冬
軽井沢から戻った私は、そのまま先輩の家に迎えられた。
私の姿を見るなり、院長先生は、
「お帰り、操さん…。」
と言って抱き締めて下さった。
「院長先生…。」
私がそう言うと、
「もう、お義父さんと呼んで貰えるのだろう?」
と、先輩に聞く。
「あぁ。」
先輩が、誇らしげに答えた。
それが何を意味するのか理解した私は、耳迄赤くなって顔を覆った。
「呼んでくれるね、操さん…?」
「…お義父様…。」
息が詰まる程抱き締められて、
「君には、何とお礼と謝罪をしなければならないんだろう…苦労を掛けたね。私が、あんな事を頼んだばかりに…。」
私は、お義父様の胸の中で被りを振った。
「幸せにおなり…君には、その権利がある。鷹栖の家が、君を幸せにすると信じているよ。」
「…ありがとうございます。」
「おぃ、親父!何先にプロポーズしてんだよ!俺だって、まだしてないんだぞ!」
「何だ、まだしてないのか?お前は、肝心な所で、詰めが甘い…。」
お義父様と先輩が言い合ってる中、私は先生と向き合った。
「先生…。」
「あれ?違う言い方有るんじゃない?」
「お義兄様…。本当に、ありがとうございます。」
ふわりと抱き締めて、額にキスをすると、
「綺麗になったね…満ち足りて輝いているよ。こんなにいい女になるなら、僕が先に唾つけとけば良かったな。」
と笑って言い、身を離すと真剣な顔で、
「僕は、君の義兄であると同時に、一生君の主治医である事を忘れないで。僕には、何でも話すんだよ。わかったね?」
「はい。」
「良い子だ…。」
そう言って、また額にキスをする。
「だから、何で何度もキスしてんだよ!」
私を引き離すと、先輩はお義兄様に食って掛かる。
「まだまだ青いな、小次郎。操ちゃんの額は、義兄である僕の物だ!」
「っ、なんだと!?」
「先輩、もうやめて!…恥ずかしい…。」
「だから…。」
今度は、先輩が向き直る。
「先輩じゃ無いと言ったろう。」
「もう、勘弁して下さい。今の私は、一杯一杯です…。」
すると、先輩は耳元で
「…後で、お仕置きだ…。」
と、囁く。
先輩…まだ、Sなんですね…。
「で、小次郎。結婚式は、いつ頃にするんだ?」
「もう、決めてるんだ…。」
「何時だい?」
「…クリスマス。」
「えっ?そんなに早く!?」
私の驚きを差し置いて、
「それは、良い!しかし、式場は、取れるかな?」
「大丈夫…予約してある。」
「えっ?何で?」
「…毎年予約してた。」
「!!」
「そりゃあ、いい!」
「じゃあ、早速準備に取り掛かろう!後、2ヶ月無いぞ!」
それからは、あっという間の事だった。
式は鷹栖の氏神様で行われた。茄子紺の直衣姿の先輩は、今日はゆったりと髪を結い、2本の組み紐を肩の下で結んである。
溜め息の出る程よく似合う。
光源氏って、こんな感じ?
私は、さしずめ末摘花かしら…。
見とれていると、目が合ってフワリと笑う。
「どうした?」
「良くお似合いだと思って…。」
「…惚れ直した?」
「えぇ。」
「今日は、素直だな。お前も、綺麗だ…良く似合う。」
赤濃紫色の打衣姿の私は、髪をおすべらかしにして、下の方で薄桜色の組み紐で結わえてある。
「これを着せたかったんだ…。」
「だから、長い髪?」
「そうだな…もう少し長くても良かったが…。」
「でも…黒ければ良かったのに…。」
「俺は、漆黒の髪も好きだったが、この銀髪も気に入ってるんだがな…。」
「本当に?」
「あぁ。」
「先輩が気に入ってるなら、いいわ…。」
「ホラ、また…。」
「言いづらいんだもの…他の言い方じゃ駄目?」
「どんな?」
「…貴方…とか…。」
「ん…。」
そっと顔を近付けると、
「2人きりの時に、名前で呼んでくれるなら…。」
そう言って微笑んだ。
「これはまた、美しい!」
神主さんとお義父様が入って来た。
「小次郎さんの美しさもさることながら、花嫁の美しさは、何とも…かぐや姫の如くですな!」
「そうでしょう!ウチの嫁は、世界一です。」
そう言って2人は笑う。
「私…?」
「だから、綺麗だと言ってるだろう?自覚が無いってのもなぁ…。」
先輩は、溜め息をつく。
私は、俯いて赤面してしまった。
容姿を褒められた事なんて無いもの…。
「自信を持て…そうすれば、もっと美しくなる。」
顔が、上げられない。
「まぁ、お前はそれはそれで可愛いんだがな…。」
「…もう、やめて…。」
「綺麗だよ、奥さん。」
私の親族は居ないから、鷹栖の親族と関係者、それに友人を招いての300人を超える大きな披露宴。
式直前、控え室に居る私達を、珠ちゃんと大和先輩が尋ねてくれた。
「お美しいですわ、お二人共!」
「そう?恥ずかしくて…。」
シンプルで品のあるウエディングドレスは、後ろにダーツをたっぷりと取ったクラシカルなデザイン。
「小次郎様のお見立てでしょう?」
「そうなの。わかる?」
「操ちゃんの似合う物が、わかっていらっしゃる。流石ですわね。」
「もう、全てお任せなのよ。」
「やりたいんですのよ。ねぇ、小次郎様。」
「まぁな。」
「お前が、こんなマメな奴だったとはな…。」
大和先輩が、冷やかす。
「あら、操ちゃんとの結婚式だからですわよ。聞きましたわ、10年間ずっと式場予約していたんですってね?」
「…。」
「お前、そんなキャラだったか?」
「うるせぇ。」
「控え室も一緒なんて、本当に片時も離したく無いんですわね。」
「寮官さん、コイツがうっとおしくなったら、何時でも言えよ。」
私は、笑いながら頷いた。
2人が出て行った後、静かな時が流れる。
「予約って…。」
「式場のか?」
「えぇ。どうして、毎年クリスマスだったんですか?」
先輩は、私の手を取り、
「…あの日から…やり直したかったんだ…。」
やはりそうだったんだ。
私が自分を抹殺しようとしたあの日…。
私は、彼の頭を抱き寄せると、
「11年間、淋しいクリスマスを送らせてしまいましたね。今年からは、楽しいクリスマスにしましょうね、小次郎…。」
「あぁ…。」
私の腹に頭を擦り寄せながら、彼は言った。
「さぁ奥さん。俺達の晴れ舞台に行こうか。」
「えぇ。貴方…。」
腕を組み部屋を出ようとする。
「あ…。」
「どうした?」
「見て、雪…。」
「…あの日も、降ってたな…。」
窓辺に近付くと、一面真っ白に雪が降り積もっていた。
「新しい雪が、淋しい思い出を全て覆い隠してくれるわ…。」
「新雪の上を、俺達は行くんだな。」
「そう…新雪が、ヴァージンロードになるの…。」
彼の顔が近付く。
「愛してる、ミサオ…。」
「小次郎…。」
私達は、新しい道を歩き始める。