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「そろそろ行く? カラオケ」
「行こうよ」
派手な化粧をした一人の女子高生の提案に、一人が賛成し、残りの高校生がぞろぞろと立ち上がる。
「おい、哲哉。俺やっぱり…」
「カラオケ、だろ? 逃げんなよ、遼介。これからだぜ、これから」
その場を抜けだそうとする遼介の肩を、ポンッと哲哉が叩いた。そのままガシッと肩をつかみ、半ば自分を引きずるように歩みだした哲哉に、遼介は苦笑する。逃がしてくれそうもない。
「あ…っ…」
その時、女子高生の一人が声を上げた。皆がその視線を追う。
店に入ってきたばかりの少女の姿に、女子全員が顔を見合わせた。
少女は店内をゆっくりと見回す。
「知り合い?」
短い髪をつんつんに立てた男が首を傾げる。
「知り合いっていうか…同じ学校の子」
五人の女子高生は互いに顔を見合わせる。どの顔も、すっきりしない表情。
「へぇ…。カワイイじゃん。誘ってくか?」
両耳に合計五個のピアスをしている男が、ポケットに手をつっこんだまま言った。
「えぇ~、ありえない。絶対盛り上がんないし」
「大体何でアンドロイドがこんなトコいるの?」
五人の女たちは一斉に却下した。
「アンドロイド?」
哲哉が眉根を寄せる。
「そ。だってあの子友達いないし、作ろうともしないし?」
「無表情、無感動」
「あそこまでいくと怖いよね、何か」
「得体が知れない、ってゆーか…」
「しゃべんないし、何考えてんのかさっぱりだし」
口々に好き勝手なことを女たちははき捨てる。
その時、自分が話題にされているのを感じたのか、あるいは偶然か、その彼女が彼らを振り返った。
端麗な容姿。無表情の仮面。
確かに近寄りがたい不思議な空気。
「…………っ…」
その視界に入った彼らは全員、息をのんだ。
その瞳にとらわれる。
彼女の瞳が彼らの顔を順番に見てゆく。一瞬停滞した瞳。
その数秒の間、呼吸も忘れ、ただ一歩もその場から動けなかった。
だが一通り見渡すと、すぐに彼女は瞳をそらす。
同時に、ようやく詰めていた息を吐き出す皆。
彼女はそれ以上彼らを気にすることなく、すぐに店を出て行った。
「……………」
皆、視線を交わす。
「……ね? 変な子でしょ?」
「大体何しに来たんだろ。すぐ出てくし」
「ま、アンドロイドはほっといて、カラオケ、カラオケ~」
女子高生たちが口を開き、気を取り直すように歩き出す。
「……ん…? どうしたんだ?」
哲哉に声をかけられ、一人立ちつくしていた遼介はハッと我に返った。
「いや………、何でもない…」
歩き出した遼介は、もう一度だけ、彼女の出て行った扉を見やった。
「幻、現…」
人ごみの中、少女が呟く。
うまく人間の足をよけ、いつの間にか二匹の猫が彼女の足元でじゃれあうように前になり、後ろになり、歩いていた。
人波が途切れた。
三色の瞳で見上げる二匹の猫に、少女は腕をさしだした。
白猫はすぐに飛び乗り、腕を伝って、肩に登る。甘えるように彼女の頬にすり寄り、その肩口で鳴いた。
黒猫はしばらく彼女を見上げていたが、彼女が黒猫を見ると、ふいっと視線をそらす。
彼女は気にすることもなく、黒猫を抱き上げた。
再び彼女をちらりと見やってから、そっぽを向いて黒猫は小さな鳴き声を上げる。
「…そっか。ありがとう」
彼女は唇の端を微かに持ち上げた。
そして再び、その小さな背中は人ごみにまぎれた…。
* * *