8
――その晩は満月だった。
夜風の冷たい風が心地よい。
クロヴィスはハーブティーに少し口を付けて月を見上げた。
「……っ!?」
不意に夜空を埋める巨体。
バルコニーの外から、突然覗き込むドラゴンと目が合う。
思わずクロヴィスはのけ反った。
「久しいな、今代の王よ」
「き、急に現れるな!あと父上はまだ健在だ!」
言いたいことは山ほどあるが、取り敢えず思い付くことを先に突っ込んでおく。
細かいことを気にしてると身が持たない。
「…それとドラゴンの姿は目立つ。せめて人の形で現れてくれ」
クロヴィスはがっくりと疲れた顔をしてハーブティーを持ち直した。
「面倒だな、人に関わると言うのは…」
「その面倒を押して現れた理由はなんだ?」
クロヴィスの問いかけに、姿を人の形に変えたドラゴンの目が細められた。
ヴァルトが低く古の言葉を紡ぐ。
『――同胞の血を得た男の、止まっていた時が流れ出した…』
「……古代語か?」
困惑するクロヴィスの顎に、ヴァルトの指が添えられる。
今度はクロヴィスにも伝わる言葉をゆっくり紡ぐ。
「王家の忌まわしい過ちが正せるかもしれんぞ?お前達の『縁』は複雑なようで、単純だ」
「王家の過ち?」
「力を求め一人の民を陥れたお前の祖先の過ちだ。文明ひとつ吹き飛ばした業の深い欲の塊よ…」
クロヴィスは目を瞬かせた。
あまりに抽象的すぎる。
「はっきり言え。何が言いたい?」
「はっきりは言えない。お前達が自ら知るべきことだからな」
「なら中途半端に関わるな。気になるだろうが」
息もかかる距離で、視線を合わせる二人の間に風が抜けた。
ヴァルトはクロヴィスから指を離すとそのままバルコニーから飛び降りた。
「お、おい!」
「王よ、古き時代を調べてみろ。お前達が『ガイ』にしたことが分かるかもしれんぞ…」
瞬く間にドラゴンに形を変えてヴァルトは飛び去った。
後に残されたクロヴィスの手のなかで、ハーブティーはすっかり温度を無くしていた。




