7
両親の見守る中、神父は聖書を片手に『悪魔祓い』の儀式をしていた。
『ゆりえ』という名の女の子は、暴れないよう、幼い体をベッドに縛り付けられている。
時折、その口からうなり声が漏れる。
神父が女の子に聖水を振りかけた。
「ぐるぁぉおぉぉぉぉぉ~~~~っ!!」
一際大きな咆哮を上げ、幼子は苦しそうにもがく。
駆け寄ろうとする両親を、シスターがとめる。
女の子の口からほとばしる絶叫が、次第に弱まり、ついには途切れた。
神父が慎重にその顔を覗きこんだ。女の子はまぶたを閉じていた。
神父はほっと息をつく。
弱々しく、少女が目を開いた。
その焦点が、神父に定まった。
そして…。
女の子が笑った。
「ぐぁうぅっ!!」
幼子が吼えた。唯一動く頭が跳ね上がる。
神父の体が、はじかれたように後ろによろめく。
「神父様っ!」
シスターが神父の体をささえようと、手をさしのべる。
だが、その手を借りることなく、神父は踏みとどまり、体勢を立て直した。
女の子の頭が、枕の上に落ちる。
「「優梨江っ!!」」
両親が声を上げ、ベッドに駆け寄ろうとする。
シスターが制した。
女の子はぐったりとして、動かない。
そのまぶたは、閉ざされている。
女の子の顔を覗き込んでから、神父がゆっくりと両親を振り返った。
「大丈夫です。さっきのが最後の抵抗だったのでしょう。もう、元のお嬢さんですよ」
神父がにっこりと微笑んだ。
両親が我が子に駆け寄る。すぐにベッドに縛り付けられていた体を、自由にした。
父親が、そっと娘を抱き上げた。その顔は、安らかな幼子のもの。
「優梨江…」
母親が震える指先で娘の頬に触れた。
それを待っていたかのように、優梨江の閉じていたまぶたがゆっくりと持ち上がる。
「……パパ…? ママ…?」
優梨江が心配そうな両親を、不思議そうに見上げた。
「優梨江…っ」
母親が涙を流し、我が子を夫の腕から譲り受ける。
父親はただ、無言で二人の体を抱きしめた。
「感動的ですねぇ…」
神父がつぶやいた。
「ええ。本当に…」
シスターも感動したように何度もうなずく。
神父は口許にうっすらと笑みを刻み、静かに室内の光景を眺めていた…。
* * *
「…………………」
少女が足早に人ごみを抜けた。
いつの間にか、住宅街へ来ている。
「…幻、現……」
少女が呟き、白猫が応えるように鳴いた。少女は再び角を曲がる。
「………いつもと感じが違うね…」
静かな少女のに、肩の上の黒猫と白猫は、顔を見合わせた。
二匹の猫の反応を確認すると、少女はさらに足を早めた。
* * *
「ありがとうございました、神父様」
娘を腕に抱き、父親が深々と頭を下げる。
二階建ての一軒家の、玄関前。優梨江とその両親の住む家だ。
「ほら、優梨江も神父様にご挨拶は…?」
隣で深々と頭を下げてから、母が優梨江に言った。
優梨江は父親の腕の中で、小刻みに震えている。
「優梨江…?」
父親も不思議そうな顔をした。
優梨江がしっかりとしがみつき、己の胸元にきつく顔をうずめたまま、動こうとしなかったからだ。
「構いませんよ。先ほどの恐怖が残っているんでしょう」
神父は笑顔で言った。
「すみません。この子、人見知りが激しいので…。でも……神父様にはなついてたはずなのに…」
母親が不思議そうに首を傾げていた。
「では、私たちはこれで…」
「本当に、ありがとうございました」
両親は再び礼を述べた。
「あなた方に、神のご加護を…」
にっこりと笑みをたたえたまま、神父はきびすを返した。
シスターも一礼してから、神父に続く。
両親が深々と頭を下げ、見送った。
ようやく顔を上げた優梨江が、まだ小刻みに震えながら神父の背中を凝視していた。その顔には、恐怖が張り付いている…。
* * *




