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刻の砂漠に咲く花  作者: 刻華
第一章 世界でいちばん静かな場所
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2

「あなたはずっとここにいたの?」

エマは何かを確認するかのように尋ねた。


「ああ、そうだ。」

私は頷いた。


ずっと昔、気づいたときにはここにいた。それからずっとここにいる。


「ここで何をしているの?」


何をそんなに確認したいのか分からず、私は答えた。


「記憶を読んでいる。」


「記憶を?」

「私は管理人だ。砂に触れれば記憶が読める。」


エマは困ったように眉を寄せ、そのまま黙り込んだ。

しばらく、風が砂を撫でていく音だけが二人の間に流れた。


やがてエマは私へ視線を向け、ゆっくりと息を整える。


「私はね」

少しだけ視線を落としてから、言葉を続けた。


「旅をしてるの」


私はその言葉をそのまま受け取った。

旅というものの意味は曖昧だったが、今は説明を求める必要はないと感じていた。


エマは膝を抱えるように座り直し、砂の上に指で円を描く。


「目的は、自分の木を探すこと」


「木」

私はその言葉に反応する。


すでに知っている概念だった。

この世界には、誰にでも一本ずつ木がある。


エマは頷いた。

「うん。私の木。どこかにあるはずなんだけど、まだ見つかってないの」


私は少しだけ沈黙する。


木は、生まれたときからあるものだと認識していた。

それを「探す」という発想はなかった。


再びエマが私を見る。


「あなたは?何のために記憶を読むの?」


私は少し考える。

「老人がいた」


エマは一度瞬きをした。

「老人?」


「私を育て、海について教えてくれた」

少し間を置いて、続ける。


「だから、記憶を読む」


それ以上は語らなかった。

語る必要も感じていない。


エマはゆっくりと視線を落とす。

「じゃあ……外の世界は知らないの?」


私は首を振る。

「知らない」


少し間を置いて続ける。

「見たことがない」


エマはその言葉をしばらく噛みしめるように黙っていた。


そのとき、彼女の腹が小さく鳴った。


「あ……」

エマは気まずそうに笑う。


「そういえば、お腹すいたな」


カバンを探り、小さな布包みを取り出す。

ほどくと、中から赤い果実が二つ現れた。


「りんご、食べる?」


私はそれを見つめる。

赤く、丸い。見たことのないものだった。


「りんご」

繰り返す。


「そう。甘くて美味しいよ」

エマは少しだけ得意げに言う。


私は首を傾げる。

「それは、何だ?」


エマは一瞬固まる。


「え?」

「りんごとは何だ?」


エマは言葉を探す。


「えっと……果物」

「果物」


その単語も、ただの音として通り過ぎる。


エマは少し困ったように笑ってから、一口かじる。

しゃく、と乾いた音がした。


「ほら、こうやって食べるの」


私はその動作を静かに見ていた。

それが「食べる」という行為らしい。


エマは少し迷ってから、もう一つを取り出す。

「これ、いる?」


差し出されたそれを見つめる。


私は少しだけ考えてから言った。

「受け取って、どうする?」


エマは目を瞬かせる。


「どうするって……あなたが食べるんだと思うけど」

「食べたことがない」


「今、食べ方を見せたでしょう?」

エマは困惑したように言う。


「何かを食べたことがない」


私の返答に、エマは恐る恐る問いかけた。

「じゃあ、食べ物って分かる?」


私は首を振る。

「単語は知っている」


エマは完全に言葉を失った。


「……じゃあ、お腹が空いたことは?」


その問いに、私は少しだけ間を置く。

「分からない」


エマはしばらく黙る。

そして、手の中のりんごを見つめた。


「……ここは、外の世界と違うんだね」


その声は、驚きよりも確認に近かった。


風が吹く。

砂が二人の間を静かに流れていく。


エマは少しだけ迷ってから、りんごをもう一度見せた。


「じゃあ、ひと口だけでもいいから、試してみる?」


私はりんごを受け取った。

拒否する理由も、受け入れる理由もないまま。

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