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神宿り  作者:
第1章
8/103

7

 両親の見守る中、神父は聖書を片手に『悪魔祓い』の儀式をしていた。


 『ゆりえ』という名の女の子は、暴れないよう、幼い体をベッドに縛り付けられている。

 時折、その口からうなり声が漏れる。


 神父が女の子に聖水を振りかけた。

「ぐるぁぉおぉぉぉぉぉ~~~~っ!!」

 一際大きな咆哮を上げ、幼子は苦しそうにもがく。


 駆け寄ろうとする両親を、シスターがとめる。

 女の子の口からほとばしる絶叫が、次第に弱まり、ついには途切れた。

 神父が慎重にその顔を覗きこんだ。女の子はまぶたを閉じていた。


 神父はほっと息をつく。

 弱々しく、少女が目を開いた。

 その焦点が、神父に定まった。


 そして…。


 女の子が笑った(・・・)


「ぐぁうぅっ!!」

 幼子が()えた。唯一動く頭が跳ね上がる。

 神父の体が、はじかれたように後ろによろめく。


「神父様っ!」

 シスターが神父の体をささえようと、手をさしのべる。

 だが、その手を借りることなく、神父は踏みとどまり、体勢を立て直した。

 女の子の頭が、枕の上に落ちる。


「「優梨江ゆりえっ!!」」

 両親が声を上げ、ベッドに駆け寄ろうとする。

 シスターが制した。


 女の子はぐったりとして、動かない。

 そのまぶたは、閉ざされている。

 女の子の顔を覗き込んでから、神父がゆっくりと両親を振り返った。


「大丈夫です。さっきのが最後の抵抗だったのでしょう。もう、元のお嬢さんですよ」

 神父がにっこりと微笑んだ。


 両親が我が子に駆け寄る。すぐにベッドに縛り付けられていた体を、自由にした。

 父親が、そっと娘を抱き上げた。その顔は、安らかな幼子のもの。


「優梨江…」

 母親が震える指先で娘の頬に触れた。

 それを待っていたかのように、優梨江の閉じていたまぶたがゆっくりと持ち上がる。


「……パパ…? ママ…?」

 優梨江が心配そうな両親を、不思議そうに見上げた。

「優梨江…っ」

 母親が涙を流し、我が子を夫の腕から譲り受ける。

 父親はただ、無言で二人の体を抱きしめた。


「感動的ですねぇ…」

 神父がつぶやいた。

「ええ。本当に…」

 シスターも感動したように何度もうなずく。

 神父は口許にうっすらと笑みを刻み、静かに室内の光景を眺めていた…。


*       *       *


「…………………」

 少女が足早に人ごみを抜けた。

 いつの間にか、住宅街へ来ている。


「…幻、現……」

 少女が呟き、白猫が応えるように鳴いた。少女は再び角を曲がる。

「………いつもと感じが違うね…」

 静かな少女のに、肩の上の黒猫と白猫は、顔を見合わせた。


 二匹の猫の反応を確認すると、少女はさらに足を早めた。


*       *       *


「ありがとうございました、神父様」

 娘を腕に抱き、父親が深々と頭を下げる。

 二階建ての一軒家の、玄関前。優梨江とその両親の住む家だ。


「ほら、優梨江も神父様にご挨拶は…?」

 隣で深々と頭を下げてから、母が優梨江に言った。


 優梨江は父親の腕の中で、小刻みに震えている。

「優梨江…?」

 父親も不思議そうな顔をした。


 優梨江がしっかりとしがみつき、己の胸元にきつく顔をうずめたまま、動こうとしなかったからだ。


「構いませんよ。先ほどの恐怖が残っているんでしょう」

 神父は笑顔で言った。


「すみません。この子、人見知りが激しいので…。でも……神父様にはなついてたはずなのに…」

 母親が不思議そうに首を傾げていた。


「では、私たちはこれで…」

「本当に、ありがとうございました」

 両親は再び礼を述べた。

「あなた方に、神のご加護を…」

 にっこりと笑みをたたえたまま、神父はきびすを返した。

 シスターも一礼してから、神父に続く。


 両親が深々と頭を下げ、見送った。

 ようやく顔を上げた優梨江が、まだ小刻みに震えながら神父の背中を凝視していた。その顔には、恐怖が張り付いている…。


*       *       *


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