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カイルの薄暗い研究室に時間という概念はない。

彼女の興味深い話を夜通しで聞き終えたカイルは、顎に手を当てて一つ頷いた。


「やはり、全くわからんな」


理解できないものを知ったかぶりしないのが信条だ。

鏡の中の少女、サクラにカイルは躊躇せずに首をかしげた。


「だから!そっちの世界のリンとガイに何か大変なことが起こりそうなの!」


サクラは鏡の向こうの『異世界』から、バンッと手を叩きつけて怒鳴った。


「『なにか』とはなんだ?『いつ』起こるんだ?」


「知らないわよ、そんなこと! とにかく気を付けてって伝えて!」


サクラの癇癪は、理論派のカイルとは相性が悪い。


「何だか分からんものを伝えろとは、理不尽だな。一応報告しておくが…」


――プツ…


唐突に鏡の通信が切断された。

カイルは鏡面に自分の顔が映し出されたのを確認してから、手元の時計に目を落とす。


「ふむ。通信可能時間は大分伸びたな…」


夜明けを指す時間を確認し、ぐっと背中を伸ばす。


「クロヴィス殿下の面会時間まで少し時間もあるし、寝とくか…」


そのままソファーに移動し、かけっぱなしの毛布にくるりと丸まる。

ころりと横になると、あっという間に寝息を立て始めた。


時計の音だけが聞こえる静寂。


―――チリン…


遠くから小さな鈴の音が響いた。


カイルが飛び起きる。

エレオノーラが鳴らす鈴の音だ。


「はっ!こんな時間か!!」


急いで部屋を飛び出し、執務室の扉を勢いよく開け放つ。


「お呼びですか、エレオノーラ様!!」


「お呼びなのは私ではありません。殿下との面会の時間でしょう、さっさとなさい」


氷のような目がカイルを突き刺す。


「おぉ、そうでしたね」


悪びれもせずカイルはエレオノーラの正面のソファーに腰を下ろす王太子クロヴィスに恭しく一礼した。


クロヴィスは少し目を瞬いて、エレオノーラを見る。


「カイルはちゃんと礼を取れるのだな」


「うちの人間が、どれもこれも無礼なようにおっしゃるのはやめてください」


「違うのか…」


クロヴィスは苦笑しながら、手にしたカップに口をつける。


「ああ、殿下にご報告があります」


カイルがポンと手を打った。


エレオノーラの片眉があがり、クロヴィスは首を傾げる。

カイルが問いかける前に、自ら報告してくるのは珍しい。


「異世界との通信機ですが、半日程度は問題なく会話が可能になりました」


「そうか。…ちなみにどこの異世界と通信しているのかそろそろ教えてもらえないか?」


優秀すぎる研究者は自分の言いたいことしか言わない。

クロヴィスは困ったように笑った。


「おや、言ってませんでしたか?」


「残念ながら、まだ教えてもらってないな」


「殿下もご存じの聖女サクラですよ」


こともなく伝えられて、クロヴィスの手が止まる。


「…は?」


「ですから、隣国ゼノス帝国に召喚されて、リン君とガイ君に強制的に帰還させられた『聖女サクラ』です」


カイルの口から、思いがけない名前が出た。


「彼女は…その、元気、なのか?」


「元気ですとも。毎晩うるさいくらいです」


微妙な間をあけて問いかけるクロヴィスに、うんざりとカイルは答えた。

昨日だって長話に付き合わされたのだ。

上司の愚痴とか、上司の愚痴とか、上司の愚痴とか!


「それと、伝言がありました」


クロヴィスとエレオノーラに向かってカイルは切り出した。

全く自分が理解できなかった内容を丸投げする気満々で。


「リン君とガイ君に、何か大変なことが起きるので気を付けてくれ、とのことです」


……。


「ずいぶんざっくりしているな?」


「使い道のなさそうな情報ですわね。『何か』というのはなんなの?」


やはり、伝わらないか。

カイルはひょいと肩をすくめた。


「さあ?」


「『さあ?』って…」


曖昧で役に立たなそうな情報に、エレオノーラとクロヴィスは顔を見合わせた。


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