3.
チョコルとルコラは色々と知っているらしい。
俺の名前から生年月日、趣味嗜好。好きな女子の名前から、いつ死ぬまでかだ。
まあ、死ぬ日については規則があるとかいうことで、教えてくれはしなかったけれど。
今の俺が死ぬ日が来るのか?
倒せる気がする。
死という誰も敵わなかった、相手さえ。
敵わない奴はいない。だが敵わないものはある。それは、この力だ。
俺が死ぬ時。それは敵無しに退屈した俺自身が、この敵無しの力に勝負を挑む時だろう。
「なにをぼうっとしているんですか、京介? さっきから話しかけているんですよお」
チョコルだ。
「ぼうっとしているんじゃない。無視していただけだ」
「なーんだ。……ってひどいですねえ!」
「ああ」
どうにもチョコルが苦手だ。というよりも生理的に合わないという方がしっくりくる。
初めて俺の目の前に現れた天使と悪魔を見た瞬間、どちらがどちらかが分かった。
俺は知っている。
言葉づかいや、表情、仕草が丁寧な奴ほど、心の中では、何を考えているかわからない。
「京介のその可愛くない性格は、やっぱり家庭環境なんですかね、おっと失礼」
俺の顔色が変わったのを敏感に感じたチョコルが、ベルを鳴らしてルコラを呼んで代わった。
「なあ、ルコラ」
「なに? 京介くん。見て、綺麗でしょう?」
ルコラは俺の部屋の中に小さな雪雲を作って雪を降らす。ふっ、とルコラが息を吹きかけると、雪粒は音楽を奏でながら、吹雪いた。
「人生、楽しいか? チョコルの尻拭いばかりだろう? チョコルはさぼってばっかりで、地上に降りてくるのはルコラばかりじゃないか」
「そう」
ルコラは、ふふ、とほほ笑む。
「楽しいわ。京介くんと会える時間が増えるもの」
「ああ、そう」
「ええ」
どうやら。ルコラは俺のことが嫌いじゃないらしい。
このことを、あの明日香の奴が知ったりしたら。
想像すると頭が痛くなった。
俺がこめかみを押さえていると、ルコラが心配そうに顔を覗き込む。近くでみると、ルコラの顔は整っていてどきどきする。変な気を起したわけじゃなく、その肌に触れてみたい。
「目がすこしにごってるわ。虫を食べたからかもしれない。見て、これが何か分かる?」
いくら相手が、年上っぽい天使とは言え、この質問は馬鹿にしている以外のなにものでもない。
「胸の谷間だろ? それも特別にぺったんこの」
ルコラはまな板みたいな胸を寄せたまま、頬をふくらませた。
「ものの言い方ってもんがあるんじゃない? 健全な青少年の君のためにサービスしてあげたのに!」
頼んだ覚えはない。
丁寧な言葉で気ままな、悪魔チョコル。
大人びた言葉で大人しい、天使ルコラ。
早くも俺はこの二人、天使と悪魔は二人と数えていいのかは分からないが、との時間に、満足感をかんじはじめていた。
まだ、その全体像を理解できない。
この力は、果たして何なのか。
ただ、こうしてベンチに座っているだけでも、百獣の王、獅子の退屈が分かる。
聞こえるのは俺だけか?
怯える鳥の、音もない羽音が。
「ねえ、京介くん? そうだ、ひとつなぞなぞでもしましょう。この世界を作ったのはだれだと思う?」
「さあね。壊せるのは俺だけれど」
ルコラは、子供をあやすように笑った。
「考えておいてね、宿題よ。さあ、行きましょう」
そして俺達は歩き出した。
俺はまだ知らない。ルコラとチョコルの微笑みと真顔の裏にある真実を。
俺はまだ知らない。俺自身の過去から伸びてきた現在と、伸びていく未来を。




