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【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線  作者: 神野あさぎ
一年生・夏休み

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case.58「真白の行方」

 強烈な日差しがアスファルトを白く焼き付ける夏。

 刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校の補習を終えた強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)は、単調な帰路を歩いていた。

 彼の脳内は、一方的に好意を寄せる佐倉真白(さくら・ましろ)の存在によって大部分が占拠されている。


 思考と連動するように、足は自然と彼女の出没率が高いエリアへと向かっていた。

 住所を特定する意志も、執拗に尾行する意図もない。ただ、視界の端にその姿を捉えたいという無意識の欲求が、彼のベクトルを制御していた。


「あ、強矢じゃん……」


 深い呼気を漏らし、歩みを止めた翠柳の背後から、間延びした声が投げかけられる。

 振り返り、大空蒼(おおぞら・そう)の姿を視認した瞬間、翠柳の脳内で極端な演算が開始された。


 ここは佐倉真白の出没ポイント。

 そこに現れた同級生の男。導き出される結論は一つ。


「貴様! まさか、真白さんを!?」


 翠柳は瞬時に距離を詰め、蒼の両肩を鷲掴みにすると、前後に激しく揺さぶった。


「なんで佐倉?」


 蒼の顔に、明確な後悔の色が浮かぶ。

 その直後、翠柳の身体が彫像のように硬直した。


「何? なんなの?」


 蒼は揺さぶりから解放され、首を傾げ、翠柳の視線の先を追う。

 道路を挟んだ対岸。陽炎の向こう側を、佐倉真白が歩いていた。


「あ、噂をすればなんとやらじゃん……」


 蒼の呟きが落ちる。

 真白の姿は、建物の隙間に形成された薄暗い路地裏へと吸い込まれていった。

 翠柳の手から力が抜け、蒼の肩から滑り落ちる。彼はその場に縫い付けられたように立ち尽くした。


 完全に静止した翠柳を見つめ、蒼の眉間に皺が寄る。


「っ!」


 蒼の掌が、翠柳の背中を強かに叩き据えた。

 肺から空気が押し出され、翠柳の喉から声が漏れる。


「何をする!?」


 バランスを崩し、アスファルトに片膝をついた翠柳が、鋭く蒼を睨み上げた。


「らしくないね? 追いかけたら?」


 蒼は身を屈め、視線の高さを合わせて平坦に告げる。


 学園での翠柳は、常に真白の姿を追い、大仰に好意を叫び散らしている。

 その彼が、今この瞬間において沈黙を選択し、ただ見送っているという状況に、蒼は明確な違和感を検出していた。


「お、追いかけたらストーカーだろっ!」


 翠柳は立ち上がりながら、顔を背けて反論する。


「ストーカーの概念知ってるんだ?」


 蒼も姿勢を戻し、冷淡な口調で返す。

 翠柳の眉が跳ね上がり、瞳に怒りの熱が灯る。


「俺だって弁えている!!」


 翠柳の右拳が空気を裂き、蒼の顔面へと迫る。

 しかし、拳は不可視の障壁に衝突し、重い衝撃音と共に停止した。蒼の展開した圧縮空気の防壁。


「貴様! 一発やらせろ!!」


 翠柳は拳を押し込んだまま、視線で殺意を射抜く。


「やだよ、痛いもん」


 蒼は防壁の向こう側で、欠伸を噛み殺しながら応じた。


「今追えば追いつくんじゃない? 行く?」


 蒼が視線を逸らし、真白が消えた路地の奥を指差す。


「……いや、やめておく」


 翠柳の拳から張力が抜け、腕がだらりと下がる。

 彼は踵を返し、逆方向へと歩き出そうとした。


「じゃあ、ボクは行こうっと」


 蒼が道路を横断すべく、足を踏み出す。

 翠柳の反射神経が即座に反応した。


「待て待て! 何故貴様が真白さんの尾行をするんだ!! やはり貴様、真白さんを狙って!!」


 翠柳の怒声が響く。

 蒼は振り返ることなく歩調を速め、翠柳はその後を追って駆け出した。


「佐倉に好意はないけど、強矢がこの後どう行動するのかには興味がある。ってか暇だし」


 蒼は走りながら、背後へ向かって事実のみを告げる。


 真白の元へ翠柳を誘導し、生じる化学反応を観測する。

 表向きの理由はそれだが、本質は単なる暇潰し以上の何物でもない。


 翠柳が異能を励起させ、筋肉の出力を爆発的に引き上げる。

 強引に距離を詰め、蒼の捕捉を試みる。

 対する蒼は、背後の気流の変化から翠柳の軌道を予測し、空中に不可視の壁を形成して幾度となくその突進を阻害した。


 路地裏の迷路を抜け、二人の視界が急激に開ける。

 太陽光を遮断する巨大なコンクリートの塊。

 冷気を孕んだ空気が滞留する、私営の異能訓練施設。


「此処……」


 蒼の歩みが止まり、視線が建物の外観をなぞる。


「帰ろう」


 追いついた翠柳の右手が、蒼の肩を重く押さえつけた。

 指先に込められた圧力が、明確な拒絶の意思を示している。


「此処が何か知ってんの……?」


 蒼は肩越しに翠柳の顔を見上げる。

 翠柳は無言のまま手を離し、踵を返して歩き出した。


 蒼は再び施設へ視線を向け、その構造を記憶に留めた後、翠柳の背中を追う。


「ちっ……もっと面白いこと、起きて欲しかったな」


 蒼は両手を頭の後ろで組み、不満気に呟く。


「貴様ぁ……」


 前を歩く翠柳の口から、低い呪詛が漏れる。


 施設の二階。

 マジックミラーの施された窓の向こうで、佐倉真白が右手をガラスに添え、遠ざかる二人の後ろ姿を無機質な瞳で見下ろしていた。


 再び熱気の渦巻く大通りへと戻る。

 翠柳が歩みを止め、蒼へ向き直った。


「で、貴様は何故こんな所に居たんだ?」


 ここは真白の出没ポイント。先ほどの言い訳では演算が合わない。


「佐倉目当てじゃないよ。この辺に出来た寝具店を見に来たんだよ」


 蒼は大きな欠伸と共に、通りの斜め向かいを指差す。

 新規オープンの花輪が並ぶ寝具店が、翠柳の視界に入った。


「貴様、いつも授業中寝てるのに……何故赤点じゃないんだ?」


 翠柳の思考が、唐突に別の疑問へとシフトする。


「赤点回避ぐらい簡単じゃね?」


 蒼の返答は、どこまでも気怠げだった。


「まさか! 不正か!!」


 翠柳が再び蒼の肩を掴み、力任せに揺さぶる。

 直後、高密度の空気弾が翠柳の顔面を直撃し、その衝撃で彼は背後へたたらを踏んだ。


「してない」


 蒼は冷ややかな視線を落とし、短く切り捨てる。


「くっ……貴様を殴る大義名分が欲しいっ……!」


 翠柳は両拳を強く握り込み、腕の筋肉を震わせる。


「殴るなよ」

「殴る!!」


 不毛な押し問答が開始された直後、二人の間合いを割るように一つの影が近づいてきた。

 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)


「うわ……クラスで一番会いたくない、勝気プライド女に会った……」


 蒼の視線が、明らかな不快感と共に逸らされる。


「なん……だって……?」


 朱美の肩が小刻みに跳ね、瞳の奥で熱量が急上昇する。


「ああ、なんだ火乃宮か……」


 翠柳の口からも、興味を完全に失った平坦な声が漏れた。

 朱美の怒りが臨界点へと達する。


「あんたら火傷程度じゃ許さないから!!」


 朱美は左手を腰に当て、右手の指先を二人へ向けて怒声を叩きつけた。


「いや、火乃宮じゃ俺には勝てん」


 翠柳は右手を軽く掲げ、単なる事実として首を横に振る。

 その一切の淀みない評価が、朱美の神経をさらに逆撫でする。


「ってか火乃宮は、なんでこんなところに?」


 蒼が話題を強制的に切り替える。


「あんたって、そんな性格だったっけぇ?」


 朱美の眉間に皺が寄る。入学当初の大人しい印象と、現在の底の知れない態度の解離。


「塾とか検討してて、この辺りにあるって聞いたんだけど……見当たらないのよね」


 朱美は怒りを一旦抑え込み、右手を顎に添えて周囲を見渡す。

 その言葉が、翠柳の鼓膜を叩いた。

 彼の右手が、無意識にピクリと反応を示す。


「塾? 勉強頑張ってんだ、ふーんへー。興味なっ」


 蒼は両手を頭の後ろで組んだまま、完全に思考をシャットアウトした。


「あんたが聞いたから答えたんだけど!?」


 朱美の怒声が再び響く。


「塾って言っても勉強の方じゃなくて……異能の方。強くなりたいからね」


 朱美は視線を外し、意地を張るように言い放つ。

 その一言に、翠柳の拳が静かに握り込まれた。


 蒼の眼が、翠柳の微かな動作を正確に捉える。

 しかし、彼はその意味を深堀りすることなく、視線を別の対象へと向けた。


「あっそ。それじゃあ、カプセルトイの森へ行こう。火乃宮の奢りで」


 蒼が通りの向かいにある、大量の筐体が並ぶ店舗を指差す。


「なんで私の奢りなの!?」


 朱美の抗議を完全に無視し、蒼は歩き出す。


「ちょっと! 私は奢らないわよ!!」


 怒声を上げながらも、朱美の足は蒼の後を追っていた。

 取り残された翠柳は、僅かに俯き、脳内で何事かの演算を処理している。

 数秒後、彼は両手で自身の頬を強く叩き、思考をリセットした。


「よし、火乃宮の奢りだな!」

「だから奢らないって!」


 翠柳の叫びが店舗へ向かって放たれる。

 朱美の反論が木霊し、三人の足音が夏のアスファルトに吸い込まれていった。

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