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「――それが、昨晩の話だ」
「聞いても、まっったく意味分かんねぇな?」
テーブルに置かれた本に手を伸ばす。
「で、歴史書には何か書いてあったのか?」
「おそらく…。ただ、時間が経ちすぎている」
クロヴィスの視線がガイを捉え、戸惑いに揺れる。
それでも重い口を無理やり開いた。
「よくある話だ。過ぎた権力を求め、膨大な魔力を欲した…」
「あぁ、そういうやつか…」
リンの指が歴史書の頁を捲る。
視線を落とすが、特にこれと言った記述はないように見えた。
「五章の最後だ。文明崩壊の原因になった“暴走した魔導士”の記述がある」
「ん?…これか」
リンが言われた箇所を開く。
「その男は王家の命令で無理やりドラゴンの血を与えられている」
「そりゃぁ…いかにも偉いヤツがやりそうな話だ」
リンの薄い笑みが、王太子の肩書きを持つクロヴィスに突き刺さる。
「…人にドラゴンの魔力が適合しなかったんだ」
「だろうな。無茶苦茶だ」
「……その男が多分ガイだ」
リンが息を飲む。
一呼吸おいてクロヴィスの目を見つめた。
「……無理だろ、いつの話だ?」
「俺もそう思う」
「…異常な魔力の高さと、記憶力の致命的な欠陥」
エレオノーラの静かな声が二人の間に滑り落ちた。
「その二つがドラゴンの血の後遺症の症状と酷似しているそうよ?」
「エレオノーラ様?」
「あなたも分かっているのではなくて?」
ガイという人間の不自然さを。
「いや…そうかも知れねぇけど…」
リンの体勢が無意識にガイを庇うように動く。
「現状、とくに支障がないから放っておいたけれど…」
エレオノーラの視線が強くなった。
手元の扇子がゆっくりと開かれる。
「被害が出たわね?」
リンの喉がヒュッと鳴った。
腰を浮かせるリンをエレオノーラが視線だけで制する。
「勘違いしないで頂戴」
声の威圧感だけで縫い止められた。
「飼い犬の躾は私の管轄ですわ」
「…は?」
自分でも間抜けな声が出たと思う。
呆気に取られたリンが、口を開けたままエレオノーラを伺う。
「要は飼い慣らせれば良いのよ」
スッと細められた目には少しの迷いもなかった。
「エレオノーラ嬢…?」
戸惑うクロヴィスの呼び掛けにも不遜に笑い返す。
「過去は王家預かりだったかもしれませんが、今はうちの野良犬ですもの。手出しはなさいませんわよね?」
明確な所有権の主張。
堂々と王家は口を出すなと言い切った。
「はは…」
リンの口から思わず笑いが漏れる。
エレオノーラがガイを切り捨てなかったことに安堵する。
「さすがエレオノーラ様だよ」
「あなた達にいくら使ってると思っているの?まだまだ、役に立ってもらいますわ」
クロヴィスに視線を投げ、有無を言わせず微笑む。「よろしいですね」とその目が告げていた。
「王家としては、この件はヴァランシエールに任せるつもりだ。援助は惜しまないが、公にできないことだけ了承して欲しい」
「十分ですわ」
扇子がパチリと閉じられた。
いまだにガイを庇うように座るリンに向き直ると、静かに命じた。
「まず、そこで寝こけてるガイを叩き起こさなくてはね」
「…こいつピクリともしねぇんだよ」
「大抵のものは叩けば直ります」
リンの目が丸くなった。
「はは、違いねぇ。悪く思うなよ、ガイ!」
「お、おい、待て!!」
慌ててクロヴィスが、止める間もなくリンの拳が振り下ろされた。




