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シトリヒメの赤い糸と、眼鏡のお守り人形  作者: 依馬 亜連
本編

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29 従者へお返し

 車の窓から見える風景は、赤らんでいた。

 寒々しい夜が増えるにつれて、日の入りも早くなっていた。

 学校帰りに見る夕焼けは、何とも切ない気持ちを湧き上がらせる。鈴緒はふと、遠い異国にいる両親を思い出した。つい先日、二人から電話があったばかりなのだ。

 それは娘から送られて来た、アンティークの指輪に対する礼であった。

「とても偉い指輪よ。お守りだから、大事に持っていてね」

 娘が生真面目にそう告げれば、二人は笑いながらも了解していた。

 なお、その指輪に魔人が住んでいることまでは、告げていない。言えば余計に、ややこしくなる。

 言わなければ、二人は知らぬ間にその加護を受け、魔人は故郷の空気を堪能できるのだ。

 だから彼女は両親の無事を確信しつつ、三者が心穏やかに生活していることを控え目に祈った。


「おいロリコン。運転雑じゃない?」

 鈴緒の物思いを、後部座席のぶっきらぼうなハスキーボイスが遮った。長い足を組んでふんぞり返っている、牧音の声だ。

 運転手であり、ロリコン疑惑のある銀之介は一見するといつも通り、落ち着き払った表情である。

「すみません。後部座席から雑音が入るので、集中出来ないんですよ」

 しかしよくよく見れば、両手はハンドルを握り締めていた。へし折らんばかりに。

「はあッ? それ、私のこと?」

 淡々とした挑発に、牧音もすぐさま乗り上げる。


 毎度のことであるのだが、鈴緒はこの険悪な空気に慣れることが出来ない。今も窓の景色へ意識を飛ばし、助手席で縮こまっている。

 そして牧音の隣に座る繰生は、よだれを垂らして堂々と寝ていた。彼の無神経さを、鈴緒は心底うらやんだ。

 カコー、スフィヨゥ、カコー……というひょうきんな寝息が聞こえてもお構いなしに、牧音は運転席へ敵意を飛ばす。

「だいたいこちとら、あんたらの尻拭いをしてやってんだよぉ! ロンドンに化生のことを教えてやってんだから、ちょっとは感謝しろ!」

「そりゃ心外だ」

 前を見据えたまま、銀之介も言葉尻に棘を増やす。なおロンドンは、いつの間にか定着している鈴緒のあだ名だ。

「鈴緒さんへは適時、必要な場所で必要な情報をお教えしています。日本の生活や習慣にも不慣れな彼女へ、一気に教え込むなんてかえって迷惑だ」

 そして一瞬だけ、牧音へニヤリと笑う。その横顔を盗み見しつつ、鈴緒は戦慄した。


 彼の笑顔の中でも、一番タチの悪いものだった。銀之介の数多の短所も許容している鈴緒だが、この笑顔だけはぞっとする。

「それより牧音さん。本業の、学校でのお勉強をないがしろにして、大丈夫なんですか? この前の数学の小テストも、散々だったらしいじゃないですか。いやー、不銅さんが知ったら嘆くでしょうね」

「ぐっ」

 ずばり痛いところを貫かれ、牧音の涼しげな顔が真っ赤になった。続いて彼女は、猛然と鈴緒をにらむ。

 肉食獣の視線に気づき、彼女は大慌てで首を振った。内通者ではない、と両手も振って主張する。

 少女二人の無言のやり取りを察し、銀之介は喉を鳴らして笑う。まるで、というか悪人そのものだ。

「舎弟の躾も出来ないんじゃ、田舎ヤンキー失格ですねー」

「誰が田舎ヤンキーだよ! あんたこそ、ロリコンのゲス野郎だろ! ヤンキーより有害じゃないか!」

 鈴緒が止める間もなく、牧音は長い黒髪を振り乱し、運転座席の背中を蹴った。ついでに、内通者である繰生もつねる。

 とろりとした目をまたたき、繰生は呆気に取られていた。

「ほぁっ? なに、牧音ちゃん? 嫉妬?」

「ふざけんな!」

「うわー、田舎ヤンキーは怖いな」

 白々しく、銀之介が体を震わせる。


 「ヤンキー」という単語が出るたびに、鈴緒の脳裏にはステレオタイプなアメリカ人(ヤンキー)が浮かんでいた。ペパロニ・ピザとコーラを愛し、銃で何でも解決し、とにかく「力こそ全て」なアメリカ人だ。

 牧音ならば、そういったアメリカ人相手であろうと、遜色なく立ち振る舞えるような気がしていた。

 だが、これを言えば火に油を注ぐこととなるため、未だ誰にも打ち明けていない。


 そもそも牧音たちが本家へ出入りしているのは、彼女が前述したとおり、鈴緒のためだった。

 現に今も、化生を取り扱った民話集や覚え書きをまとめたノート、あるいは百鬼夜行図が掲載された画集を、年季の入った手提げ袋に詰め込んでくれていた。

 牧音自身は何も知らなかったとはいえ、島を騒がせた原因を連れ歩いていたことに、大きな羞恥と罪悪感を抱いているらしい。彼女なりの贖罪なのだろう。

 また鈴緒も、化生たちについて学ぶことを歓迎した。そして何より、同世代の親戚との交流を、素直に嬉しく思っていた。少しばかり、おっかない相手ではあるが。


 このように、当事者である鈴緒は事態を受け入れているものの、彼女の従者はずっとご機嫌斜めであった。

 本家へ到着し、門戸をくぐった後も二人の舌戦は続く。

「毎日平然と相乗りしてますがね、ガソリン代ぐらい出したらいかがですか。いや、田舎生まれの田舎育ちなんだから、徒歩で来なさい。頑丈でしょう?」

「ふざけんな! 徒歩で来たら、帰りが怖いだろうがよぉ!」

「大丈夫ですよ。誰もあなたなんて襲いません」

「っかー! 覚えてろよ! 足に石括りつけて、井戸に突き落としてやるからな!」

「おう。やれるもんならやってみろよ、コラ」

 銀之介の目が据わって来た。ここいらが潮時であろう。

 慣れた手つきで鈴緒は彼を、繰生は牧音をなだめる。

「銀之介さん。お願いです、牧音さんとのケンカ、だめです」

 肩を押さえたいものの身長差が激しいため、胴に取りついて牧音と距離を取らせる。その隙に牧音を羽交い絞めにした繰生が、すたこらさっさと玄関をくぐる。

「ほらほら。先に、鈴緒ちゃんの部屋に行っとこうねー」

「何すんだよ繰生! 繰生のくせに生意気なんだよ!」

 牧音の怒声も、徐々に小さくなる。鈴緒はようやく、肩から力を抜いた。

 疲れた動作でじっとりと、銀之介を見上げる。

「どうしていつも、牧音さんにつっかかるのですか」

「うーん、もはや条件反射ですね」

 少しばつが悪そうにしているものの、銀之介にそれを改善しようという意気込みは見当たらない。

 聞けば二人の険悪な関係は、十年程継続中であるという。まだ流血沙汰へ至っていないことが、奇跡かもしれない。

「牧音さんは、とても気持ちを許してくれています。仲良くしましょうよ」

 背筋を伸ばし、じっと彼を見上げる。短い髪をかき回し、銀之介も苦笑した。

「……まぁ、あの子もあれで、同世代への影響力は強いそうですし」

 渋々、といった語調で牧音を認める。

 繰生が開けっ放しにしていた玄関を、二人でくぐる。律儀な銀之介は引き戸へ向き直り、静かに閉めた。

 その、引き戸と向かい合う姿勢のまま、彼は小さく嘆息した。秀でた額が、こつん、と引き戸のガラス窓にぶつかる。

「そこまで悪い子じゃない、とは分かってるんですがね。根っから馬が合わないんですよ」

「うん、見ていて、ひどく分かる」

 鈴緒も引き戸に背中を預け、神妙にうなずく。

 同情を獲得して気が抜けたのか、銀之介はいつになく陰気な声で自嘲した。

「あの二人を家まで送るのも、なし崩しに俺の仕事なのがまた、堪えまして。せめて賞与の一つでも、貰えたらな」

「ショーユ?」

 学校では耳にしない言葉に、鈴緒は首をかしげた。額をガラスから引きはがし、銀之介は小さく笑った。

「賞与、ですよ。ボーナス、またはご褒美ですね」

「ご褒美……」

 おうむ返しに呟き、鈴緒はうつむいて黙考した。


 逡巡の末に、彼女は小さな白い手を、銀之介へひらひらと振る。

「うん? どうしました?」

 眼鏡を押し上げて、彼はいぶかしむ様子もなく身を屈める。

 いつもより近くなった彼の顔へ、鈴緒は背伸びをした。

 続いてがっしりした首へ腕を巻きつけ、右頬へ近づく。

 桜色の小さな唇が、同じく小さな音を立てて、そこへ口づけをした。

 銀之介は屈んだまま、目を見開いていた。彼から素早く飛び退いて、鈴緒はもじもじと手をこねる。

 文句をたれつつも、彼は鈴緒や牧音の送り迎えを続けてくれている。鈴緒だって、何かお返しがしたかった。

「ご褒美の代わりに……足りないか?」

「いや、足りないどころか、万札でお釣りが来る、ような」

 上目に彼をうかがえば、へどもどとした返答があった。目が泳いでいるが、喜んではいるらしい。

「うん。お釣りももらって」

 ほっとして、赤い顔のままはにかむ。


 柔らかに細められたペリドットの瞳を、銀之介はじっと見据えていた。猛禽類らしさに磨きがかかった、鋭い眼差しだ。

 その目に既視感を覚え、出所へ思い至る前に、鈴緒は抱きすくめられていた。

ばかぁ(ユー・プランカー)! なにするか!」

「何って、身に余る光栄を頂戴したので、お礼を。あと、以前のアレやコレの続きをと思いまして」

 全身から蒸気を噴き出している鈴緒へ、銀之介は飄々と、非常に恥ずかしいことを答えた。良くも悪くも、いつもの彼だ。

「続き、だめ! お手出し厳禁! おじいちゃんは言っていた!」

「鈴緒さん。また日本語がおかしいですよ」

 耳元で低い声が、くつくつと笑った。どこか甘い声音に、鈴緒は赤い顔のまま、眩暈を覚える。強張っていた体が、一気に弛緩した。

 虚脱した華奢な体を、銀之介は引き戸にもたれさせた。


 コツコツコツ。

 この絶好過ぎる頃合いを見計らって、引き戸が軽快に叩かれた。いや、つつかれた。

 半透明のガラス窓越しに、黒い小さなシルエットが見える。

 威嚇でもするように翼を広げ、なおも戸を小突く影へ、銀之介は盛大に顔をしかめた。

「狩穂さんが、ここまで監視をしていたとは」

「おーいロンドン! 何してんだよ!」

 恨めしげな声へ被さるように、廊下の奥から牧音の声も飛んでくる。

 すっかり勢いを削がれた銀之介は、ふてくされた様子で鈴緒を解放した。ホッと大きく息を吐き、鈴緒も腕の中から抜け出る。

「デバガメがたくさんで、助かりました」

「変な日本語ばかり、覚えますね。どこで仕入れるんですか」

 毒気の抜けた顔で、銀之介は笑う。そして鈴緒の背を軽く押し、自分も廊下へ上がる。

「後でお茶を持って行きますから。勉強、頑張って下さいね」

「うん」

 素直にうなずき、鈴緒は廊下を先行した。

 が、途中でくるりと振り返る。

「あのね」

「うん?」

「デバガメはたくさんだけど、あたしの従者は、銀之介さんだけです」

 眼鏡の奥の鋭い目が、しばし丸まった。

 そしてくしゃり、と顔全体をほころばせる。

「当たり前です」

 誇らしげな声音に、鈴緒もはにかみを返した。笑顔のまま、軽い足取りで廊下を進む。


 まだまだ鈴緒は、学校でも島内でも浮いている。おまけに、ロンドンという珍妙なあだ名が浸透しつつある。

 それに賞与を知らなかったりと、日本語も相変わらず危うい。

 そして彼女の周囲には、化生なる異質な生き物がうごめいている。

 が、彼女はおおむね平和であった。少なくとも島を訪れた時に取り繕っていた、人形めいた顔をする必要はなくなっている。

 ゲーマー少女と変態眼鏡と変な生き物のお話は、これにておしまいです。

 ここまでお付き合いして下さった皆様へ、改めて御礼申し上げます。


 趣味丸出しなイロモノオカルトを見放さず、生暖かい眼差しを注いで下さり、ありがとうございます!


 今後は、拍手画面へ載せた小話の加筆修正版等を、チョコチョコと再投稿する予定です。また、お暇な折にのぞいてやって下さいませ。

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