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「ライオンが一匹。狐が一匹。猫が二匹、一角獣が一匹…」
男は独白する。
「……まだだな…」
遠巻きに控えていた数名の黒装束の人間たちに、男のつぶやきは理解できない。
男の方では己を取り巻く人間を犬猫のように思っているのか、問いかけるような瞳を黙殺し、一瞥もくれない。
(もう一人の男…あの男が持つのも高位神に違いない。でなければあの数の邪魂や鬼を相手には出来まい…。しかし、妙だ。人間の数に対して獣が多い…)
男は心の中でつぶやく。周囲の者たちに理解できるとは思えなかったし、理解してもらう必要もなかった。
「まだ誰一人身元は割れないのか?」
男は空間に問う。
(あの化け物を飼う組織の人間ならば、割れなくとも不思議はないが…)
「後から教会に踏み込んだ四人の人間…中年の男と若い男二人、それに、子供の身元は割れましたが…」
怯えたように遠慮がちに報告する黒装束の一人。
男は無言で手をさし出した。
その仕草にはじかれたように男に応えた人間は、内線で連絡を入れた。
しばしの後、男がドアに手を伸ばす。
触れられもせず、ドアが開いた。
ドアの外に立っていた人間が一瞬ビクリと立ちすくみ、慌てたように一礼すると、男に持っていた紙を差し出す。
男は受け取り、あごでドアを示した。
紙を渡し終えた男は一礼し、逃げるように外へと出て行った。
男はそんな男をちらりとも見ることなく、手元の紙に視線を落とす。
一枚目、二枚目、三枚目…。
最後の一枚で男の手が止まる。
「このガキは…」
(以前乗っ取ったガキに違いない…)
一瞬目を細め、鋭い光をその瞳に宿すと、男は他の三枚を改めて見直す。
(泰善高校教師に、泰善高校の生徒二人…)
男は紙を捨てるように床に放ると―――消えた…。
* * *
来た。
創樹は振り返ると同時に右手をかざした。
その腕には飛天が。間近に迫っていた鬼が、飛天の吐いた炎に、浄化される。
創樹は淡い笑みにも似た表情を口許に浮かべて飛天に頷き、飛天は一声鳴いて、消えた。
軽い倦怠感に創樹はひとつ、息をつく。
判っている。
ここ最近、力を使いすぎている。
以前は鬼の気配があるところを歩き回って、こちらから出向いて浄化させていたが、ここ数日、何故か鬼の方から現れる。学校でも、家でも、路上でも、ところ構わず、時間も構わず…。
まるで創樹を狙うように…。
いや、恐らく本当に狙われているのだろう。
先日あのシグと云う青年から電話がかかってきた。そうとはっきり告げられたわけではないが、どうやらあちらにも、狙ったように鬼が送られて来ているらしい。
頭を振り、気を取り直す。
学校ではなるべく人気のない場所ばかりを選んで過ごしていたが、誰かに見られでもしたら、またその人の記憶を改ざんしなくてはならない。余計に力を使ってしまう。
近づいてくる鬼の気配。
だが、その気配は創樹の元に届かず、掻き消える。
「…………………」
創樹は軽く安堵の息を吐いた。疲れればその分、注意力も散漫になる。
これ以上の疲労はさけたいが…。
「みゅ?」
白猫が肩口で鳴き、創樹の頬に擦り寄る。
「ミャー」
黒猫もちらりと創樹を見上げ、足に軽く体を擦りつける。
「ありがとう、幻、現」
創樹は小さな笑みを浮かべ、地面にいる黒猫も抱き上げた。
意地っ張りなこの子まで擦り寄ってくるということは、猫たちにかなりの心配をかけているようだ。
ふと、体内からわきあがってくる感覚に、創樹は淡い苦笑を浮かべた。
「うん。ありがとう、砕牙」
そっとつぶやいた。
そんなつかの間の休息を破るように、携帯が鳴る。『谷村哲哉』からだ。創樹は嫌な予感に、微かに眉根を寄せる。
「はい」
創樹は電話をとった。
『神代さんっ!? さっき、何か変な男が来て…遼介が…』
「今、どこですか?」
『遼介、暴れるから、学校近くの廃ビルにとりあえず連れ込んだ。タカ先…石原先生もいる』
「すぐ行きます」
創樹はそれだけ言うと、電話を切った。
一角獣を呼び出そうとして、ふと思いとどまり、周囲に人影がないのを確認して、創樹は白虎を呼び出した。
「……………」
虎がもの言いたげに創樹を見上げるが、創樹は淡い微笑を口許に浮かべて、虎に頷いた。やれやれ、とばかりに虎が息をつき、創樹に背を示す。
猫たちはいつの間にか消え、創樹は虎に飛び乗った。フッとその姿が掻き消える。
風が生じた。
木の葉がゆれ、屋根の上で遊ぶ雀たちが散る。
やがてその風は、廃ビルへと近づくが、ふいにやんだ。
次の瞬間、創樹の姿がそこにあった。どこからともなく現れた黒猫は地面へ飛び降り、白猫は創樹の肩に登った。虎の姿はない。創樹は警戒したように周囲を見回してから、眉根を寄せ、それからひとつ頭を振ると廃ビルまで残りの距離を駆ける。黒猫がその脇を駆けた。
ビルに飛び込むと、うめくような人の声が聞こえる。
「神代さん!」
哲哉が駆け寄ってきた。
「こっち」
創樹は哲哉に導かれるまま、その部屋に入った。
「今、ちょっとおとなしくなったんだけど…すっげー苦しんでて…」
部屋の隅に石原に抱えられるようにうずくまる遼介。
「何があったんですか?」
携帯を再び取り出しながら創樹は問う。
「俺と遼介、帰ろうとしてたら…突然行く手に男が現れて。何となく危険感じて逃げながらセンセも呼んで。けど…向きを変えても、次の瞬間…目の前にいるんだ。逃げ切れなくて…そいつ、俺と遼介の頭に触って…。俺の手はすぐ離したんだけど、遼介の頭に当てた手は離そうとしなくて…そしたら遼介、苦しそうにわめきだして…」
シグに連絡をとりつつ、創樹は眉根を寄せた。
『傍にいらっしゃるんでしょ? 出てきて下さい』
創樹はそれだけ告げると、電話を切った。




