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星のひかり  作者: 五十鈴スミレ
本編
14/101

十一幕 あなたの娘です、と



 八歳になりました。

 え、七歳はどうしたのかって? そんなの特に何事もなく、ですよ。

 語らないということはつまりはそういうことです。

 家族も、友人も、兄への気持ちも、やつとの関係も、相変わらず。


 兄さまとジルが成人したけれど、だからといって特に変化なんてなかった。

 二人がいずれ家を継ぐことはわかっているし、そのための勉強を始めたことだって、必要なことだと理解している。

 わたしにできることは兄さまの気をわずらわせないことくらい。

 それだって、やっぱり今さらなことだった。


 八歳といえば、学校に通う年。

 わたしは誕生日が一月なので、年を重ねてからわりとすぐに入学することになる。


 説明する機会がなかったけれど、この世界は惑星系も暦もすべて、地球と変わらない。

 太陽が一つに月が一つ。一年は三百六十五日と四年に一回の閏日。

 一種のパラレルワールドみたいなものなのかな。とわたしは納得した。

 しかもこの国は、年度の初めまで一緒だ。これには驚いた。


 三学期制だけど時期に少しずれがあって、春休みが長く夏休みが短く、冬休みはなくて半月の秋休みがある。

 どうしてそんな制度かというと、この国の気候が関わっているらしい。

 一年で一番、この国の名物の一つである花が綺麗な季節に長い休みを取ることで、家族サービスができる。

 夏も冬もそこまで気温差が多くなく、一年中過ごしやすいものだから、夏休みが長い必要がない。

 秋には収穫祭があるので、それに合わせてゆっくり楽しめという理由の秋休み。


 八歳は学校のこともあって節目でもあるので、盛大にお祝いした。

 舞踏会まではいかないけど、いつもは会わないような親戚がたくさん来た。これもこの国の風習らしい。

 兄さまのときは? って事前に聞いたら、そのころ母さまのおなかにわたしがいたから、そのお祝いもあってもっとすごかったらしい。

 親戚以外にも公家や卿家の人も来て、当然、ジルも来た。

 周りに人がたくさんいたからか、一昨年みたいに大っぴらに口説いたりはしなかった。

 ただ、おめでとう、と一言。手の甲への口づけつきで。できることならのしつけて返してやりたかった。


 そして今日は、数日後の入学式のための準備を母さまと一緒にしていた。

 なんでも自分たちでやってしまうことに、使用人はもうあきらめて好きにやさせてくれている。二十年以上前、嫁いできた当時はずいぶんと衝突したらしいという話を、最近聞いた。


「エステルももう学校に行くくらい大きくなったのね」


 しみじみ、といった様子で母さまは悩ましげなため息をつく。


「まだまだ子どもです、母さま」

「子どもでいてくれなきゃ母さま困っちゃうわ。アレクシスはすぐに大人びちゃったんだもの。エステルだってもっと甘えていいのよ?」


 大人びた兄さまは簡単に思い浮かべられて、わたしは苦笑する。

 きっとわたしよりもずっと早くに、しかもわかりやすく子どもっぽくなくなったんだろう。

 子どもっぽい兄さまは逆に想像つかない。

 わたしみたいに、子どもっぽさを演じることもしなさそうだからね。


「甘えてばかりでは、学友のみなさんに笑われてしまいます。子どもだから、しっかりしたいんです」

「もう、私たちの子どもはできが良すぎてもったいないくらいね」


 できが良すぎる一番の理由を言えるわけもなく、わたしは笑ってごまかした。

 実は二人とも前世持ちだなんて知ったら、どう思うんだろう。

 おっとりしている母さまも、包容力のある父さまも、たぶんそんなに気にしない。

 でもやっぱり、言えない。これは兄さまとも意見が一致している。

 二人の前ではただの子どもでいたいから。前世とか関係なく、二人の子どもとして。

 一生抱えていくつもりの隠しごとがあってごめんなさい。


「そういえばエステル、髪型はどうするの?」

「髪型、ですか?」


 唐突な母さまの言葉に、わたしは首をかしげる。


「学校に行くときの髪型よ。授業を受けるとき、その長さでは下ろしていると大変よ?」


 わたしの薄茶の髪は今までそんなに切らなかったから、お尻のあたりまで伸びている。

 ……兄さまがミルクティーみたいできれいだって、言ったから。

 そんな理由で伸ばしているのもどうかと思うけど、さすがにここまでくるとけっこう邪魔になってくる。

 光里のときは一番長いときでも肩甲骨のあたりまでだったからね。

 学校では身体を動かす授業もあることだし、思いきって切ってしまうのも手かもしれない。

 この国の女性は短髪はいないものの、肩よりも長ければあとはけっこう自由だ。


「母さま、どうすればいいと思いますか?」

「そうね、三つ編みなんてどうかしら。似合うと思うわ」

「バッサリ切ってしまってもいいんですけど……」

「そんなのもったいないわ! 絶対ダメよ!」


 という母さまの気迫に押され、学校に行くときは三つ編みにすることになった。

 なので、自分でも結び直せるよう、母さまに三つ編みを習うはめに。

 ああ、もうちょっと早く気づいてほしかったです、母さま。


「懐かしいわね。娘ができたら私が髪を結ってあげようって思っていたことを、今思い出したわ」


 私の髪を器用に編みながら、母さまはそんなことを言った。

 懐かしい、ということはそれなりに前の話だろうか。

 わたしが生まれる前だということは確実だとして、いったいいつのこと?


「兄さまが生まれるときのことですか?」

「いいえ、そのもっと前」

「もっと前?」


 子どもができたら、っていうよくある少女時代の妄想のことかな。

 それにしては、なんだかすごく母さまの声が優しい。


「私の身体を案じて消えてしまった、愛しい双子のことよ」


 わたしは瞳を何度もまたたかせた。

 言葉を理解するのに、数秒。

 かける言葉を探している間に、ある可能性に気づいて停止し、数十秒。

 母さまは黙々とわたしの髪を編み終わって、できた、と声を上げた。


「やっぱりかわいいわ。さすが私の子ね」


 茶目っ気たっぷりな母さまに、この時ばかりはつっこむことができなかった。


 消えてしまった、というのはたぶん、流産したということ。

 流れてしまったのは双子。そして……。


『こぼれた魂は、元は双子だったと言っていた』


 兄さまが聞いた、狭間の番人の言葉。

 偶然かもしれない。けれど、偶然にしてはできすぎているようにも思える。

 双子はすごく珍しいというほどではなくても、やっぱり少ない。

 こんな近くに、消えてしまった双子の魂があったのなら。

 もしかして、と思ってしまう。


『元の世界に戻ったとき、近くにいるかもしれない』


 その理由が、双子の魂が引き合うとかではなく。

 魂がこぼれた場所に、もう一度戻るからだとしたら。

 エステルの魂はここで生じ、またここに帰ってきたのだとしたら。

 そうであってほしい、とわたしは願いたくなる。


 光里の母親は、別にいる。大切だと思っていた記憶は残っている。

 エステルの母親は、もしかしたら、最初からエステルの母親だったのかもしれない。


「……エステル、どうしたの?」


 心配そうにわたしを見下ろす母さまに、わたしはただ首を振る。

 今、声を出したら、嗚咽になるような気がした。

 いたかもしれない兄や姉の命を悲しんでいるんだと、そう見えてくれたらいい。

 本当のことは、言えないから。


 言えなくても。言わなくても。

 それでも、つながっているものはあるんだと信じたい。

 わたしはあなたの娘です、と胸を張って言える。あなたの娘で良かった、と言える。

 その気持ちは、言葉にしなくても伝えられるはずだから。



 二人の子どもとして恥ずかしくないよう。

 まずは三つ編みの作り方をしっかり覚えないとな、と思った。







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