25 海底へ(大陸断崖)
■システィーナの視点
深海イグアナに追われた私たちは、大陸斜面から断崖へと大きく飛び出していた! 水中だけどたぶん時速五十キロ以上で!
「きゃああああ!」「ふおおおおおお!」
きゃああああっ!? 足元がっ! ないっ!
凄い勢いで駆け降りていたから! そのままの勢いで斜めに落っこちてる! きゃああああ! 水馬も突然のことにバランスを崩して! きゃああああ! 水馬が頭から一回転! 二回転して! 私は暗闇に投げ出されそうになる! きゃああああ! 体全体で鞍を抱きしめたら水馬が横倒しになって! さらに一緒にきりもみしていく!
「きゃああああ!」
どこが上だか分からない! おおお落ち着いて水馬さん! どうどう! 落ち着いて! そうよ! 落ち着いて落ち着いてっ! やった!
何とか体勢を立て直した水馬と私! 周りを見ると、光の精霊の端にディートリッヒと水馬の姿もある! こっちも無事だ! その時!
「聖剣技!」
というコックリの声が頭上から聞こえた瞬間、ドゴンッ! という音が響き渡る! 上を見上げると、光の精霊が照らす中で真っ二つになった深海イグアナが岩壁にめり込んでいた! ああ、まだ私たちをあきらめずに何匹か追いかけて来ていたみたい! 何匹いるの!? 私は光の精霊を操ってコックリよりも上の方へと移動させると、イグアナは光の精霊のところに集まって………そうか、光に反応して………! 私は光の精霊を遠くへと遠ざけた。
たまに暗闇の中で炸裂音が響きわたっていたけれど………!
「し、静かになった………?」
水馬にしがみつきながら、私は光の精霊をもう一つ呼び出して頭上にいるはずのコックリを探す。もう真っ暗闇で何の音もしなくて………! すると少し上の方に水馬がいた! コックリが水馬の首にダランともたれかかってる! 私は心臓が! 縮み上がった!
「コ、コックリ!!?」
「おおぉ~、大丈夫だ~。疲れただけ」
ああぁ、もうっ! もう、紛らわしいことしないでっ! ああでも、良かった! 無事みたい!
私は水馬に海中で駆けてもらうと、少しだけ落ちる速度が遅くなった。そして頭上からコックリを乗せた水馬が落ちてきて、その水馬も駆けさせて同じ速度で並んでもらった。
「コックリありがと………お疲れ様でした。ケガは、ケガはなかった?」
「ああ大丈夫。いやはや、びっくりしたわ。あんなに深海イグアナがいるとはな」
「大きかったね。顔だけで高さ二メートルくらいあったよ」
「食べ物が豊富で、ほとんど動かなくてもいいから大きくなりまくったみたいだね」
そう話していると、下からディートリッヒを乗せた水馬がゆっくりと浮かび上がってきた。
「無事か?」 とディートリッヒ。
「何とか。シスを連れていってくれてサンキューな」
ああ、私一人だったら怖くて駆け抜けられなかったかも! ありがとうディートリッヒ。私たちを乗せた水馬は三頭ならんで………暗闇の海へと落ちていく。
「今………どのくらい深くまで来たのかな………?」
「うう~む、斜面だけで二千メートル以上の深さはあったハズ。で、断崖だけで………千メートルくらいは落ちてきただろうか………うう~む」
もう、ほぼ黒一色の闇の世界なので………コックリも自信がなさそう。ああ………マリンスノーがちょっと多くなってきて…………私たちの落ちる速度の方が早いから、まるで深海からマリンスノーが上ってくるみたい…………。暗闇の地の底から、雪が舞い上ってくるようよ。
私たちを乗せた水馬は、ゆっくり………ゆっくりと………暗闇の待ち受ける深海へと落ちていく………。ゆっくり………ゆっくりと、落ちている………底の見えない、真の闇へ…………。三人揃っているのだけれど…………周りが途方もない大きさの海の中だと知ると…………何て心細いのだろう…………。
この大きさに比べれば…………ひとは…………妖精は…………何てちっぽけなんだろう…………。
「シス…………光の精霊を二つ海底に向けて下ろしてくれるか? ディートリッヒは俺たちと並行に落ちるよう動かして周りを警戒してくれ」
「「分かった」」
私とディートリッヒは、コックリの指示通りそれぞれ光の精霊を操る。私は海底に向けてゆっくりと光の精霊を下ろしていく………でも………下ろせども、下ろせども………まるで底は見えない。闇の世界に光の精霊が包み込まれ、小さく小さくなっていく。それはまるで闇夜に光るホタルのよう…………小さな小さな、淡い光。必死に仲間を探す、淋しい燈…………。
すると儚い光に導かれるように、不思議な体をした生物が姿を現す。帯のように長い体と美しい長いトサカを優雅に揺蕩わせる不思議な美しさの魚…………。
「コックリ………なにあの魚………?」
「おお、竜宮の使いだ…………」
なんて………なんて優雅なんだろう。体が銀色とも白色ともつかない鈍い光を放っているよ…………。竜宮の使いは静かにゆったりと暗い海の中へと戻っていく。姿を見せてくれてありがとうね。またね。
とその時………
「お、おい! 龍よ! システィーナよ!」
ディートリッヒが目を見開いて………………それを指差している。コックリと私は、はじかれるように彼女の指差す方を見る。
「な……………!」
「え……………!?」
そこにあったものを見て…………………私たちは絶句した。
そこにあったものは………そう、岩の壁………。
ゴツゴツとした、おうとつのある、岩の崖………。
ゴツゴツとした岩の崖は、光の精霊によって照らされ、複雑な陰影を浮かび上がらせている………。
でも、その陰影は………………岩が飛び出してできているだけじゃない……………。
岩………………だけ………………じゃない………………。
「太古の……………………獣たちの……………………骨……………………」
そこには…………そこには太古の昔に死没した獣たちの骨が、獣たちの白い骸が、完全な骨格という形で岩肌から腫脹し、隆起していた。それはまるで、浮かし彫り…………人魚の王宮のような、立体的な美しい彫刻…………。
「大きい…………何の…………何の生物の骨だ…………?」
小さなものでも、体長五メートルは越えている…………
巨大なネコ科の頭部から剣のような角が生えた四足獣の骨…………
サメのような骨格から巨大な翼が飛び出る獣の骨…………
足が八本も存在するトカゲのような爬虫類とおぼしき獣の骨…………
まるでそれは、太古の生命を忘れないように…………いつの日か誰かに伝えるように…………必死に刻みつけようとする、慈愛の痕跡…………。
「…………星が…………記憶しているのか…………? 自分の上に、確かに存在した儚い生命たちを…………」
コックリが呆然と呟く。
「神は…………聖霊をつくり、魔霊をつくり、精霊をつくった…………そして物質界をつくり、様々な魂の世界をつくった……………………でも、もしかしたら……………………神は……………………先に星をつくったのかもしれない……………………」
音のない世界に、ひっそりと、陽の目を見ることもなく、しかし確かに存在する獣たちに見送られながら、私たちは静かに、静かに、獣たちの眠りを妨げぬよう、海底へと落ちていく…………。
「シス…………」 彼は岩壁を見つめながらつぶやく。「シス…………シス…………」
「なあに?」
「戻ったら、法王庁へ行こう?」
「え? うん。どこへでも着いて行くわ」
「ああ、そうだったな」
「どうしたの?」
「ん…………法王庁の『 講究修道院 』へ行きたいんだ」
「講究修道院?」
「ああ、聖魔法や魔物、動植物を体系的に研究する機関があるんだ。そこの蔵書を調べたい」
「ああ、なるほど………ふふふ」
「ん? 何かおかしかった?」
「ううん、ちっとも」
こんなところに来てまで、変わらない好奇心旺盛な、変わらない探究心旺盛な彼に、私はうれしくなった。一緒に行こうね………一緒に連れて行ってね………貴方の行く場所なら、どこへでも着いて行くわ。彼は食い入るように、岩壁に埋もれる太古の獣たちの骨格を見つめている。邪魔をしたくないから私とディートリッヒで周りは警戒しておくね?
私たちは、暗闇の海の中を、静かに、静かに、落ちていく……………。
静かに……………………静かに……………………。
獣たちの骨は、まだまだ続いている……………………。
生命の痕跡……………………生きた……………………証……………………。
「コックリ………………!」
私は下を指差した。
切り立つような断崖が…………太古の獣たちを刻みつけた断崖が…………少しずつ、少しずつ、裾野を広げ始めている。少しずつ、少しずつ、大地に根を張るように膨らんでくる。
「近いぞ…………」
コックリの言葉に、私たちは身を引き締める。断崖は真っ直ぐに落ちる水馬に近づくように、裾野を広げ始める。垂直な断崖は、一歩一歩が大きい階段のような、足掛かりのある崖へと変貌していく。私の乗った水馬は、一つの岩壁の瘤を蹴り断崖から離れる。コックリの乗った水馬も、ディートリッヒの乗った水馬も、別の瘤を蹴り断崖から離れる。蹴っては離れ、蹴っては離れる。
「斜面……………………斜面が見えてきた…………」
断崖は、やがて急峻な斜面へと変貌を遂げる。傾斜は七十度くらいだろうか…………。水馬は急峻な斜面を蹴り、さらに離れる…………。
ああ、でも……………………ついに……………………ついに。
急峻な斜面は、イグアナたちがいた大陸斜面ほどの斜面へと変貌を遂げ…………私たちを乗せた水馬は斜面を…………ゆっくりと、舞うように…………。
水馬の水かきを備えた四本の足が、ゆっくりと、舞いおりるように、大地を捉えた…………。
「ついに到着した…………ここがテラメディウスの深海……………………」
私たちは…………音のない静寂の世界に…………。
音もなく、降り立った…………。
内容的に少なかったので、更新できました




