28 ゲージストック最大
「暴れてたのは、単に言葉が通じなかった、から? ……なんつうか、門壊されて損した」
小刀を拾うのも忘れ、牧音が脱力しながら言った。膝が崩れそうになる娘を支え、不銅がその問いに答える。
「そういえば先方とのやりとりも、フランス語か英語で、と頼まれたな」
「アラブ諸国には、フランスの植民地だった場所が多いですから」
敬語を再装着して、銀之介が捕捉する。博物館館長の秘書をしているだけあり、何かと博識だ。
言葉づかいこそ元に戻ったものの、しかし銀之介は視線だけで人を殺せそうな顔のまま、大股で鈴緒へ近づく。
途端にジンがいち早く身構えたが、再びフランス語で安全を保障すれば、不承不承と大人しくなった。
羽を折りたたんだ魔人を、銀之介もチラリと見る。
「よくフランス語が通じると分かりましたね」
鈴緒は上目に、彼を見つめる。
「エジプトにいた時、あたしがそうしてたの」
「そうでしたか。ずいぶんとジンも、大人しくなりましたね」
「言葉分からなくて、とても不安だった。そう思う」
実感のこもった口調で、鈴緒はジンの頭を撫でる。
銀之介の表情が、束の間和らぐ。
「鈴緒さんは化生に愛されていますね。ヤマノモノといい、ザシキワラシといい」
「人のお付き合い、苦手だからな」
鈴緒も苦笑いを返す。
「だからって、暴れる化生の前に出て良い訳じゃありませんよ」
「うぇっ……」
しかし素早く、冷たい声音に気持ちを叩き落とされる。彼の表情は、再び戦場に立つ荒武者となっていた。まだ怒っているらしい。
シトリ糸も出さずにジンと対峙したのは、確かに暴挙である。鈴緒も、素直にしおれた。
「ごめんなさい、心配させました」
「まったくですよ。反省して下さい」
銀之介が、ゆっくりと右手を上げた。小突かれるのか、と鈴緒は肩をすくめる。
目も、きつく閉じた。
予想に反して、頭頂部へ降りたのは柔らかな感触だった。恐々と鈴緒がまぶたを持ち上げれば、銀之介はいつもの人懐っこい笑顔で、彼女の頭を撫でていた。
仰天して丸くなった緑の瞳を、彼は身を屈めてじっと見つめる。
「だけど助かったのも本当です。ありがとうございます」
たちまち鈴緒の、ミルク色の肌は真っ赤になった。強張っていた頬も、ゆるゆるとほぐれる。
「あたし、役に立つ?」
「鈴緒さんがいてくれて、本当に良かった」
彼のその言葉は、鈴緒にとって千金に値する。熟れたリンゴみたいな頬のまま、大きく破顔した。
はにかむ彼女のふくらはぎに、手触りの良いものが密着した。
振り返って視線を落とせば、アオネコが彼女の足にくっついている。
「アオネコ様も、ありがとうです」
氏神へ恭しく礼を述べるも、彼女はそっぽを向いたままだ。いや、その真っ青な瞳が見据えるのは、二人で通ったマモノスジ。
「私としたことが、実にうっかりしていた。道を塞ぎ忘れている」
「あ、ほんとだ」
「そしてまずいことに、マモノスジを通って化生の群れが近づいている。恐らく、さっきのツツガムシだろう」
ひぇっ、と鈴緒の喉が鳴った。
事の成り行きは不透明だが、ツツガムシに覚えはあるのだろう。隣の銀之介も顔をしかめる。
「大群ですか、アオネコ様?」
「そりゃあもう。お前たちの家の周りに、ウジャウジャと湧いて出て来ていたからな」
「なんて面倒な」
心底恨めしそうにぼやき、広い肩を落とす。
しかしカサカサコソコソと、不快感を催す足音は、鈴緒たちの耳に届くまで近づいていた。
腹を括ったらしい銀之介は、再び背を伸ばす。マモノスジの前へ躍り出た。
そして、未だ引きつり気味の鈴緒へと顔を向ける。
「鈴緒さん。お疲れのところ、申し訳ありませんが」
「了解です」
頬を一つ叩き、鈴緒も気持ちを奮い立たせる。続いて赤い糸を、両の指先から出現させた。
そしてフランス語で、ジンへ下がるよう告げる。主人に仕える指輪の精という特性故か、ジンは大人しく後退した。
「おじいちゃん、アオネコ様をお願いします!」
ようやく足腰に力の戻った祖父へ、大きく声を投げかけた。同時にアオネコの帯を掴み、振りかぶって投げる。
「ふにゃあぁぁぁっ」
情けない声を上げた氏神は、慌てふためく金次郎に受け止められた。
「こら鈴緒! 投げちゃいかんだろう! せめてアンダースローで投げなさい!」
「今はヒジョウジタイだ! ツツガムシという、化生がやって来るよ!」
「なんとっ。次から次へと、老人に無体をするのう」
金次郎は目を剥いた。それでも守り人としての経験値は本物で、アオネコを抱えてしゃっきりと仁王立ちする。
キビキビと、気が抜けている不銅親子も邸宅内へ押し込む。
引き戸の内側へ押されている不銅は、金次郎へ青ざめた顔を向けた。
「ツツガムシというと、あの、血を吸う化け物ですよね? 大丈夫なんですかっ?」
「少なくとも、お前さんが考えなしに買った指輪よりは安全じゃ」
皮肉たっぷりに、金次郎は鼻息で口髭を揺らした。
「茶でもすすって、大人しくしておれ。牧音や、この馬鹿者を見張っておくように」
「もちろんです。ほら父さん、ビビってんなら押し入れにでも隠れてろよ」
牧音もやや冷めた目で、父を引っ込める。
ようやく不銅家の戸は閉じられた。
金次郎と狩穂はその前に立ち、鈴緒たちが討ちもらした化生へ備える。
準備万端の祖父を見とめた鈴緒は、ゲームの難敵へ挑む時と同じような、闘志と不遜さに満ちた表情となる。自分の盾となっている従者へ、発破をかけた。
「数が多いから、面倒ね。この際超必で決めましょう!」
「へ? 張飛?」
赤い糸で鈴緒と繋がった銀之介が、素っ頓狂な声を出す。
「ノー、超必。超必殺技の略!」
鈴緒も頬をむくらせる。
「何だか分かりませんが、今まで以上に無茶な動きをさせられるわけですね」
「大丈夫。お腹食べられるより楽勝」
「それもそうか。食われると痛いし、後が臭いんですよね、色々と」
軽口を叩き合う二人の周囲に、青白い光が迸る。発信源は、銀之介の足元だった。
例によって、足が帯電している。本日は超必殺技にふさわしく、両足が光っていた。
「超必殺、ファイナル・エレクトリック・シンフォニー!」
もちろん例によって、鈴緒が技名を叫ぶ。それを合図に、銀之介が跳躍する。
マモノスジを通り、大挙して押しかけた化生虫は、両足から繰り出される連続蹴撃と衝撃波により、ことごとく灰と化した。




