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冒険姫リーベ 〜英雄の娘はみんなの希望になるために戦う道を駆け抜ける!〜  作者: 丘引みみず
序章 英雄とその娘

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005 稽古とランチ

 お茶が終わるなり、ヴァールは言う。


「んじゃ、いつものアレ、やるか」


 意気揚々とドアへ向けて歩き出すが、エルガーが待ったを掛ける。


「悪いが、俺はもう引退したんだ。鍛練ならお前らだけで――」

「別に冒険に出るわけではありませんし、そのくらい、良いではありませんか?」


 シェーンがそう言うと、エルガーは頬を緩めた。


「そうだ――いや! いかん!」


 首を振って必死に堪えているのが可愛そうで、リーベは口を挟んだ。


「お母さんの言うとおりだよ! それに、『助言くらいはしてやる』って、自分で言ったじゃない?」

「うぬぬ……そうだな」


 娘の一言によってエルガーは納得した。すると1番弟子が「そうこなくちゃ!」と指を鳴らした。


「ご迷惑をおかけします」


 フェアが丁重に言う傍ら、ヴァールが弟子に言う。


「そういう事だから、フロイデ、師匠に情けねえとこ見せんじゃねえぞ?」

「うん……!」


 彼は「ふんすっ!」と意気込みを露わにした。


 男性陣が出て行くと、女性陣は茶器の片付けに取り掛かる。


 しかしリーベは、みんなについていきたいという思いでいっぱいで、注意散漫になっていた。


「あ」


 カップがコテッと倒れて、テーブルに転がる。危うく落ちそうになるが、持ち手のお陰で事なきを得た。


「ふう……セーフ」


 安堵の溜め息をつくと、シェーンが言う。


「リーベもお父さんと一緒に行ったら?」

「……でも」

「片付けぐらい私1人で十分よ。いつもお手伝い頑張ってくれてるんだから、休みの今日くらい、羽を伸ばしてきたら?」


 優しい言葉に背中を押されると、リーベはその気になった。それでもなお、母1人に仕事を押しつけるのがためらわれたが、大好きなおじさんたちがいる期間は限られているのだと、そちらを優先することに決めた。


「ありがとう、行ってきます!」







 エルガーは弟子が尋ねて来たときはいつも、街の東門の外で稽古をつけている。


 それを知っていたリーベは一直線に東門へやって来た。


「やあ、リーベちゃん。こんにちは」


 門番のサイラスが目を細めて穏やかに挨拶する。


「こんにちは」

「リーベちゃんも見学かい?」

「はい。……ん? 『も』ってどういう事ですか?」

「それは行って見れば分かるよ」


 苦笑するその姿に、リーベは一層不思議になるのだった。


「あの、通っても良いですか?」

「もちろん。ただ、門の前でも街の外だから。気を付けてね?」

「はい。ありがとうございます」


 サイラスが門を小さく開けた。リーベはその隙間からするりと向こう側へ出る。


 テルドルは高山地帯にあり、必然的に坂が多い。東門を抜けたそこも例に漏れず、緩やかな傾斜を経て麓へと続いている。周囲にはポツポツと木が生えている以外は何もなく、剣の鍛練をするには持ってこいの環境だ。


 本来なら静かな場所だがしかし、今は観衆で賑わっている。


 彼らは皆、道端で鍛練をしているエルガーたちを見ていた。いつもはこうはならないが、引退騒動の直後であるからして、皆の関心を集めたのだった。


「なるほど……」


 リーベは乾いた笑いを発しつつも、その輪に交じる。


 エルガーたち師弟3人の見守る先ではフロイデが真剣を構えている。


 切っ先を天に、頭の真横に据える。左足を前にしており、引いた右足は体に対してほぼ垂直で、この後にどんな動作をするか、剣術に通じていないリーベでも子細に渡って思い起こせるほど、彼の構えは模範的だった。


 感心しつつ彼の顔を見ると、そこには先程までのあどけなさはなかった。まるで職人のような厳然な面持ちであり、遠目に見守る彼女までもが緊張させられた。


「…………」


 彼に注目していると、その呼吸が長いのに気付いた。それが極度に集中しているが故であることをリーベはすぐに悟った。次の瞬間――


「――っ!」


 ヒュンと空気が裂かれ、彼の10メートルほど前方にある茂みが音を立てた。

 剣の達人は斬撃を飛ばす事が出来るが、あの若さでその片鱗を見せるなんて並ではない。


「……すごい…………」


 そう呟いた時、観衆からは拍手が上がった。


「あのチビ、中々やるじゃねえか」

「ああ。ヴァールさんが弟子に取るだけはあるな」


 観衆に交じっていたボリスとバートが言う。冒険者故に声が大きく、それを耳にしたでフロイデは真っ赤になって俯いた。


 はにかむその姿は少年らしいもので、リーベは彼の二面性に大いに感心を抱いた。と、その時、エルガーが彼女に気付く。


「おう、リーベ!」


 リーベが手を振り返しながら駆け寄ると、フロイデは顔を背ける。


「お前も見てただろう、コイツは大したもんだ!」

「ほんと! 遠くの樹を揺らしちゃうなんて凄いです!」


 素直に褒めると、フロイデは耳まで赤くなった。そんな照れ屋な彼を見かねてか、フェアが言う。


「ふふ、倒れられても困りますから、お手柔らかにお願いしますね?」

「はは、そうしとくか」


 エルガーが笑っていると、脇からヴァールが師匠に木剣を差し出した。


「師匠、コイツに一つ、手本を見せてやってくれ」

「ああ、もちろんだ」


 木剣はフロイデの長剣よりもやや短く、刃渡り70センチとほどだ。訓練用のそれは刃に相当する部分が厚く、丸まっている。さらに言えば、剣戟(けんげき)のために凹んでいたりもする。そんな使い込まれた一品を手に、フロイデと場所を入れ代わる。


 するとガヤガヤしていた観衆が静まり返る。


 静寂の中、エルガーはフロイデと同様に顔の脇に剣を構えるがしかし、その姿から受ける威圧感はまるで違う。


 片やあどけない少年、片や背恰好の良い壮齢の男子……違いが出るのは当たり前だが、そうではない。まるで全身が一振りの剣であるような威圧感を放っている。


「――っ!」


 一瞬、気迫を放ったかと思えば、既に振り抜いていた。それから数秒の間を経て、バサッと微かな音を立ててフロイデが揺らした茂みが切り裂かれる。こんもりとした輪郭は袈裟に裂かれており、その異様は誰の目にも明らかだった。


「…………」


 その様にリーベは唖然とさせられた。

 真剣で同じ事をやっている場面を見たことはあったものの、長さ・重量・鋭さのいずれでも劣る木剣で実現できるなんて思っても見なかった。


 そんな彼女の隣ではフロイデがあんぐりと口を開いている。


 その目にはリーベ以上に衝撃的なものとして映っていた。


「……すご――」

「うおおおっ!」

「さっすが、俺たちの英雄だぜ!」

「これで辞めるって嘘だろ!」


 フロイデの驚嘆は観衆の拍手喝采によってかき消された。


 その大音量にギョッとした彼だが、アウェー感に沈むことなく、むしろキラキラとした畏敬の眼差しを大師へと向ける。


「どうやればできる、の……!」


 エルガーはその変容に目を丸くしたが、すぐに人の良い笑みを浮かべる。


「そうだな……お前は基礎が出来てるから、ヴァールの指導に耳を傾けて、ひたむきにやることだ」

「やってる……!」

「はは! そうか……だったら、焦らずじっくりやるこった!」


 エルガーが小さな頭をわしゃわしゃすると、フロイデは飼い慣らされた猫のように黙って愛撫を受けた。


「こりゃ、育て甲斐のあるヤツを見つけてきたな!」


 そう言って弟子2人へ視線を投げる。


「見つけてきた……まあ、そうだな」


 ヴァールは妙に歯切れの悪い言葉を発した。




 鍛練が進む内、観衆は1人。また1人と帰って行った。見てるばかりで退屈だからだ。


 最後まで残っていたボリスとバートは『冒険の支度があるから』と義理堅くリーベに告げて去って行った。


 こうして周囲の熱が失われた一方、冒険者4人はヒートアップしていった。

 2人1組での打ち込みをペアを変えつつ繰り返している。


「ふんっ!」


 エルガーが、ヴァールの太い首元めがけて木剣を振り下ろす。豪速で振るわれるそれはしかし、ごく太い腕に保持された木剣によって受け止められる。


「くっ――だりや!」


 ヴァールは相手の剣を外側へ押しやりつつ、切っ先を喉元へ向ける。そこで勝負は付いたかに思われたが、エルガーは剣を絡めるように、切っ先を下へ向け、鍔と鍔を打つけて押しやった。


 その状態で2人は制止し、睨み合う。


「……へへ! 腕を上げたな、ヴァール」

「師匠こそ、ちっとも鈍ってねえや!」


 2人が仕切り直す一方、その隣ではもう1組が烈戦を繰り広げていた。


 フェアの振り下ろしに対し、フロイデは真っ向から打つからずに、外周から弧を描く形で斬り掛かる。その狙いは振り下ろしを透かした相手の手であった。


 相手の戦闘力を失わせる目的ならば手を切るだけで十分だろう。そう理解したリーベは頷く。


 しかし、フェアはそれを見切っていた。切っ先を攻撃側へと傾けた。これによって相手の剣は鍔で受け止め、負傷を免れることに成功した(もちろん、グローブを装備している)。


 ここからでも発展のしようはあるが、2人は剣を下ろす。


「……ふう、フェアは魔法使いなのに、剣も上手い」


 猫が顔を洗うような仕草で汗を拭いながらフロイデが言う。


 彼が言うとおり、フェアは魔法使いなのだ。 


「ふふ、今まで散々、ヴァールに付き合わされてきましたからね」


 フェアが目を細めたその時、エルガーが声を上げた。


「うっし、こんくらいにしとくか」

「え、もういいの?」


 娘が問うと父は顎の下に伝った汗を拭いながら答える。


「ああ。お前だって退屈だろ?」

「ううん。わたし、稽古を観るの好きだよ?」


 彼女が剣を振るう訳ではないが、稽古を見学する中でふとした発見があるから好きだった。


「そうか?」

「もっとやりたい……!」


 フロイデがやる気を(たぎ)らせる一方で、エルガーは意見を変えるつもりはなかった。


「悪いが、シェーンを1人に出来ねえからな」


 その言葉にリーベが短い声を上げる。


「あ、そうだった……」

「なんだ? 忘れてたのか?」

「いや、そういう訳じゃ――」

「だはは! ガキはハクジョーだからな!」


 ヴァールは持病の意地悪を起こした。


「もおー! 薄情じゃないよ! ちょっと忘れてただけなんだから! あと、こどもじゃない!」

「はは、どうだか!」

「むう……!」


 リーベは彼の鼻を明かしたくて仕方なかった。と、その時、妙案を得る。


 時刻はちょうどお昼前。『ここは1つ食堂の娘として、本領を発揮してやろうじゃない!』と彼女は胸に決めた。








男4人が汗を流しに言っている間に、リーベは母の手を借りることなく、1人で昼食を(こしら)えることになった。


 台所を乗っ取られたシェーンはというと、鼻歌交じりに縫い物をしていた。彼女は働き者で、休む事を知らないのだ。


(お母さん、少しはゆっくりしたら良いのに)


 そう思いつつ、リーベは気を引き締める。


 料理は刃物や火などを使う大変危険な作業であり、故に集中して臨まねばならないからだ。


「さてと、献立はどうしようか?」


(フロイデさんの好みは分からないけれど、冒険者なんだから、ボリュームのあるものの方が良いとよね? となると……)


「ねえ、油使って良い?」


 ホールにいる母に呼び掛けると、「いいけど、気を付けてね?」と返される。


「はーい!」


(献立はシュニッツェルとマッシュポテト。それにフレアシードのサラダにしよう)


 献立が決まったところで、次にするべきは工程の組み立てだ。何をするにも、効率よく行うに限る。


(ジャガイモを茹でつつ油を温めて……その間にピリ辛ドレッシングと、あとソースを用意をしておこう)


 そうと決まれば、早速調理開始だ。


 リーベは腰のホルダーに挿したワンドを取り出し、魔法で火を点け、鍋に水を張り、洗ったジャガイモを茹で始めた。それから油を――






 それから調理は進み、いよいよ肉を揚げる段階に突入した。

 カラカラと小気味よく響く揚げる音は耳に心地よく、精神疲労の回復に効果があると思われた。自然と気分が良くなり、鼻歌なんかも歌ってしまう。


「ふんふ~ん♪」


 女性陣は1人1枚で十分だが、男性陣はそれでは足りないのは明白だ。取り分け、体の大きなヴァールはたくさん食べるだろう。


 そういうわけで大量にシュニッツェルを用意していると、カウベルが鳴り響く。続いてドヤドヤと入浴を終えてきた面々の声が聞こえてくる。


「ただいまー!」


 エルガーが愉快そうに帰宅を告げる。それに対して「おかえりー!」と大きな声をホールに投げる。


「お、これは油もんだな?」


 即刻気付いたヴァールが舌なめずりをする。


「もうちょっとで出来るからー!」


 そう呼び掛けるとリーベに対し、出来るだけの配膳をしてくれていたシェーンが冗談めかして言う。


「ふふ、もうすっかり料理人ね?」

「だってお母さんの娘だもん。これくらいできなきゃ」

「まあ! ――ふふ、そうね。わたしの娘だものね」


と、最後の1枚が揚げ上がった。






「いただきます!」


 言うが早いか、ヴァールとフロイデがシュニッツェルに飛びつく。

 ナイフで切り分ける事なく、ソースにべったり付けて、そのまま(かぶ)りつく。品は無いが、それだけ素直に食事を楽しんでいると言う事だ。故に誰も注意はしなかった。


「がつがつ……!」

「もっもっ……!」


 体に大小はあれど、2人は共に冒険者である。その食べっぷりは全く同じと言っても差し支えないだろう。


「かーっ! うめえ……!」


 ヴァールは感想を口にした。


「どーお? わたしだって成長してんだから!」

「ああ、見直したぜ」


 食事に夢中で、その口振りはまるで寝言のようだった。 


 だが、それだけに素直な賞賛であり、リーベの自尊心は大いに満たされたのだった。


「そういえば、リーベさんは油を使えるようになったのですね」


 フェアが言うように、リーベは以前まで油を使わせて貰えなかった。理由はもちろん、危ないからだ。


 食堂において大事なのは1に安全、2に衛生で、味や収益はその次に位置する。だから油を使うことが認められるということは、それだけ彼女が信頼されていると言うことであり、些細なことではあるが、リーベにとっては油を使えることは誇りなのだ。


「ええ。リーベも大分成長しましたからね」


 シェーンは誇らしげに言った。賞賛はともかく、身内に褒められるというのは何となく気恥ずかしいもので、リーベは羞恥を誤魔化すべく、主菜を頬張った。


 シュニッツェルは叩いて広げた肉を揚げる料理だが、肉々しさを損ねない程度に叩いているため満足感は高かった。それに加え、トマト、キノコ、レモンの3種類のソースも奥深い味わいに仕上がっていて、揚げた肉によくマッチしていた。


 自分の料理に満足していると、エルガーが訝しい顔でフェアに尋ねる。


「……ちゃんとしたもん食わせてんだろうな?」

「もちろんです。リーベさんほどではありませんが、多少、腕に覚えがありますので」


 その言葉とは裏腹に、エルガーは心配そうにヴァールとフロイデを見やる。


先ほどまで必死に肉を頬張っていた彼らだが、共に食べる手を止め、蒼い顔をしていた。


「……そうか」


 フェアは大抵の事は人並み以上に熟せる才人であるが、こと料理においては壊滅的な腕前をしていた。そんな事情を以前に聞いていた為、リーベは内心彼らを哀れんだ。


 一方、ヴァールとフロイデは目に見えて咀嚼回数が増えたのだった。



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