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神宿り  作者:
第3章
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53/103

13

「!!」

 創樹は突然襲いかかった違和感に、目を見開く。苦痛が、広がる。

「?」

 姿を消して出てきていた黒猫と白猫が、不思議そうに顔を見合わせる。

 体内をかき乱されるような苦痛…。


「…あれは…」

 窓の外に、何か、嫌なものが舞い落ちるのを感じた。

「創樹…?」

 咲也が不思議そうに振り返る。

「…兄さん、窓の、外」

「窓…?」

 苦痛を見せないようにしながら、慎重に言った創樹に、咲也が首を傾げ、カーテンを開けた。


「何もないぞ…?」

「…下。窓枠のところ…」

 創樹に言われ、咲也は見直す。

「紙が…こんなところに…」

 咲也は窓を開け、それを拾い上げると、再び窓を閉めた。それから紙に目を落とす。そして、息を呑んだ。急いでカーテンを引く。


「例の、脅迫状でしょ…?」

 創樹の言葉に首を横に振り否定すると、咲也はその紙を机に置く。

「…見せて。わかってるから」

「…見なくていい」

 咲也は静かに首を振った。


「…お願い、兄さん。見せて…」

 創樹の言葉に、ひとつため息をつき、咲也は紙を創樹に渡した。

『力を失いたくなければ従え。命がけのゲームだ』

 なるほど。やはりあの男…ホンマ・ケンジとやらが、この苦痛の原因らしい。

 猫たちが懸念するように注意をうながす。


(新しい機械…?)

 今度は、宿主に作用する機械か…。

(…駄目だよ、砕牙。さすがの兄さんも、砕牙が出てきたら驚くくらいじゃ済まない)

 体内からの感覚に、創樹は答える。それから猫たちも一応戻した。


「創樹…? 大丈夫か…? 顔色が悪いぞ…?」

「大丈夫。ありがとう、兄さん。私はちょっと休むから、兄さんは続けて。終わらせないと、月曜から、大変なんでしょ?」

 兄に顔をのぞき込まれ、創樹はかすかに笑みを浮かべて見せた。

「ああ…」

 創樹がベッドに横たわるのを確認すると、咲也は気がかりそうにしながらも、重ねて言われ、作業に戻る。

 創樹は静かに、兄に気付かれないように息を整える。


 息苦しい。

 体が内側からはじけてしまいそうだ。

 熱い。

 創樹は布団からそっと這い出ると、壁にもたれ、じっとうずくまった。


「創樹…?」

「…大丈夫。ちょっと暑いから…」

 心配そうに振り返る兄に、創樹は微笑む。

 眉根を寄せつつ、咲也は再び作業に戻る。

 兄に気づかれないように、静かな、深い呼吸を繰り返す。

 だが、朦朧(もうろう)としてきた。

 体を、支えきれない…。

 ドサッとベッドに倒れ込む。


「創樹!」

 兄の声が聞こえる。

「何だ…?」

 体が支えられる。額に手が当てられる。

「凄い熱じゃないか…っ! 大丈夫かっ!?」

「駄目…兄さん、離れて…」

 創樹は声を絞り出した。


「兄さんの、力、吸い取ってしまうから…離れて…」

 これ以上の疲労は危険だ。体が自動的に生命エネルギーを調達してしまう。

「力を、吸い取る…?」

「……生まれた時……私は、生き残った…。色んな、命を…吸い取って…」

 咲也はしぼり出された創樹の言葉に、愕然(がくぜん)とする。知ってたのか…そんな瞳で己を見つめる兄。


「知ってた。…だから、お母さんが、私を、怖がってることも…全部、知ってる…。離れて…兄さんの力、吸い取ってしまう…」

 創樹は動かない体を動かして、兄を押しやる。

「いつから…」

 突き放された体勢で、呆然と咲也はつぶやく。

「…ずっと、前から……」

 ベッドの上でうずくまり、荒い息をつきながら、創樹は答える。


「だから…」

 だから…知っていたから、創樹は友達も作らず、家族の輪に入ろうともせず、一人、いつも離れたところにいたのだと、咲也は悟る。

「創樹…」

 咲也は体勢を整え直し、創樹の額に浮かぶ汗を、手近にあったタオルでぬぐう。

「大丈夫。離れて…」

 創樹は、静かに兄に告げた。もう、限界が近い…


『大丈夫か?』

 ふいにそばで聞こえた声に、咲也はぎょっとして、飛びすさる。シグの姿が、そこにあった。

「誰だ…!?」

 咲也が声をあげる。自分と同じか、あるいは少し年下かと思われる青年。

『…もろにきているみたいだな。生命エネルギーを補給するといい』

 咲也の言葉は無視し、シグは持っていたみずみずしい葉の茂った木の枝を、創樹にさし出す。


『生命エネルギー? 何の話だ?』

 咲也が英語に切り替え、つぶやき、創樹が木の枝を受け取った。

 一気に、その葉が、枯れ落ちた。

 創樹が、ふうっと、軽く、息をはき出す。


『…どこから君は……』

 まじまじとその様子を見たが、それ以上何も言うことはなく、咲也はシグに問う。

「兄さん、大丈夫。私の、知り合い」

 創樹は咲也に、静かに告げる。


『さっき…』

 苦痛をこらえながら、創樹は握りしめて、しわくちゃになった紙をシグにさし出す。

『またか? …何て書いてある…?』

『…力を…失いたく、なければ…』

 シグの気づかう口調の問いに、創樹は荒い息ながら、答える。


『…何て、書いてある?』

 シグは創樹の様子に、咲也に問い直す。

『……【力を失いたくなければ従え。命がけのゲームだ】……そう、書いてある…』

 咲也は警戒しつつも、答える。

『そういうことか…』

『大丈夫か?』

 シグのつぶやきが終わらない内に、別の男の声がした。咲也が再びぎょっとしてそちらを見やる。


『もろに彼女にきてる。俺たちの比じゃない』

 シグが答えた。

『それと、また、彼女に脅迫文。【力を失いたくなければ従え。命がけのゲームだ】だそうだ』

『じゃあ、ユンがああなったのも…』

 ザットの言葉に、シグは頷いた。


『ああ。もう、ゲームとやらは始まっているらしい』

『ふざけたやろうだぜ。大丈夫か? ソウ…』

 ザットが心配そうに、脂汗を浮かべ、荒い息をつく創樹を見つめる。


『梁は?』

『置いてきた。ショック受けてるから、ちょっと休ませてる』

『そういえば、ユンが外に出てる時は、別に苦しくなかったと梁は言っていたな?』

『ああ』

『…宿神を狙ってるのか』

 シグが静かに呟く。


『梁さんと、雲が…どうか、したんですか…?』

「創樹」

 何とか身を起こそうとする創樹を、咲也が支えた。

『突然の違和感に襲われた時、梁はユンを出していたんだ。ユンが苦しげに身をよじりながら、輪郭をあいまいにして、どこかに流されそうになった。すぐにユンを戻させて連れ去られはしなかったが、ユンの力の一部が失われたと、梁が』


『…私の場合、ちょっと違うようです』

 壁に身を預けながら、創樹は静かに言う。

『違う?』

『ええ。幻と現がさっき出てたんですが、そのままの姿で…別に、何も…』

 飛び出しそうになる宿神たちを押さえ、創樹は再びベッドに崩れ落ちる。


「創樹…」

「大丈夫」

 創樹は兄に頷き、呼吸を整える。

『幻も現も、まったく苦しそうな様子はなく…違和感だけはあったようで、不思議そうにしていました。力も、失われて…いません』

 うずくまったまま、創樹は告げた。


『どういうことだ…?』

 ザットが首を傾げ、シグを見る。

『原因究明は後にするとしても…とりあえずこのままじゃ彼女は危険だ』

 シグが深刻な顔でつぶやき、その言葉に咲也がまじまじと創樹と、それからシグを交互に見る。


『創樹が危険…? 命が、ってことか…?』

 咲也がシグに問う。シグは頷いた。

『何でソウの命が…』

『俺たちは宿神が狙われているわけだから、宿神を外に出さなければ、少々の息苦しさと普段の力を出せないだけで済む。今のところな。だが…彼女の場合、宿神ではなく、彼女自身が影響を受けている。しかも…恐らく五柱分の影響を…』

 ザットの問いに静かにシグは答え、窓際に歩み寄ると、窓を開け、外に掌をさし出した。その掌に、じょじょに光が集まる。 


『ザット、梁にここに来るよう電話しろ。跳べないようなら家に帰るように言え。文句を言ってもだ。…彼女を、一旦遠くへ連れて行きます』

 ザットに告げた後、シグは咲也に静かに告げた。

『何故!?』

 咲也が声をあげる。

 ザットは携帯電話を取り出す。

『力にしろ、何にしろ、人為的なものならば必ず規模は決まっている。一定範囲外…影響の及ばないところに彼女を連れて行けば、ひとまずこの症状は治まるはず…』

 シグが窓を閉める。その掌には、光の塊が。大気の生命エネルギーを少しずつ集めたのだ。それに、少し、自分の力も加える。

 まばゆいほどの光が、シグの掌に。


『だったら…私が…』

 創樹を見つめ、咲也は言った。

『…どうやって? 車? 電車? どれも無理だ。必ずやつら(・・・)に見付かる』

 シグは掌の光を、ぐったりと既に意識を手放しかけている創樹の額に触れさせる。

 一瞬で、光が創樹の中に消えた。創樹が再びまぶたを開けた。

 創樹の焦点が、シグに定まる。その唇がかすかに動く。シグは淡い笑みを口許に浮かべ、首を横に振った。


『それに…残念だが、連れても行けません。二人を運ぶとなると、距離がわからない以上、こちらが力を使い果たす危険がある…』

 シグは再び咲也に視線を戻し、言った。その言葉の正しさを、咲也は認めないわけにはいかない。

 どこからともなく現れる脅迫状や、突然凶暴化した両親。相手のことも、創樹のことも、何も知らない咲也にはどうにもできない。足手まといになるだけ…。


『…………ちょっと、待っていてくれ』

 静かに言うと、咲也は一旦部屋を出て行った。

 しばらく電話を掛けながらわめいていたザットが、電話を切る。

 シグが結果を聞くまでもなく、フッとその場に峰春が現れた。創樹を見て、驚いたように後ずさる。


『…五柱分の影響を、宿主である彼女自身が全部一人で受けている』

『ユンが苦しんでいた五倍の苦しみだ』

 シグとザットが、静かに告げた。さすがに峰春も、押し黙る。

『今から跳ぶ。なるべくここから…この街から離れる。何度跳ぶかも判らない』

『それは、さっきザットレディンに電話で聞いたわ』

 シグに、峰春は静かに答える。


『影響の及ばない範囲まで跳んでから、作戦を練る。そこまでついてこれなかったら、この件からおろす。本部か家に帰れ。ついてこれるだけの力がなければ、ホンマに取り込まれる危険があるからな。それだけ今回の相手は力を必要とする。いいな?』

 シグの確認に、峰春は頷いた。

 再び部屋のドアを開け、咲也が入ってくる。


 峰春の姿を一瞬目にとめたが、何も言わないままシグに地図を見せた。

『君たちがどういう手段で移動しているのかは知らないが…消えて現れたりするにしろ、何にしろ、一回で移動する距離には限界があるだろう。…ここから北へ行けば山脈が続いている。できれば、そこを通ってやってくれ』

 地図上を指で辿りながら、咲也は静かに言った。

『…その地図、お借りして行っても?』

 シグは頷き、確認する。咲也も無言のまま頷き、地図を渡した。それから創樹のクローゼットから上着を取り出し、それも渡す。


『あなたは、なるべくこの家から出ない方が安全でしょう。この家には、彼女が悪いものを阻む結界を張っているようだから』

 受け取り、シグは咲也に告げた。そして手に持っていた地図を峰春に持たせる。

『シグ、途中で交代だろ?』

『ああ。まずは俺が』

 ザットの問いに、シグは頷き、ぐったりとした創樹に上着をかけて、抱き上げる。

『…俺とザットが、交代で彼女を運ぶ。梁は地図を頼む。あとはただ、ついてこい』

 シグの言葉に、峰春は頷く。


『…創樹を、頼む。…………助けてやってくれ…』

 静かに告げる咲也に、シグは頷いた。

『じゃあ、行くぞ。いいか?』

『ええ』

『いつでも』

 三人が、消えた。


 咲也は拳を握り、しばし、その空間を見つめていた…。

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