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想像の国のゼンパンク  作者: Kikuchi
第5章 (空人) 隠された歴史
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 ゼンジニアリングの研修が始まってから、体感でおよそ一週間が過ぎた。実際にはどれだけの時間が経っているのか分からない。ゼンパンクの中では時間の進みが現実世界とは異なると説明されていたが、その感覚は曖昧だった。初日は戸惑いばかりだったが、次第にこの場所のルールにも慣れてきた。

 研修の内容はシンプルだが、奥が深かった。自分の思考を具現化する——頭の中で描いたものをそのまま物質として形にするというのがゼンジニアリングの基礎だった。しかし、これが思いのほか難しい。ただ「こうなってほしい」と思うだけでは不十分で、細部まで明確にイメージしなければならない。たとえば椅子を作ろうとするなら、その素材の感触、重さ、細かい傷や色のムラまでも思い浮かべる必要があった。

 そんな作業を繰り返すうちに、空人はふと過去の記憶を思い出した。(……明晰夢だ) 空人が高校生の頃、一度だけ見たことのある不思議な夢。あの時、彼は夢の中で自分の意思を持って自由に動くことができた。普通の夢なら流れるように展開するはずが、その夢の中では「自分が次に何をしたいか」を選ぶことができた。自転車に乗りたいと思えば、ふと振り返った瞬間にそこに自転車が現れていた。 ゼンジニアリングの技術は、その明晰夢に似ている気がした。だが、違いもあった。夢の中では想像しただけで物が現れたが、ここではより高度な集中力と明確なイメージが必要だった。 夢の世界を現実にする技術。そんなことが本当に可能なのかは、全く分からない。しかし、科学技術が進んだ現在でも、この世界には依然として未知の領域が多数存在している。「夢」もそのうちのひとつだと言えるだろう。政府が「空人の知らない新しい技術」を開発していたとしても、決してあり得ない話ではないはずだ。


 ある日の昼、研修の合間に食堂で大河内とランチを食べていた。食堂はゼンジニア専用の施設で、未来的なインテリアが施され、どこか非現実的な雰囲気が漂っていた。壁にはデジタルアートが流れ、テーブルは無重力に浮かぶ透明な球体として配置されている。食事もまた、驚くほどリアルな味と香りを持ちながらも、どこか現実離れしていた。

「いやぁ、今日のトレーニングもキツかったな……」 大河内は笑いながらプレートのサンドイッチにかぶりついた。その表情は明るく、一見すると何も変わらないように見えた。しかし、空人はなんとなく違和感を覚えた。

「大河内……最近どうだ? 疲れてないか?」 空人は何気なく尋ねた。

「ん? 全然! むしろ快適すぎて。なんかここにいるとさ、現実のことなんかどうでもよくなってくるよなぁ」 大河内は笑顔のまま言ったが、その言葉が空人の胸に引っかかった。以前の大河内なら、こんな発言はしなかったはずだ。彼は現実世界でも好奇心旺盛で、何かを成し遂げようという意欲に満ちていた。それが、今はまるでゼンパンクの一部に溶け込んでしまっているようだった。

「……現実のことがどうでもいい?」 空人は眉をひそめた。

「ああ。だってさ、ここは最高だろ? 何でも手に入るし、苦労しなくても楽しいことがいっぱいある。正直、現実に戻る必要なんて感じないんだよな」 大河内は無邪気な笑顔を浮かべていたが、その目の奥にはどこか虚ろな光が宿っているように見えた。

 空人の頭に、あの錠剤のことが浮かんだ。ゼンジニアリングに適応するために支給された錠剤。空人はそれを意図的に飲んでいなかったが、大河内を含めた他の同期たちは毎日欠かさず服用している。(……もしかして、あの錠剤が影響しているのか?)

 大河内の変化が、ゼンパンクそのものの魅力だけで説明できるとは思えなかった。記憶が少しずつ薄れているような彼の態度——それは単なる適応ではなく、何か意図的なものを感じさせた。

「お前、家族のこととか……思い出したりしないのか?」 空人は慎重に尋ねた。

「家族……? ああ、そういや俺、兄貴がいたっけな。でも、別に気にならないよ。今はここで十分だし」 大河内はケラケラと笑いながら答えた。しかし、その無邪気な声が空人の胸を冷たく締め付けた。

 食堂を出た後も、空人の頭の中には疑念が渦巻いていた。(ゼンパンクはただの仮想空間なんかじゃない。ここには何かが隠されている——)


 ゼンジニアの研修が終わった後、空人は夜のゼンパンクの街を一人で歩いていた。ネオンがきらめく街並みは美しく、仮想空間だということを忘れさせるほどリアルだ。しかし、その美しさの奥に、言葉では説明できないわずかな違和感が心の隅に残っていた。

 気づけば足は自然と、あの夜に訪れた〈LUXURIA〉に向かっていた。あの女性——初めてゼンパンクの真実に触れたような気がした、あの不思議な言葉を残した女性が、何かを知っているかもしれないと考えたのだ。

 煌びやかな入り口をくぐり、受付に立つスタッフに声をかける。

「前にここで働いていた、黒髪の……あの、細身の女性を探してるんです。名前は忘れてしまったんですが……」

 スタッフは一瞬だけ空人を見たが、その表情には何の感情も浮かばなかった。まるで機械のような無機質な口調で答える。

「該当するキャストは既に退店しました」

「……え? そんな、つい数日前に——」

「退店しました」

 ぴしゃりと遮るような口調に、それ以上何も言えなかった。スタッフの態度は冷たく、それ以上の情報を引き出せる雰囲気ではない。空人は仕方なく店を後にしたが、胸の中に妙な引っかかりが残った。

(あれは偶然なのか? それとも……)

 ゼンパンクの街は、依然として魅力的で活気に満ちている。しかしその輝きの裏に、何か大切なものが隠されている気がしてならない。人々の笑顔も、活気ある声も、どこか作り物めいて見え始めた。

(何かがおかしい……大河内の変化も、錠剤も、全部繋がっている気がする)

 ふと、頭に浮かんだのはアーカイブ・タワーの存在だった。研修中に聞いた、ゼンパンクの全ての記録が保管されている場所だ。あそこなら、ゼンパンクの設立経緯や、この場所の本質に近づけるかもしれない。

(この世界には、何か隠された歴史があるはずだ)

 空人は深く息を吸い込み、アーカイブ・タワーへ向かう決意を固めた。

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