14
翌朝、創樹は肌寒さに目を覚ます。
ベッドからおりると、隣のベッドから幻が這い出して来た。創樹は小さな笑みを浮かべ、手を差し出す。白猫が嬉しそうに創樹の肩に登った。
創樹は自分のベッドから毛布をとって、峰春に着せかけてやる。
「おはよ、砕牙」
それからのっそりと立ち上がった虎に、抱きついた。
「今日はいい天気になりそうだね」
窓の外を見て、そっとつぶやく。
音を立てないようにはしごをおりて、顔を洗い軽く身支度を整える。と言っても、着替えもなければ櫛もない。峰春は貸してあげると言っていたが、勝手に借りるのもまずいだろう。
ロフトで待とうと引き返す。ふと、一階には人の気配と宿神の気配がひとつずつしかないことに気づいた。
首を傾げつつ、静かにはしごを登る。
ふと、白猫と黒猫が顔を見合せ、創樹の肩から消えた。
「?」
首を傾げつつはしごを登りきると、砕牙に身を寄せる。と、猫たちが現れた。創樹の靴を持って。
創樹が頷き、靴を手にすると、猫たちはその肩に登る。
ロフトの窓を開け、創樹は虎の背にまたがった。創樹が身を伏せたのを確かめ、砕牙が窓から飛び出す。
地面に着地すると、創樹は振り返りロフトの窓を示す。砕牙が立ち止まり、ロフトの窓をひとにらみすると、窓が閉まった。
創樹は靴を履いて、砕牙から降りる。二匹の猫も、地面に飛び降りた。
「ありがと。砕牙も休んで。ずっと夜の間、警戒しててくれたんでしょ」
創樹が微笑み、砕牙に抱きつく。虎は創樹に優しいうなり声を上げると、消えた。
二匹の猫が、地面を跳ね回る。創樹は猫たちを追った。はく息が白い。
猫たちは跳ね回りながら、木々の間を分け入る。創樹も小走りに追いかけた。
うっすらと汗ばんできた頃、無秩序に走っていた猫たちが、ふと、立ち止まる。創樹もその気配に気づいた。
「みゅっ!」
白猫がまず、駆け出す。黒猫と創樹は顔を見合せ、それから後を追った。やがて、一人と二匹は立ち止まる。
『おはよう。朝の散歩か?』
そこにいたシグが振り返り、額の汗をぬぐうと微笑んだ。ライオンの姿はない。
『おはようございます。ええ、この子たちが外に出たがったので』
創樹も挨拶を返し、猫たちを示す。
「みゅ?」
白猫がシグの肩の上に跳び、首を傾げる。
『えっと? 何をやっているのか聞きたいのか?』
シグが幻に問い、幻は頷いた。
『トレーニングだよ。習慣でね。カラテとタイキョクケン』
「ミャウ?」
『え~っと…何でか、って聞きたいのかい?』
黒猫が地面から声をあげ、シグが問う。黒猫が頷いた。
『鬼の相手する時も身のこなしを最低限にすることで、体力消耗を抑えられる。それに、鬼じゃない相手の場合、力を使わずに切り抜けた方が、記憶を抜く手間を省ける。宿神がロードでライオンだから、そうそう出て来てもらうのもな。それに、日本や中国の格闘技は精神力を高めるものも多いから、宿神の力を使う際にも、精度や威力が違ってくる。宿主である俺自身の技も増えるしね』
『凄いですね』
猫たちが感心したような声を上げ、創樹も言った。
『結局は自分のためさ。初めは半強制だった。一応俺たちは毎朝トレーニングするように言われてるんだが…』
『梁さんや…ミスター……』
『ザット?』
『はい。彼も?』
『いや。梁は一度もしたためしがない。宿神が小さいから普段出しておいても大して問題ないしな。ザットは気が向いた時にはするが…元々寝坊がちだから時間がない』
シグは肩をすくめた。創樹がクスッと小さく笑う。
『梁さんに、彼、か…』
シグはそんな創樹を見つめ、つぶやく。
『?』
『梁のことは梁さんと呼べる。だが…俺たちに“さん”をつけようにも…俺たちのファーストネームしか知らないから、呼べずにいたんだろう?』
フッと笑うシグを見つめ、創樹は淡い苦笑を浮かべて頷いた。
『律儀だな。だが、そんなことは気にしなくていい。年齢を気にしてるのなら、梁だって年下だ。一応ジュキョウの影響が根強い国の血が混じってるというのに、言いたい放題だしな』
シグの言葉に、創樹は頬を緩める。
『シグにザット。それでいい』
それからシグに重ねて言われると、創樹も頷く。
『“シグ”に“ザット”ですね。…私も“創樹”で構いませんよ? ザットみたいに、“ソウ”でも』
創樹は穏やかに告げる。
『…呼びにくいんでしょう? “神代”って。シグは、ザット以外、名字で呼ばれているようですし』
創樹の言葉に、シグは頷いた。
『日本人の名字は発音しにくい。“クボタ”は、まぁいいとして、“タニムラ”とか“イシハラ”だとか…』
眉根を寄せるシグ。
『日本語は母音過多ですからね…』
『ああ。よく噛まないな』
くすっと笑った創樹に、シグが苦笑した。
シグはふとその表情をひっこめると、創樹を真っ直ぐ見つめた。創樹はただ、その鋼色の瞳を見つめ返す。やがて、フッとシグは眼光を緩める。
『ファーストネームで呼ぶのは俺のポリシーに反するが、今回は仕方ない。“ソウジュ”と呼ばせてもらうよ』
それから言ったシグの言葉に、創樹は頷いた。




