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ゼンジニアの初日トレーニングを終えた夜、空人は自室のベッドに腰を下ろしていた。天井を見上げながら、今日一日の出来事が頭の中をぐるぐると巡る。イメージした物体を現実のように形にする――理屈は単純なはずなのに、実際にやってみると想像以上に難しかった。ゼンジニアとしての適応のために配られた錠剤を飲まなかったことも気にかかる。ほかの同期たちはためらいもなく薬を口にしたが、空人は妹や母の病気を通じて薬に対する不信感を抱えていた。
頭の奥で違和感がくすぶる中、突然ドアがノックされた。軽快なリズムに戸惑いながら扉を開けると、そこには陽気な笑みを浮かべた大河内が立っていた。
「おい、松島! いつまで部屋にこもってんだ。せっかくゼンパンクに来たんだぞ、今夜は街に繰り出そうぜ」
その無邪気な笑顔と勢いに、空人は一瞬迷った。しかし、このまま部屋に閉じこもって考え込むよりは、外に出て気分転換をした方がいいのかもしれない。そう思い直し、軽く頷いた。
「……ああ、行くか」
二人は寮を出て、夜のゼンパンクの街へと繰り出した。昼間に見た街の風景とは一変し、夜のゼンパンクは幻想的な輝きで包まれていた。無数のネオンが空を照らし、通りを覆う透明なアーチには光の粒が降り注いでいる。まるで星空の中を歩いているような錯覚を覚えた。
通りには未来的なファッションに身を包んだ人々が溢れていた。発光素材の衣服を身にまとった者、全身ホログラムで飾られた者、さらには半透明のドローンペットを連れて歩く者までいる。それぞれが現実の制約を超えた自由を楽しんでいるのが、見て取れた。
「ここが仮想空間だなんて信じられるか?」
大河内は満面の笑みでそう言い、空人も思わず笑みを返した。
「……本当に現実みたいだな」
まず二人が向かったのは、ステーション近くにある高級バーだった。ガラス張りの外観からは内部の煌びやかなシャンデリアが見え、扉を開けると甘く芳醇なカクテルの香りと、滑らかなジャズの調べが迎えてくれた。バーテンダーは完璧なスーツ姿に身を包み、カウンター越しに優雅な動作でシェイカーを振っている。
「これ、全部無料ってマジかよ……?」
大河内はカウンターに腰を下ろし、店内をぐるりと見渡してから、驚き混じりに呟いた。
「おい、一番高いやつ頼んでみるか」
期待に満ちた声でバーテンダーに声をかける。
バーテンダーは微笑みながら、黄金色に輝くリキュールを注ぎ、氷が静かにグラスの中で踊った。空人も負けじとカクテルを注文し、二人はグラスを掲げて乾杯する。
「ゼンジニアの特権ってやつだな」
大河内はニヤリと笑い、グラスを傾ける。
舌に絡みつくような滑らかさ――これが仮想空間で作られたものだとは信じられないほどリアルな味だった。酔いが回るにつれて、大河内のテンションはさらに上がり、二人は次々と店をハシゴすることになった。
次に訪れたのは、壁一面に最新のホログラム映像が映し出されるクラブだった。
扉をくぐると、眩い光と爆音が全身を包み込む。フロアの中央では、無重力エリアに浮かんだダンサーたちが、光の波の中で踊っていた。壁一面には無数のホログラムが映し出され、宇宙空間のような幻想的な風景が広がっている。まるで銀河の中に迷い込んだような感覚だった。
低音のビートが鼓膜を揺らし、重厚なリズムが身体の奥まで響く。空人は自然と足を動かし、大河内と共にフロアへと繰り出した。
「やばい、これはクセになるな……」
大河内が息を切らしながら、楽しそうに笑った。
最初はぎこちなかったが、次第に空人の身体もリズムに馴染んでいく。揺れる光、熱気、響き渡る音。現実とは思えないほど鮮烈な感覚が、意識を飲み込んでいった。
どれくらい踊ったのか――時間の感覚すら曖昧になっていた。
そして、踊り疲れたころ、大河内は満足げに腕を組んで言った。
「さて、次はもっと面白いところに行くか」
そう言って、空人を引きずるように向かったのは、ジェットバイクのレンタルショップだった。
未来的なデザインのバイクが宙に浮き、青白い光を放ちながらスタンバイしている。軽く手をかざすと、バイクの外装が流れるように変形し、乗り手に合わせた最適な形へと調整される。
「よし、乗るぞ。お前、運転できんの?」
大河内がヘルメットを被りながら、挑発するような目で空人を見た。
「まあ、なんとかなるだろ」
空人も苦笑しつつ、バイクに跨る。
エンジンをかけると、バイクがふわりと宙に浮いた。アクセルをひねると、一気に空中へと飛び出す。
透明な道路は高層ビル群の間を縫うように走り、風を切る感覚がリアルに全身を包み込む。バイクの振動や空気の抵抗、重力の変化までが細部まで再現されていた。
「これ、本当に仮想空間なのか?」
空人は驚きと興奮を隠せなかった。
眼下に広がるゼンパンクの夜景はまるで宝石箱のように輝き、遠くの建物の灯りが星のように瞬いていた。ビルの屋上にはネオンが点滅し、透明なスカイウォークを行き交う人々の姿がぼんやりと浮かび上がる。
――ここは本当に「夢」の中なのか?
どこまでも広がる空、遠くに見える仮想の海。その美しさに、現実との境界が曖昧になるのを感じた。
バイクを走らせながら、大河内が満足そうに笑った。
「最高だったな。もう今日は十分遊んだ」
空人も小さく笑い、バイクをゆっくりと降りる。重力が身体に戻る感覚が少し不思議だった。
「そろそろ戻るか」
大河内がそう言い、二人はジェットバイクを返却すると、寮へと歩き出した。
寮に戻るころには、すっかり夜も更けていた。
ベッドに横たわると、一瞬で身体が沈み込むような感覚に襲われた。
――ゼンパンクに来て、初めての夜。
仮想と現実の狭間で、意識はゆっくりと沈んでいった。




