番外編9 鈴緒 対 銀之介
相も変わらずな、チビ姫とデカ従者のある日。
「お、こりゃ旨い」
大きさが気に入って愛用している、友人からの引き出物であるマグカップを見下ろし、銀之介は感嘆した。
色違いの、ピンクのマグカップを両手で挟み込み、鈴緒は得意げに微笑んだ。
「これがイギリス流、ロイヤルミルクティーです」
「お見事、さすがです」
鈴緒手ずからの紅茶へ、銀之介は美味しそうに顔をほころばせる。
彼の笑みを見上げて、鈴緒はますます嬉しそうに頬を染めた。
ロイヤルミルクティー。しかしこれは、和製英語。
イギリスでは、シチュード・ティーの名称で知られている。曰く、牛乳で煮込むから「シチュー」なのだという。
お鍋で蒸らした茶葉へ牛乳を注ぎ、とろ火で煮込めば完成。日本名の割にざっくりとした作りの、子供にも人気のある飲み方だ。
「イギリスでもなじみのある飲み方なのは、十分に分かりましたが……」
マグカップに注がれた紅茶をあらかた飲み干し、銀之介は語尾を濁す。
コンロの上に置かれた、片手鍋に視線は注がれている。鈴緒もつられて、それを見下ろした。
紅茶を蒸らすために使った鍋は、アルミ製の薄い片手鍋。俗に言う、雪平鍋だ。
表面を打ち出すことで強度を増した、汎用性に優れた鍋であるが。
「少し、情緒に欠けますね」
鍋を軽く握り、銀之介は苦笑。
和風建築の台所では溶け込んでいるものの、紅茶のふくよかな香りをたたえるには荷が重すぎる。
「軽くて、使うのは良かったよ……でも、少しかわいくない」
小声の本音に、銀之介はつい吹き出す。
そして長い人差し指を、ぴん、と立てた。
「今度、本土へ出かけます?」
「本土?」
「船で本土へ渡り、電車で一駅行ったところにショッピング街がありますから。今度、そこで可愛いお鍋を見ましょう」
「素敵!」
一声黄色い声を上げ、ぴょん、と鈴緒は飛び跳ねた。まるで子ウサギだ。
銀之介も、眼鏡の奥の目を細める。
「金次郎さんも丁度、本土に御用があると言っていましたしね」
しかし。この発言を聞くや否や、鈴緒の笑顔が凍った。
おまけに頬をむくらせ、床をにらむ。
突然不機嫌顔となった彼女へ、銀之介は首を傾げる。
「あれ、鈴緒さん?」
「……おじいちゃんも、一緒ですか?」
「うん?」
「二人、違う?」
うらめしげに彼を見上げ、小さく低い声で、鈴緒はそれだけ問うた。
言葉の裏には、二人きりで行きたかったのに、という本音が見え透いていた。
いじらしいワガママに、ふ、と銀之介は笑う。
「俺とのデートが良かったですか?」
そう尋ねても無言だが、瞬く間に耳まで赤くなったため、図星なのだろう。
改めて思い返せば、二人でのんびり過ごしたことは、少ないかもしれない。
稀に良い雰囲気へ持ち込めても、この島にいては人、または人外の邪魔が入るのだ。必ずと言って良いほど。
よし、と銀之介は一つ頷き、身を屈めた。
すねる鈴緒の顔をのぞき込み、にっこり笑う。
「それじゃあ、二人で出かけましょうか。門限までに帰れば、多分怒られないでしょうし」
「いいの?」
心中で雑に金次郎へ詫びつつ提案すれば、花のほころんだ笑顔が、元気よく跳ね上げられた。
「学業も、守り人のお仕事も頑張ってくれているんです。たまにはいいでしょう」
「ありがとう! 銀之介さん、大好き!」
緑の瞳をキラキラさせ、名前通り鈴のような声音で歓喜してから、気づいたらしい。ハッと、頬をひきつらせた。
ずり落ちる眼鏡もそのままに、銀之介もきょとんと固まる。
しばらく、無言で見つめ合う。
我に返り、目を泳がせて慌てる彼女を、銀之介はにんまりと見つめる。
「面と向かって好きと言ってくれたの、初めてですよね?」
「そっ、そうでした? 知りません、あたし、何も知りません」
マグカップを両手で抱きしめ、鈴緒はそわそわ落ち着かない。
いたずらを咎められた、子供みたいな反応に、ますます彼はやに下がる。
「唐突だったので、噛みしめ損ねました。もう一度、出来ればこれの前で」
言いつつ、ジーンズのポケットから携帯端末を取り出し、録音機能を起動させる。
鈴緒はますます赤くなった。
「やだっ! 録音して、何する気だ!」
「着信音や、目覚ましに使いたいなと」
「絶対いや! おじいちゃーん、銀之介さんがヘンタイだー!」
遠くから、「いつものことじゃろうにー」と、能天気な返事があった。
嫌がる猫のように、両手を伸ばしてつっぱねる鈴緒と、携帯端末片手に粘る銀之介の攻防は、しばらく続いた。
進展してるんだかしてないんだか、な後日談にて、『シトリヒメとお守り人形』は完結となります。
今までお付き合いして下さり、本当にありがとうございました!




