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「あなたはずっとここにいたの?」
エマは何かを確認するかのように尋ねた。
「ああ、そうだ。」
私は頷いた。
ずっと昔、気づいたときにはここにいた。それからずっとここにいる。
「ここで何をしているの?」
何をそんなに確認したいのか分からず、私は答えた。
「記憶を読んでいる。」
「記憶を?」
「私は管理人だ。砂に触れれば記憶が読める。」
エマは困ったように眉を寄せ、そのまま黙り込んだ。
しばらく、風が砂を撫でていく音だけが二人の間に流れた。
やがてエマは私へ視線を向け、ゆっくりと息を整える。
「私はね」
少しだけ視線を落としてから、言葉を続けた。
「旅をしてるの」
私はその言葉をそのまま受け取った。
旅というものの意味は曖昧だったが、今は説明を求める必要はないと感じていた。
エマは膝を抱えるように座り直し、砂の上に指で円を描く。
「目的は、自分の木を探すこと」
「木」
私はその言葉に反応する。
すでに知っている概念だった。
この世界には、誰にでも一本ずつ木がある。
エマは頷いた。
「うん。私の木。どこかにあるはずなんだけど、まだ見つかってないの」
私は少しだけ沈黙する。
木は、生まれたときからあるものだと認識していた。
それを「探す」という発想はなかった。
再びエマが私を見る。
「あなたは?何のために記憶を読むの?」
私は少し考える。
「老人がいた」
エマは一度瞬きをした。
「老人?」
「私を育て、海について教えてくれた」
少し間を置いて、続ける。
「だから、記憶を読む」
それ以上は語らなかった。
語る必要も感じていない。
エマはゆっくりと視線を落とす。
「じゃあ……外の世界は知らないの?」
私は首を振る。
「知らない」
少し間を置いて続ける。
「見たことがない」
エマはその言葉をしばらく噛みしめるように黙っていた。
そのとき、彼女の腹が小さく鳴った。
「あ……」
エマは気まずそうに笑う。
「そういえば、お腹すいたな」
カバンを探り、小さな布包みを取り出す。
ほどくと、中から赤い果実が二つ現れた。
「りんご、食べる?」
私はそれを見つめる。
赤く、丸い。見たことのないものだった。
「りんご」
繰り返す。
「そう。甘くて美味しいよ」
エマは少しだけ得意げに言う。
私は首を傾げる。
「それは、何だ?」
エマは一瞬固まる。
「え?」
「りんごとは何だ?」
エマは言葉を探す。
「えっと……果物」
「果物」
その単語も、ただの音として通り過ぎる。
エマは少し困ったように笑ってから、一口かじる。
しゃく、と乾いた音がした。
「ほら、こうやって食べるの」
私はその動作を静かに見ていた。
それが「食べる」という行為らしい。
エマは少し迷ってから、もう一つを取り出す。
「これ、いる?」
差し出されたそれを見つめる。
私は少しだけ考えてから言った。
「受け取って、どうする?」
エマは目を瞬かせる。
「どうするって……あなたが食べるんだと思うけど」
「食べたことがない」
「今、食べ方を見せたでしょう?」
エマは困惑したように言う。
「何かを食べたことがない」
私の返答に、エマは恐る恐る問いかけた。
「じゃあ、食べ物って分かる?」
私は首を振る。
「単語は知っている」
エマは完全に言葉を失った。
「……じゃあ、お腹が空いたことは?」
その問いに、私は少しだけ間を置く。
「分からない」
エマはしばらく黙る。
そして、手の中のりんごを見つめた。
「……ここは、外の世界と違うんだね」
その声は、驚きよりも確認に近かった。
風が吹く。
砂が二人の間を静かに流れていく。
エマは少しだけ迷ってから、りんごをもう一度見せた。
「じゃあ、ひと口だけでもいいから、試してみる?」
私はりんごを受け取った。
拒否する理由も、受け入れる理由もないまま。




