case.20「それぞれのクラスⅡ」
「その……天竜君、あのくらいで良かったのかな?」
登頂を目指し、A組とは別ルートを進むB組。
先頭を歩く天竜天色の背中へ、西森シルヴァが恐る恐る声をかけた。
「ああ、彼のチカラが見てみたいから攻撃してみてってお願いしたこと? う~ん、そうだね。底は見えたとは思わないよ」
天色は右手の人差し指を顎に当てながら、柔らかな笑顔のまま答える。
シルヴァが六大路辛を攻撃したのは、天色の指示によるものだった。
「ⅩⅢが目をかけてる理由はなんとなく分かったけどね」
天色の声色はどこまでも穏やかだ。
「入学式から通えていれば良かったよな」
天色の後ろから、朱殷実果が頭の後ろで両手を組みながら声を張り上げる。
「見てみたかったぜ、無様に負けるクラスメイトってのを」
朱殷の言葉が、浅黄ゴウへと真っ直ぐに突き刺さる。
ゴウはポケットに両手を突っ込んだまま、苛立たしげに舌打ちをしてそっぽを向いた。
「その点について少し疑問なのですが、何故入学式の日から一週間も休んでいたのですか? それも二人揃って」
花緑青小春が、ふと湧いた疑問をそのまま口にした。
「花緑青さん、事情があったと思うし追及するのは……どうかと思うなあ」
小春の隣を歩く炭野るかという少年が、慌てて釘を刺す。
B組の間に、得体の知れない妙な緊張感が走った。
「なあ花緑青」
前方を歩いていた朱殷が振り返った直後、その手が小春の首元へと伸びた。
有無を言わさぬ力で首を締め上げ、彼女の身体を宙へと持ち上げる。
B組の生徒たちの表情が完全に硬直した。
「ご、ごめ……っ」
「詮索は無しだ」
小春は苦痛に顔を歪め、絞り出すように声を漏らす。
朱殷は冷たく言い放つと、ふいっと手の力を抜き、小春を解放した。
小春はその場に崩れ落ち、激しくむせる。
炭野が駆け寄り、彼女の背中をさすった。
「駄目だよ朱殷。暴力沙汰は」
天色は前を向いたまま、振り返ることも歩みを止めることもなく、極めて軽い調子でたしなめた。
一方、A組。
無数の魔物が、列をなすA組へと襲い掛かっていた。
先頭に立つ佐倉真白は、無表情のまま光線を放ち魔物を処理していたが、絶対数が多すぎる。
「きゃっ」
「なんでこんなに!?」
木々の隙間から次々と湧き出す魔物に、女子生徒たちから悲鳴が上がる。
「それになんか機敏って言うか……暴走してる?」
紺野爪戯が迎撃しながら叫ぶ。
後方から襲い来る魔物は、強矢翠柳が抜刀した刃で次々と斬り伏せている。
「確かにこれは暴走! 真白さん!」
翠柳の意識は、常に真白一択であった。
当の真白は背後の喧騒など存在しないかのように、前を向いたまま光の珠を操り、淡々と殲滅を継続している。
土煙が舞い、視界が白く濁っていく。
真白の眼がわずかに細められた。
「『魔』の影響か?」
色波樹が状況を分析し、結論を口にする。
「ⅩⅢが管理してるんじゃないのかよ!」
「『魔』についてはどうしようもないんじゃない?」
紅桔梗志紀が焦燥に駆られて叫び、蘇芳レイヴンが呆れたように返す。
魔は異能の暴走を誘発するだけでなく、魔物にも作用する。
理性を奪い、凶暴化させて人間を襲わせるのだ。
しかし、何故急に暴走しだした……? 予兆はなかったように思える……。
樹の脳内で高速演算が行われる。
しかし、答えは視えない。
『魔』という現象はそれほどまでに不可解であり、現在の彼らには情報が圧倒的に不足していた。
「応戦するしかない、か」
樹は額に冷や汗をにじませる。
自身の持つ反射の異能で、自分一人を守ることは可能だ。
しかし、他のクラスメイトはどうなる。その懸念が彼の足を重くしていた。
「くっ」
火乃宮朱美が魔物へ向けて手を突き出そうとする。
だが、即座に志紀がそれを制止した。
「何よ!」
「お前が戦って引火してみろ! 大惨事だぞ!」
「……でも!」
朱美は自身の異能を完全にコントロールできていない。
木々が密集するこの山中で熱量の制御を失えば、大規模な山火事へと発展する。
そうなれば、全員での登頂という課題の達成は不可能となる。
「仲間割れしてる場合じゃないって!」
爪戯が氷の異能で魔物の足を止めながら叫ぶ。
しかし、凍らされた魔物の一部は赤い肉芽を膨れ上がらせ、再生して再び襲い掛かってくる。
「再生はズルいって!」
「赤い核がある! それを狙って!」
レイヴンが愚痴をこぼし、爪戯が的確な指示を飛ばす。
彼らは特別対策部の入部試練において、これと同種の魔物と対峙している。
核さえ潰せば再生を阻止できるという事実は、すでにデータとして共有されていた。
「か、核を狙うっても……」
「きゃっ」
錆御納戸雫と青藤葵が、飛びかかってきた魔物を避けようとして地面に転がり込む。
体勢を崩した二人へ、魔物が凶悪な爪を振り下ろす。
一閃。
合流を果たした辛が、掌から生成した金属の刀で魔物を両断した。
雫と葵はお互いの手を固く握りしめたまま、完全に腰を抜かしている。
「辛!」
「逃げる時間を稼ぐ」
爪戯の声に、辛は視線を動かすことなく短く応じた。
「オレも居るよ~」
後れて駆けつけた黒川玄が、足元の影を刃に変えて魔物を貫く。
「任務継続了解」
先頭に立つ真白が、圧倒的な火力で前方の道をこじ開ける。
後方では辛、玄、翠柳、爪戯の四人が防衛ラインを構築し、魔物の群れを押し留めている。
残りの生徒たちは互いに助け合いながら、歩みを止めずに前へと進む。
「前回みたいに爆破する?」
爪戯が入部試練の記憶を引っ張り出し、提案する。
「爆破!? 物騒な!」
事情を知らない翠柳がすかさず突っ込みを入れた。
「爆破ってもオレの影が抑え込むんだよ~」
玄が緊迫感のない声で補足する。
「核の位置なら前回の戦いで分かっている。そこを貫く」
辛は前方を見据えたまま、別の戦術を提示した。
「あまり前と離れるのも良くない、早急に決めよう。オレと爪戯君が動きを止める、良い?」
「なんであんたが仕切って──……」
玄の指示に、爪戯が反射的に噛みつく。
「俺は前に行きそうなのを斬る! うおおおおお! 真白さあああん!」
翠柳は真白の名を叫びながら、前方へと突き進んでいく。
辛が短く頷くと、爪戯と玄が同時に異能を展開した。
凍てつく氷と、這い寄る影。
二つの異能が魔物の群れの機動力を完全に奪い、その場に縫い付ける。
辛は金属生成の異能を励起させた。
目標は固定された。あとは正確に核を貫くだけだ。
直後、地面から無数の金属の剣や槍が突如として隆起し、魔物たちの赤い核を容赦なく貫いていった。
一瞬の静寂。
核を破壊された魔物たちは、再生のプロセスに移行することなく霧散し、消滅していく。
「急いで合流するぞ」
辛は刀を消散させると、背を向けて駆け出した。
「「あ、待って!」」
玄と爪戯の声が見事に重なる。
列の先頭は真白が維持しているが、窮地を脱したとはいえ油断はできない。
辛は一気に距離を詰め、真白と並ぶ最前列へと出た。
「お前っ……」
樹が辛の合流を見て、思わず顔をしかめる。
辛は足を止め、地面を強く踏みしめた。
「あまり自然の地形を変えるのは好まないんだが……」
辛は自身の内にある五行の異能のうち、土と木を同時に解放した。
地響きとともに地面が平坦に均され、行く手を阻む木々や根が自ら退くようにして道を開いていく。
「すごっ」
背後のクラスメイトたちから、思わず感嘆の声が漏れた。
彼らの目の前に、安全で歩きやすい道が瞬く間に形成されていく。
最初からこの手段を取ればよかったと思うかもしれない。
しかし、管理地とはいえここは自然の山だ。地形を強引に作り変えれば、生態系に予期せぬ影響を及ぼしかねない。その論理的懸念があるからこそ、辛は最初からこの力を行使しなかった。
だが、魔物の暴走というイレギュラーが発生した今、緊急時の最適解としてこの選択肢を実行したのだ。
「このまま登頂する」
辛が簡潔に宣言し、真白と共に先頭を歩く。
殿には爪戯、玄、そして翠柳がつく。
足場の悪い獣道ではなく、地ならしされた平坦な道を、A組は駆け上がっていく。
「ってか五行使いってズルくね?」
「一瞬で切り開いちゃったよ」
「最初からやって欲しかったよなあ」
緊張の糸が少しだけ緩み、クラスメイトたちから各々の感想が漏れる。
「流石だね」
玄が笑みを浮かべて言うと、爪戯は大きく、力強く頷いた。




