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冒険姫リーベ 〜英雄の娘はみんなの希望になるために戦う道を駆け抜ける!〜  作者: 丘引みみず
第1章 英雄の娘、冒険に出る

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015 リーベ、冒険者になる

 家に母を1人残して、リーベとエルガーはヴァールたちの元へと向う。


 道中、相変わらず通行人は少なく、衛兵が行き交うばかりで、リーベにはまるで過疎化してしまったかのように感じられ、悲しくなった。


「…………」

「これがお前の護るものだ。よく見ておけ」


 父の言葉にリーベは息を呑み、街の様子を目に焼き付けながら歩いた。そうして数分の後、2人の目の前には大きな建物が現れる。


 テルドルの建物は大抵が石造りのため灰色だが、この建物は例外的に仄赤いレンガで建てられている。橫に広い建物で、正面には大きな窓ガラスが張られており、内部には逞しい男たちの姿が見える。


「冒険者ギルド……」

「そうだ」


 短く答えるとエルガーは娘の正面で屈み、目線を合わせて問い掛ける。


「もう後戻りは出来ねえぞ。本当にいいんだな?」

「…………うん……!」

「そうか……」


 彼は物寂しい目をしながらも立ち上がり、リーベを先導して中に入った。


 ギルドは天井の高い建物で、利用者層の割りにオシャレな内装をしている。それは丈夫(じょうふ)たちが集うこの物々しい空間に、一般の人が入りすいようにという配慮であった。受付に決まって女性が立っているのもその為だ。


「わあ……」 


 リーベが久々に訪れるギルドの様子を観察する一方、エルガーは弟子の姿を探した。


「ええと、ヴァールは……と。お、いたいた」

「え、どこ?」


 父の視線を追うと、建物に入って右手奥の掲示板の前に大きな背中があった。その隣には中小の背中が並ぶ。


 2人が近づくと3人は気付いた。


「あ、師匠――リーベ……お前…………」


 ヴァールはリーベの目を見据えると、父と同様に覚悟のほどを問うてくる。


「本気なんだな?」

「うん……!」

「……そうか。地獄へようこそ。歓迎するぜ」


 そう言って手を差し伸べてくる。それを握り返すと、フェアとフロイデの方を見る。


「ご迷惑を掛けることもあると思いますけど、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「…………」


 フェアはいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。その一方でフロイデは目を丸くし、驚愕を表わしていた。


「それで師匠、リーベはどっちにすんだ?」

「どっち?」


(なんのことだろう?)


「女なんだし、魔法使いの方が向いてるだろうよ」


 それでいいな? とリーベに呼び掛ける。彼女は会話の意味をようやく理解し、頷いた。


「う、うん……」


 だが本心では、父と同じ剣士になりたかった。しかし、命が掛かっているのだからと、呑み込んだ。不承不承ながらも、自分が魔法を駆使して魔物に対抗する姿を想像すると、自然と胸が高鳴った。


(いけないいけない! 遊びじゃないんだから!)


 かぶりを振って妄念を振り払っていると、フェアが言う。


「では僭越(せんえつ)ながら、魔法については私の方からご教示いたしましょう」

「よろしくお願いします」


 彼が微笑む一方、その相棒が言う。


「それじゃ、冒険者登録に行くか」


 エルガーとヴァールと先導されて、リーベは受付へ向かう。道中、周囲の人々がひそひそと彼女を噂する。


「エルガーさんの娘が冒険者になるってウワサは本当だったのか」

「ああ、これでこの街も安泰(あんたい)だな」


その言葉を耳にして気恥ずかしさを覚えつつも、身に余る期待に息苦しいものを感じていた。


 考えるまでもなく、今の彼女にはそんな力はない。

 それでも――だからこそ頑張らなければならないのだ。街のみんなの希望になるために。


 決意を新たに受付にやって来ると、カウンターの向こうでは受付嬢のサリーが目を丸くしていた。


「リーベちゃん⁉ まさか……ほんとうに冒険者になるの?」

「はい。これからお世話になります」


 リーベが一礼するとサリーは慌ただしく一礼し返す。


 それから金髪を紺色の制服の襟元でちらちら踊らせながら、親子を交互に見る


「え、エルガーさん。本気なんですか?」 


 振返向いた先でエルガーが頷くと、サリーはようやく現実のことと理解した。


「そ、そうですか……リーベちゃんが…………なんだか、感慨深いです」


 不安な目をした彼女だが、リーベが視線を合わせて頷くと納得し、小さく咳払いをして気持ちを切り替える。


「こほん……ご用件は冒険者登録でお間違いないでしょうか?」

「はい、お願いします」


 サリーはにっこりと微笑むと用紙を取り出した。


「それでは、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」

「わかりました」


 名前・性別・出身・住所・生年月日・家族構成・学歴・職業歴・冒険者学校卒業の有無などなど、空欄を埋めていく中で分からないところが出てきた。


「この『指導者名』っていうのは?」

「そちらは指導者――つまり師匠となる方のお名前を記入する欄となっています」


 サリーさんは言いながらヴァールを見やる。


「ああ。だからそこは、俺の名前で良いんだ」


 言われた通りに記入していると、リーベはふと思った。


「新人には必ず師匠がつくんですか?」

「いえ。規則では冒険者学校を卒業していない人に限り、師匠について1年以上の指導を受けなければならない決まりとなっております」

「まあ、学校出てる連中も大抵は師匠につくがな」


 エルガーは苦笑して言う。


(それは多分、純粋に生存率を上げるためなのだろうけど……そうなると、冒険者学校を出る意味って……)


 リーベの中に新たな疑問が芽生える中、ヴァールが彼女の手からペンを抜き取る。


「後は俺が書けば良いんだな」


 ヴァールがペンを走らせると、用紙には手紙で見た『ショドウ』めいた文字が刻まれていった。リーベが彼の手元を観察している間に記入は終わり、それをサリーが確認する。


 それから彼女は奇妙な見た目をした器具を取り出す。


 真ん中には計器があり、その左右には棒状の取っ手が取り付けられている。


 リーベが見慣れぬ器具に興味を惹かれていると、サリーが説明する。


「こちらは魔力測定器です。魔力量の多寡(たか)が冒険者登録に影響することはございませんが、参考までに測定させて頂く決まりとなっております。差し支えがないようでしたら、左右の取っ手を握ってください」

「わかりました」


 言われるまま取っ手を握り込むと、続いて力を抜くように言われた。


 すると真ん中の計器がグルグルと回り、3周半と少し回転した。


「361と……」

「あの、これって多い方なんですか?」

「いいえ。成人女性の平均が400ほどですので、リーベちゃんはやや魔力が低い傾向にあるみたいですね」

「そんな……」


(これから魔法使いになるというのに……)


 リーベがため息をつくとサリーが慌てて付け加える。


「ですが! 成人男性の平均が300ですので、魔法使いとしての適正が高いことに変わりはありません!」

「そ、そうなんですか」


(そういえばさっき、お父さんが『女なんだし、魔法使いの方が向いてるだろうよ』って言っていたのはこのことか)


 リーベは男女で魔力量の平均が異なることは知っていたが、100も違うのかと感心した……もっとも、その100がどの程度の差なのか、数字以上にはわからないのだが。


「このまま冒険者カードの作成に移らせていただきます。発行までに少々お時間を頂きますので、掛けてお待ちください」

「はい、よろしくお願いします」


 その言葉を最後に3人は受付を離れ、フェアたちの元へ戻る。


「どうやら無事に手続きを終えられたようですね」


 フェアが微笑む一方、エルガーは深い溜め息をつく。


「ああ……終わったな」


 リーベは娘として、その様子に申し訳ない思いでいっぱいだったが、陰気に負けてはいけないと自己を奮い立たせる。


(わたしは英雄の娘として、みんなの希望にならないといけないんだから!)


「あの! わたしも次の冒険に連れて行ってもらえるんですか?」


 勢いに任せて言うと、ヴァールが苦笑する。


「そう(はや)んなって。まだ道具とかも準備できてねえんだろ?」

「あ……そうだった」


 彼女があんぐりとすると、ヴァールは微笑みながら頭を掻いた。


「たく。そんな無計画じゃあ、先が思いやられるぜ」


(おじさんに無計画だと言われるなんて……)


 リーベが若干の敗北感を抱いていると、彼は仲間の方へ小さな瞳を向ける。


「んで。お前らはなんか良いもん見つけたか?」


 その問い掛けにフロイデが短く答えながら依頼書を取り出す。


「これ」

「どれどれ」


 リーベはつま先立ちになって横から依頼書を覗き込むと、『フライバーンの討伐』とあった。


「ふらいばーん?」

「馬鹿でかいトンボだ。飛んでるだけで暴風を起こす厄介なヤツなんだよ」

「へえ……」


(フライパンみたいな名前……)


 そんなくだらないことを考えている間にも冒険者3人は依頼を受けるため受付へ向かっていった。

 エルガーは彼らを見送ることなく娘に言う。


「リーベ。お前が戦うのはああいう化け物連中だってことを、よく頭に入れておくんだぞ?」

「う、うん……!」


 意気込んだその時、サリーに呼ばれた。冒険者カードが出来たのだ。


 リーベはわくわくさせられたが、そればかりではいけないと気を引き締めた。


 冒険者カードは特殊な素材で出来ており、金属のように固く、木材のように軽かった。


 エルガーはこれに対し、『火で炙ったくらいじゃへたれねえし、水に沈めても問題ねえ』と絶大な信頼を示した。


 滑らかな表面には名前や出身などの情報に加え、冒険者等級と識別番号が彫り込まれている。この数字を見た時、リーベはようやく冒険者になれたと実感できた。


「おお……!」


 灰白色のそれは、今のリーベにはまるで宝石のように輝いて見えた。


 繁々(しげしげ)と観察しているとサリーが微笑ましげに笑う。


「そちらはギルドで依頼を受ける他、各地での身分証にもなります。肌身離さず、なくさないようにお気を付けください」


 なくしてはいけないものなのだと思うと、途端に重たく感じられた。


「わ、わかりました……」

「ふふ、手続きは以上となります。リーベちゃんの活躍を心より応援しています」


 優しい言葉に送り出され、受付を離れるとエルガーは嘆くように独り言ちる。


「はあ……これでお前も冒険者か……」

「お父さん……」


 リーベの半歩先を歩いていたエルガーは立ち止まり、振り返る。


 その顔には苦しそうでありつつも、何処か清々しいものがあった。その感情がどういうものなのか、彼女には分かりそうで分からなかった。


「これからはヴァールの指示をよく聞いて、従うことだ。……いいな?」

「う、うん……おじさんの言う事は絶対だね」

「そうだ」


 わしゃわしゃと娘の頭を撫でると、「次行くぞ」と促す。


 依頼を受注していたヴァールたちに別れを告げ、今度は服屋にやって来た。


 ここは労働者向けの服――つまりは汚れても良い丈夫な服を専門に扱っている店だ。そんな性質上、女性向けの衣服は少なかったが、確かにあった。


 親子はここで厚手のブラウスとレギンスと毛皮のスカート、それに厚底ブーツと靴下を購入した。服は着替えもまとめて買ったが、とりわけ靴下は大量に買った。


「靴下こんなにいるの?」

「ああ。足を清潔にしねえやつから死んでいくんだ。お前も気をつけろよ?」

「うん」 


 そんなやり取りの後、次は防具屋に行くために、試着室で着替えてから移動する。


 防具屋はスーザンの武器屋の隣に所在する。あちらと同様に入り口の斜め上に看板を吊るしてあり、そこにはそこには盾のシンボルが描かれている。


 それを見上げた後、親子は入店する。


「こんにちは」

「おう、いらっしゃ――って! なんだその格好⁉」


 店主のダニエルはリーベの姿に驚愕し、椅子を蹴って立ち上がった。


「はは……実はわたし、冒険者になったんです」


 ここに来るまでに何度も同様の反応を見てきたため、彼女はすっかり慣れてしまっていた。


「マジか! いやいや、いつかこんな日が来るんじゃないかって思ってたぜ!」

「ほんとうか?」


 エルガーが冗談めかして問うと、ダニエルは「おうとも!」と力強く胸を叩いた。しかし力が強すぎたのか、激しく()せてしまう。


「ごほ! げほ!」

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……だいじょ――げほ!」


(説得力がないけど……大丈夫ならいっか)


「はー、しっかし。リーベちゃんが冒険者になるなんてな」


 正常な呼吸を取り戻したダニエルが、額に浮いた汗を拭いながら言う。


「ここ最近、嫌な話題ばかりだったから、励まされるよ。あんがとな」


 その一言になんだか報われた気がして、リーベは早くも冒険者になって良かったと思った。


「い、いえ! まだ何もしてないですから!」

「それもそっか。んじゃ、何でもできるようにしてやらねえとな。サービスしてやるから、何でも好きなもんを選びな」


 こうして防具選びが始まった――かと思えば、エルガーがテキパキと選んだために、すぐに終わってしまった。


 選ばれたのは胸当て、肩当て、肘当て、すね当て。そしてグローブだった。


 いずれも革製で軽量ながら丈夫な造りをしていて頼もしいことこの上ない。父の手を借りてこれらを纏うと、リーベは強くなった気がした。


「どうだ?」


 父の言葉に答える事なく、その場で足踏みしたり、体を捻ったりして具合を確かめる。


「うーん……ちょっと重くて、窮屈な感じ」

「防具ってのはそういうもんだ。締め付けられる感じはないか?」

「ううん、大丈夫だよ」 

「そうか――ダニエル、これをくれ」

「ああ、8割でいいぞ」


 ダニエルの厚意で安く買えたものの、それでも決して安い買い物ではなかった。


(防具ってこんなに高いんだ)


 感心する一方で、急にこんな高い買い物をして大丈夫なのかと、娘は心配した。煩悶としつつ退店すると、父は娘の心を読み取った。


「金の事なら気にすんな」

「でも……」

「どうせ腐らす金なら娘の為に使いたいんだ。だから気にすんな」

「……うん、ありがと」

「んじゃ、帰るか」

「あれ? 武器は買わないの?」

「魔法杖のことは俺にはわかんねえからな。フェアが戻って来てからだ」

「あ、そっか……」


(ちょっと残念)


「荷物とかはどうするの?」

「リュックは俺が使ってたのがあるし、薬とかも一通り揃ってる。携帯食は出発前に買うとして……今はこれで十分だろう」

「そっか。じゃあ早く帰らないとね」

「ああ、シェーンも待たせちまってるからな」


 リーベが今纏っているものはどれをとっても華やかとは言えないが、ドレスと同じくらい素敵なものに思えた。だからこの姿を一刻も早く母に見せたいと、無邪気に脚を速めるのだった。






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