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【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線  作者: 神野あさぎ
一年生・文月

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case.55「謝罪」

 天竜天色(てんりゅう・あまいろ)が暴走の果てに再びⅩⅢ(サーティーン)の拘束下へ落ちたという報告は、すでに本部の奥深くまで届いていた。

 無機質な廊下に立つ藤原は、中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、窓ガラスの向こうに広がる景色へ視線を向ける。


「愚かだな……所詮駒か」


 藤原の唇から、一切の熱を持たない言葉が滑り落ちる。


大空蒼(おおぞら・そう)……彼のことはどうするかな」


 腕を組み、思考の海へ沈む。

 天色の暴走を想定し、防波堤として大空蒼を配置した。


 あの時、藤原は彼に「ならこの話は退屈な人生に色を添えるだろう」と持ち掛けている。

 しかし、事態は予測の範疇を逸脱した。


 天色が想定よりも早く六大路辛(ろくおおじ・かのと)へと牙を剥き、結果として蒼の出番があまりなく制圧されたのだ。


 次なる手駒としての運用法を演算し始めたその時。

 足音もなく、黒いヴェールで顔を覆った封印局長が通りかかった。


「そんなもの放っておけ」


 局長は一瞥もくれず、凍てつくような冷気を残して廊下の奥へと消えていく。


「どうもⅩⅢ(うち)は、自分より下の者には手厳しいな」


 藤原は再び窓の外へと視線を戻す。


 刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校に集められた特異な生徒たちは、未来のⅩⅢを担う原石だ。

 彼らの育成と選別もまた、藤原に課せられた業務の一つであった。


 だからこそ、盤面には常に布石を打つ必要がある。


 定期検査という名目で辛に加えられていた過剰な負荷に対し、藤原が介入の姿勢を見せたのも、彼を重要な戦力として見積もっていたためだ。


 結果的に四月レンが先んじて実力行使に出たが、計算に狂いはない。


「さて……」


 藤原は眼を細め、次の盤面へと意識を移行させた。


 一方、ⅩⅢの監察医療棟。


 青藤葵(あおふじ・あおい)火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)、六大路辛、紺野爪戯(こんの・つまぎ)黒川玄(くろかわ・くろ)、そして枯野(かれの)アカハの六名は、戦闘による負傷の治療のため、再びこの施設を訪れていた。


 天色の逃走を幇助し、事態を悪化させたアカハに対しては、後日ⅩⅢの監査局から正式な罰則が下されることが決定している。


「ごめんなさい」


 処置を終えた葵と朱美の前に立ち、アカハは深く頭を下げる。

 そのまま辛たちの方向へ向き直り、再び腰を折った。


「怖かったし、正直狙われる意味も分からなくて……でもまあ、ちゃんと反省して更生するなら……」


 葵は擦り傷の残る左腕を右手でさすりながら、静かに言葉を紡ぐ。

 アカハには相応の代償が課される。その事実と、目の前で項垂れる姿を前に、葵はこれ以上の追及を避けた。


「私は青藤さんが言いなら、別に良いけど」


 朱美は脚を組み替え、窓の外へ顔を向けて投げやりに返す。


 辛は無言でアカハを見下ろしていた。

 重い沈黙が落ちる中、玄が辛の肩へそっと右手を乗せる。


「辛君も良い?」


 玄の口元には、いつもの緩やかな笑みが浮かんでいた。


「被害者は青藤と火乃宮だ。二人が許しているなら別に……」


 辛の返答は淡白なものだった。

 当事者である二人が矛を収め、アカハ自身も罪を認めている以上、彼が介入して裁きを下す理由はない。

 爪戯は壁に寄りかかり、横目でその様子を観察していた。


 アカハは、もう一度深く頭を下げた。


「言葉だけでなく、ちゃんと態度で示していく。今日はごめんなさい」


 病室の空気に誓いを残し、アカハは扉の向こうへと去っていく。


 しばらくして、朱美も席を立ち病室を出る。

 葵もそれに続いた。

 廊下を歩きながら、葵の視線はこの建物のどこかで眠り続けているはずの錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)の気配を探していた。


 辛、爪戯、玄の三人が帰路につこうと歩き出した時。

 爪戯の手が、玄の肩を掴んで制止した。


「辛ごめん、先帰ってて。オレはこいつに話がある」


 爪戯は玄から視線を外さないまま、辛に向けて言う。

 辛は微かに顎を引き、何も問わずに一人で歩みを進めた。


「あ、右眼のこと?」


 辛の背中が曲がり角の先へ消えたのを確認し、玄が口を開く。


「なんで知ってんだよ……誰にも言ったことないし、知っている人も限られる」


 爪戯の瞳に、鋭い警戒の色が滲む。


「何処から説明したら……う~ん。爪戯君って、前世信じる?」


 玄から唐突に投げられた問い。

 常軌を逸したその単語に、爪戯の眉間へ深い皺が寄る。


「奇妙なことに、オレには前世の記憶……みたいなのがあってさ。そこでは辛君や爪戯君達も存在していたし、能力も同じだったんだよね」


 玄の表情から緩さが消え失せ、冷たいほどの真剣さが顔を覆う。

 爪戯は空気を読み取り、それがくだらない冗談などではないことを正確に悟った。


「マジ……?」


 爪戯は右手を額に当て、低く唸る。


「前にさ……路地裏で切ノ札(きりのふだ)学園の生徒を見たオレの反応が、硬直したの覚えてる?」


 蒼が起こしたとされる異能消失事件。その調査の過程で、特異な制服を着た生徒たちを目撃した時のことを玄が引き合いに出す。


「まあ……まだ新しい記憶だし?」


 爪戯は記憶の糸をたどりながら答える。


「前世のオレの恩人、オレを残して死んだんだけど……あの路地裏で、同じ人が居たからびっくりして……まさか学生やってるなんてって思った」


 玄の視線が、遠くの虚空を彷徨う。


「前世と同じ人どのくらいいるの?」


 爪戯は冷静に情報の核心を突く。


「辛君と爪戯君と佐倉さんに強矢君……あとは辛君のお父さんとか切ノ札に通ってる恩人とか」


 玄は右手を口元へ当て、淡々と名前を羅列した。


「A組に四人も……マジか」


 爪戯は天井を仰ぎ、脳内で情報を整理する。


「信じる……?」


 玄の視線が、爪戯の瞳を真っ直ぐに射抜く。


「まあ、最初は冗談か何かかと思ったけど……異能に特異体質、魔とか言う不可視の現象も存在するし……記憶のことも不思議なことがあっても仕方ないって思ったし」


 爪戯は視線を玄へ戻し、淡々とした口調で事象を肯定する。


「あんたの真剣な表情を見たら、信じて良いって思った」


 爪戯の言葉を受け、玄の口角が僅かに上がった。


「辛はこのこと知ってるの?」


 爪戯が状況の把握を進める。玄は首を横に振った。


「思わず言いそうになったことはあるけど……」


 かつて、辛の弟の所在について不用意に尋ねそうになった記憶。

 あの時、辛からは弟に関する情報は一切開示されていなかった。玄は咄嗟の判断で言葉を濁し、隠蔽している。


「まあ、記憶はあんたの中のものだし。辛に言うかは好きにすればとは思うけど」


 爪戯は短く息を吐き捨てた。


 玄にとって、爪戯に前世の記憶を明かすことは本来の計算にはなかった。

 しかし、戦場で彼しか知り得ない右眼の魔眼について言及してしまった以上、隠し通すことは不可能だと判断したのだ。


「いやまあ……辛君にとって有益な情報はないかな?」


 玄は眉を寄せ、記憶のデータベースを検索する。

 前世の世界と今の世界。共通の要素は存在するが、現在の辛の状況を好転させるような決定的なカードが見当たらない。


「う~ん」


 玄は頭を抱え、思考の迷路に陥る。

 その様子を見ていた爪戯の口が、微かに開かれた。


「存在も異能も同じ、か……もしかして──……いや、やっぱ良い」


 爪戯の脳裏を過ぎった一つの仮説。しかし、彼はそれを言語化する直前で飲み込み、首を横に振った。

 玄は疑問符を浮かべた顔で爪戯を見つめる。


 それ以上の対話は交わされず、二人は歩みを再開した。


 季節は巡り、文月の前半が終わる。

 一学期の修了を告げるチャイムが学園に響く中、錆御納戸雫の姿が教室に戻ることはなかった。


「雫……」


 葵の唇から、行き場のない名がこぼれ落ちる。


 刃ケ丘異能高等学校の夏休みが、静かに幕を開けた。

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