートリッヒと協力して十数メートルごとに街灯のように配置して飛ばす。けれども、百メートルくらい先まで分かったけれど、斜面の対岸にあるはずの平野は、まったく見えない。
「ふむ、水馬でも海中を飛んでいくのは難しそうな距離だな。しょうがない、下るか」
「「分かった」」
私たちは再び斜度が五十度くらいありそうな急峻な斜面を斜め下方向に向かってくだり始めた。うう~、先が見えない急斜面をくだるって、もう怖い怖い。ああ、内臓が持ち上がるような変な感覚で、体中がゾワゾワする、うう~。としばらくくだると。
「む! ストップ!」
「わ!」 私はもんどりうって水馬の首につかまる 「なになに、どうしたの!?」
「前が………黒いぞ」
「え? そりゃあ暗いから黒いでしょ?」
「いや、そうじゃなく………水の色が墨みたいに黒い」
「「ええ?」」
私とディートリッヒは斜面の下にいるサーバントを見てみた。するとサーバントが…………腰から上だけの姿になって宙に浮いているみたいに見えて…………よく見ると腰から下が黒い液体に浸かっている! うわあ、水が透明な層と黒い層に分かれていて、ゆらゆらぷよぷよ、境界がゆれているよ。ちょうど油と水を混ぜたような境で………黒い液体だから、光を通さないんだ!
「うわあ、何の液体?」
「ううむ………確か中東に『 燃える黒い水 』があったが………これはちょっと違うな」
へえ、燃える黒い水なんてものがあるんだ。と感心していると、コックリが水馬から降りた。そして黒い液体の近くまで行って調べているので、私も水馬から降りてコックリの傍にしゃがんだ。
「ふ~む。どんな成分なのかも分からんな」
「水中呼吸の魔法で水と体の間に膜ができているから、この黒い水にも触れずにはすむけれど………」
「サーバントを見てみると、特に墨のように変色しているわけではないな」
サーバントが腕を黒い液体につけてから手を上げても、特に腕が黒くなっているわけではない。
「サーバントに下に行って見てきてもらおうか? ある程度なら意志疎通がはかれるとは思う」
「なるほど、そうしよう」
私はサーバントに下に行って様子を探ってもらうよう指示すると、サーバントは敬礼してからゆっくりゆっくりと降りて行った。サーバントが降りていくと光の精霊も一緒についていくので、辺りが暗くなった。
「さて………どうなっているかな?」
「うん」
数分待ってみると、再びサーバントが黒い液体の中から戻ってきた。私はサーバントに黒い液体の中がどうだったか確認すると、サーバントは身振り手振りで見てきたことを伝えてきた。
「コックリ、どうやらこの黒い液体の層は数メートル続いていて、そこを抜けると透明な層になるみたい。それでさらに下に斜面が続いているようよ」
「了解………では………行ってみるか!」
私たちは再び水馬にまたがると、意を決して黒い液体の中に入っていった。
「うわ、何も見えない」
「なんだろう、本当に墨みたい」
「怖いな、三十センチくらい前にかざした手も見えんぞ」
「シス、ディー、いるか?」
「「いるよ!」」
黒い層は熱くもなければ臭いもせず、ネバネバするわけでも、ドロドロするわけでもなく、ただただ黒い液体の層で………しばらくすると、突然黒い液体の層を抜けたので正直拍子抜けしてしまった。おお、やっぱり体には黒い液体はついていないから汚れなくてよかったわ。とその時………。
「なんだここは!?」
「ふおおお!?」
コックリとディートリッヒの驚きの声に私は周りを見て………私も叫んでいた。
「はわあ? 何ここ!?」
そこには……そこには、ただただ不気味な……ただただ不気味な光景が広がっていたの……。




