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死に戻り令嬢は復讐より『推し活』に忙しい! 〜ギャンブルで稼いだ大金で未来の英雄たちを買い占めたら愛が重すぎました〜

作者: あとりえむ
掲載日:2026/03/10

目が覚めた瞬間、視界に飛び込んできたのは見飽きた豪華な天蓋と、鏡に映る若かりし日のソフィ──つまり、私の姿だった。


そして隣には、後に私を裏切り、実家の財産を食いつぶして私を奈落へと突き落とす男、デミウスが安らかな寝息を立てている。


普通ならここで、裏切りの記憶に震えてナイフを握るか、あるいは静かに復讐の炎を燃やす場面なのだろうけれど。


「……やってられないわ、そんな面倒なこと」


私は迷わずベッドを抜け出し、宝石箱から換金できそうなものを手当たり次第にバッグへ詰め込んだ。


復讐なんて、憎しみに割くエネルギーがある人間がやればいい。今の私にあるのは、あのクソったれなデミウスがどの賭けで大穴を当て、どの剣闘士が勝ち残ったかという、オタクゆえの最低で最高な記憶だけだ。


前世の私は、デミウスに尽くしてすべてを失い、最後は独りぼっちで死んだ。

けれど、死の間際まで私の心を支えていたのは、デミウスへの愛などではなく、彼が権威のために使い潰した推したちの輝きだった。


「悪いわね、デミウス。あなたの幸運、全部私が先にいただくわ」


私は夫を起こさないよう、夜明け前の静寂を縫って屋敷を出た。



行き先は、後に帝国最強の騎士となりながら、デミウスの策略によって泥の中で命を落とした私の最推し──アイオーンが戦う、地下闘技場だ。


受付の男は、ドレスを纏った私を見て鼻で笑った。

こんな場所に貴族の女が何用だ、と言いたげに。


私は手持ちの宝石をすべて机に叩きつけ、今日一番の負け馬と目されている男の名を指差した。


「全額、あのアイオーンに賭けるわ」


男の顔が引き攣る。

アイオーンは片腕を怪我した奴隷剣士。誰もが今日の試合で無残に死ぬと思っているはずだ。


けれど私は知っている。

彼はこの試合で、絶望の淵から覚醒する。

そして、その強すぎる力を恐れたデミウスによって、最後は毒を盛られて使い潰されるのだ。


「悪いけど、今回はあんな男の所有物にはさせない。前世からずっと画面越しに応援していた一番の推しの悲惨な運命は、私がこの手で全力回避させてみせるわ」


熱気に満ちた観客席の隅で、私はこれから始まる奇跡を、ただ静かに見守っていた。


試合終了の合図とともに、闘技場は静まり返った。

誰もが見放していたボロ雑巾のような男──アイオーンが、立ち塞がる巨漢を地に沈めたのだ。


狂乱した観客たちが叫び声を上げる中、私は手元の配当チケットをひらつかせ、優雅に立ち上がる。

賭け率は百倍。

ただの指輪一つが、城を一つ買えるほどの大金に化けた瞬間だった。


薄暗い控え室に向かうと、血と泥にまみれたアイオーンが、床に這いつくばって荒い息を吐いていた。

その瞳には、初めて自分を信じて大金を賭けた、正体不明の貴婦人への戸惑いと、どこか狂信的な色が宿っている。


「……なぜ、私にすべてを賭けたのですか」


傷だらけの彼が、震える声で問いかけてくる。

前世、冷たい戦場で孤独に死んでいった彼。その彼が、今は目の前で体温を持って生きている。


私はしゃがみ込み、黙って彼の汚れにまみれた頬に触れた。

愛おしい推しを間近で眺める感動に胸を震わせながら、できる限り慈愛に満ちた笑みを浮かべる。


「理由は一つ。あなたが勝つと分かっていたから。……今日から、私があなたのパトロンになってあげる。だからもう、誰にも都合よく使い潰されたりしないで」


アイオーンが目を丸くした後、その大きな体をごつごつとした床に投げ出し、深く跪いた。

そして、私の靴の先に、祈るような熱い誓いのキスを落とした。


「俺の命も剣も……すべて、あなたに捧げます」


これだけでもファンとしては感無量だけれど、私の推し活計画は始まったばかりだ。

この有り余る資金で、次は将来の経済を牛耳るはずのエドウィンを買い取りに行かなくては。


 ◇ ◇ ◇


アイオーンという最強の護衛を従えた私は、翌日にはもう、次の目的地へと馬車を走らせていた。


昨日、闘技場での大勝ちで得た金貨は、すでに信頼できる商会を通じていくつかの小切手に姿を変えている。

隣に座るアイオーンは、磨き上げられた剣のように鋭い気配を放ちながら、じっと私の横顔を見つめていた。


「……ソフィ様、次はどのような戦場へ向かわれるのですか」


彼の低い声に、私はくすりと笑って答えた。


「戦場じゃないわ。もっと地味で、けれどこの国の未来を左右する、書類の山の中よ」


行き先は、王都の隅にある薄汚れた官庁街。

そこには、前世でこの国の財政を立て直し、冷徹な守銭奴と恐れられた未来の宰相、エドウィン・ラングレーが埋もれている。


今の彼はまだ、没落寸前の実家の借金を返すために、安い給料で死ぬほど働き、無能な上司の嫌がらせに耐えながら書類整理に追われている身だ。



「見つけたわ。エドウィン・ラングレー」


高く積み上がった書類の山の隙間から、私は彼を見つけ出した。

銀縁の眼鏡の奥に驚きを秘めた、驚くほど整った、けれど酷くやつれた顔立ち。

彼は顔を上げ、私と、私の背後に控える圧倒的な威圧感を放つアイオーンを交互に見て、不機嫌そうに眉を寄せた。


「……どちら様でしょうか。私は見ての通り、取り込み中なのですが。苦情ならあちらの受付へどうぞ」


冷ややかな拒絶。けれど、私はその態度が大好物だ。

前世で、彼が完璧な策を弄して敵対勢力を破滅させていた時の、あの冷酷な美貌を思い出し、胸が高鳴る。


私はバッグから、彼の年収の数十年分に相当する額面が書かれた小切手を取り出した。

そして、彼が書きかけの書類の上に、無造作にそれを置いた。


「これを受け取って、今すぐその安っぽい仕事を辞めてちょうだい。今日からあなたは、私の専属の財務官兼、二番目のお気に入りよ」


彼は呆然として、小切手の数字と私の顔を何度も往復させた。


「なっ……正気ですか? 僕は名もない下級貴族で、家には莫大な借金が……。こんな不審な金、受け取れるはずがありません」


「ええ、知っているわ。あなたの家の借金なんて、その小切手の一枚分にも満たないでしょう? 後の分は、あなたの当面の研究費と、あなたの美しい頭脳を私が独占するための契約金よ」


「……独占、ですか」


「ええ。断る理由は、どこにもないはずよ。あなたの才能を、こんな埃っぽい場所で腐らせるなんて、ファンとして許せないもの」


混乱するエドウィンの細い手を取り、私は無理やり契約の印を押し付けた。

彼の指は驚くほど冷えていて、やはり今すぐにでも救済が必要だったのだと再確認する。


ふと、背後でアイオーンが凄まじい殺気を放つのを感じた。

野性味あふれる剣闘士と、繊細で冷徹な未来の宰相。

私の推しコレクションが、また一つ素晴らしい彩りを増したわ。


「あ、そうだわ。屋敷に帰る前に、新しい服を仕立てに行きましょう。ボロを着ているあなたも素敵だけど、最高級のシルクを纏った姿も見たいもの」


エドウィンを引きずるようにして馬車へ押し込む。

その光景を、たまたま通りかかったデミウスの部下が見ていたことなんて、私は微塵も気づいていなかった。


いえ、正確には、気づく価値さえないと思っていたのだけど。



一方、その頃。

豪華な屋敷の寝室で目を覚ましたデミウスは、空っぽになった宝石箱と、テーブルに置かれた一枚の紙片を前にして、顔を真っ青にしていた。


その紙片には、彼が裏で作っていた多額の借金のリストと、私の署名が入った別居合意書が添えられていたからだ。


もちろん、彼が私を探し出そうとするのは分かっている。

けれど、今の私の隣には、帝国最強の剣と、帝国最恐の頭脳が揃っているのだ。


「……ソフィ様、お嬢様? 聞いていますか? 僕はまだ承諾した覚えは……」


馬車の中でなおも抗議を続けるエドウィンに、私はとびきりの笑顔で答えた。


「大丈夫。すぐに慣れるわ。私の愛は、少しだけ重いかもしれないけれど」


 ◇ ◇ ◇


事務的な手続きは、驚くほどあっけなく終わった。


未来の法改正や、汚職に手を染める予定の役人の弱みをいくつか握っていれば、デミウスの署名なしで離縁状を正式なものにするなんて造作もないことだ。

私は寝室の机に、これ見よがしに分厚い書類の束と、受理済みの離婚証明書の写しを置いてきた。


あの男が今頃、目玉が飛び出るような負債額を前にして、怒りと絶望で泡を吹いて倒れている光景を想像すると、少しだけ笑みがこみ上げてくる。


「……次は、あそこね」


私が指差したのは、王都の片隅にある、今にも崩れそうなボロい劇場だった。



絶対的な本命であるアイオーンと、有能な財務官としてすでに私の家計を完璧に把握し始めたエドウィンを従えて馬車を降りると、劇場の支配人が揉み手で出迎えてくる。


客席はまばらで、舞台の上では一人の青年が、悲劇の騎士を演じていた。

汚れひとつない銀髪と、憂いを含んだ紫の瞳。

セリフを吐くたびに震える長い睫毛が、薄暗い照明の中で宝石のように煌めいている。


「ねえ、あの彼。名前は?」


「あ、ああ、リュカという食い詰め者でして。顔だけはいいのですが、客が入らなくて……」


支配人が卑屈に笑う。

私は満足げに頷くと、金貨の詰まった袋を支配人の胸に押し付けた。


「この劇場ごと、彼を買い取るわ。今日から彼は私の専属役者。舞台は、私の屋敷のサロンよ」


舞台上のリュカが、驚愕に目を見開いてこちらを見た。

絶望に沈んでいた瞳に、得体の知れない救済者が映り込む。

その瞬間、彼の瞳に宿ったのは、狂信的なまでの心酔だった。


「さあ、行きましょう。新しい衣装と、最高の脚本を用意してあげる」


私がリュカを連れ出そうとしたその時。

背後から、馬を飛ばしてきたのであろう、乱れた足音と怒鳴り声が響いた。


「待て! 待てと言っているんだ、ソフィ! あの莫大な借金の書類は一体何の冗談だ!」


聞き飽きた、デミウスの声。

私は振り返ることさえしなかった。

ただ、隣に並ぶエドウィンが冷ややかに眼鏡を押し上げ、アイオーンが剣の柄に手をかけただけだ。


「エドウィン、何か聞こえた?」


「いえ、羽虫の羽音の類かと。不快であれば、私が排除の手配をいたしますが」


「いいわ。構うだけ時間の無駄よ。さあリュカ、行きましょう。あなたのための馬車はあっちよ」


私は震えるリュカの肩を抱き寄せ、一度も後ろを向かずに豪華な馬車へと乗り込んだ。


「待て、行くな! 私の宝石はどうした! あの金がなければ私は……!」



怒号を上げる男の存在など、私の贅沢な日常には一滴のノイズにもなりはしない。


馬車の中で、アイオーンが私の隣を陣取り、リュカを射殺さんばかりの視線で見つめている。

エドウィンは反対側の席で、淡々と次の買収予定リストを整理していた。


「ソフィ様、この役者の維持費も私の管理下に入るということでよろしいですね。無駄な浪費は許しませんよ」


「ええ、頼りにしてるわ。……ねえリュカ、そんなに震えなくて大丈夫。私の前でだけ、最高の演技を見せてくれればそれでいいの」


リュカは私の膝元に跪き、すがるように私の手を取った。


「あなたのためなら、私はどんな役にもなりましょう。……たとえ、あなたの心を縛り付ける、地獄の番人にさえ」


三人目の推しも、どうやら期待通りの重さを持ってくれそうだわ。

私の理想の庭が、着々と完成に近づいていく。


 ◇ ◇ ◇


三人の「推し」を揃えた私の屋敷は、もはやただの貴族の邸宅ではなくなっていた。

前世の知識と、エドウィンが転がして増やした莫大な資金を惜しみなく注ぎ込み、私は彼らを「育成」することに没頭した。


アイオーンには帝国一の指南役と最高級の魔剣を与え、エドウィンには王立図書館の禁書を閲覧できる権利と商会の実権を。そしてリュカには、彼専用の劇場を屋敷の中に造らせた。


「ソフィ様、今日の剣術大会、ご覧いただけましたか」


返り血を拭いもせず、アイオーンが私の足元に跪いた。

彼は今や、公式の御前試合で一度も土をつけない「無敗の剣士」として、王都中の令嬢たちの憧れの的となっている。

けれど、彼は私以外の誰にも、その剣を捧げるつもりはないらしい。


「ええ、見ていたわ。最後の一撃、とても美しかったわよ」


私が微笑んで彼の手の甲に触れると、アイオーンの瞳が熱っぽく潤んだ。


「……あなたの視線を感じるだけで、俺はどんな化け物だって斬れる。俺を救い上げたあなたの指先が汚れないよう、この街の穢れはすべて俺が斬り伏せます」


その忠誠心は、いつの間にか狂信に近い独占欲へと変貌していた。


「アイオーン、あまりソフィ様を独り占めするな。彼女にはこれから、私が用意した新作の菓子を吟味していただく時間だ」


冷ややかに割って入ったのは、眼鏡の奥に鋭い知性を光らせるエドウィンだ。

彼はわずか数ヶ月で、没落寸前だった実家を再興させただけでなく、この国の流通の半分を支配する「影の経済総督」と呼ばれるまで登り詰めていた。


「ソフィ様、この売上報告書を。あなたの資産は前月の三倍になりました。……あなたが望むなら、この国を買い取って、あなたを女王に据えることだって造作もないことですよ」


エドウィンは私の椅子に寄り添い、耳元で甘く、けれど逃げ場のない声を出す。

彼は私のスケジュールを完璧に管理し、私が他の貴族と接触する機会を巧妙に排除し始めていた。


「二人とも、ソフィ様を困らせてはいけませんよ。彼女が今求めているのは、安らぎと……私の愛なのですから」


サロンの奥から、リュカが優雅に姿を現した。

かつての食い詰め役者は、今や「大陸一の美貌」と謳われるスターとなり、彼が舞台に立つだけで王都の経済が動くとさえ言われている。

リュカは私の膝元にしゃがみ込み、私の手を取って、熱い吐息を吹きかけた。


「ソフィ様、今夜は私のために空けておいてくださいね? あなたのためだけに書き下ろした、一生終わらない愛の物語を囁かせてほしいのです」


……なんだか、思っていたのと少し違う。

私はただ、推したちが不幸になる運命を書き換えて、彼らが輝く姿を特等席で眺めていたいだけの、ただのファンだったはずなのに。


彼らからの視線が、どんどん「重く」なっている気がする。

私が他の男の名前を出すだけで室温が下がり、私が少しでも疲れを見せれば、彼らはその原因となった相手を社会的に抹殺しようとするのだ。


一方、私からすべてを奪われたデミウスは、日々惨めさを増していた。

私の実家の財産を当てにしていた彼は、今や借金取りに追われ、かつての友人に門前払いを食らいながら、泥水をすするような生活を送っていると聞く。


「ソフィ様、そろそろ『仕上げ』にしましょうか」


エドウィンが冷酷な笑みを浮かべて、一枚の招待状を差し出した。

それは、王家が主催する大規模な夜会の案内状。


「あの男が、最後の手札を使ってあなたを連れ戻そうと画策しているようです。……もちろん、返り討ちにする準備はすべて整っておりますが」


私はその招待状を受け取り、優雅に立ち上がった。


「ええ、楽しみね。私の推したちがどれほど立派に成長したか、あの男に、そして社交界の皆さんに、とどめとして見せつけてあげましょう」


アイオーンが私の腰を抱き、リュカが私の手を取り、エドウィンが私の背後を固める。

世界で一番重い愛を背負って、私は最後の舞台へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


王都の夜を彩る、年に一度の王立晩餐会。

煌びやかなシャンデリアの下、社交界の重鎮たちが集うその中央を、私たちは風を切って歩いていた。


かつての私は、デミウスの影に隠れ、彼の顔色を伺いながら歩くことしかできなかった。

けれど今は違う。


帝国最強の盾、アイオーン。

帝国の財布を握る、エドウィン。

帝国の華、リュカ。


三人の至宝を従えた私の姿は、並み居る公爵夫人たちさえも圧倒するほどの、異様なまでの輝きを放っていた。


「ソフィ様、そんなに端を歩かないでください。俺があなたの隣にいないと、不埒な輩が寄ってくる」


アイオーンが私の腰を引き寄せ、周囲に鋭い視線を飛ばす。その威圧感だけで、声をかけようとした貴族たちが次々と後退していく。


「アイオーン、あまり野蛮に振る舞うな。ソフィ様の品格を疑われる。……ソフィ様、私の用意したこの新作の耳飾り、お気に召しましたか? あなたの瞳の色に合わせ、東方の国から無理やり買い付けさせたものです」


エドウィンが私の耳元に顔を寄せ、冷ややかな指先で宝石に触れる。その指には、私への独占欲がこれでもかと込められていた。


「二人とも、せっかくの美しい夜を台無しにしないで。ソフィ様、今夜は私がお供をして、あなたが一番美しく見える角度でエスコートいたしますから」


リュカが私の手を取り、うっとりとした表情で手の甲にキスを落とした。



そんな夢のような光景を、一瞬で凍りつかせる声が響いた。


「……ソフィ! 君、そんなところで何をしている!」


現れたのは、ボロボロの正装に身を包み、酒の匂いを漂わせたデミウスだった。

かつての威厳など微塵もない。私に押し付けられた負債と、エドウィンによる徹底的な社会的封じ込めによって、彼はもはや王都の笑い草となっていた。


「デミウス。……まだ、この場所に足を踏み入れる度胸があったのね」


私は足を止め、冷たく彼を見下ろした。


「ふざけるな! 私は君の夫だ! あの離婚届など認めない! さあ、その薄汚い奴隷たちを追い払って、今すぐ屋敷に戻るんだ! 君の宝石を売れば、私の借金など……!」


デミウスが私の腕を掴もうと、汚れた手を伸ばした。

けれど、その手が私に触れることは、万に一つも有り得ない。


「……俺の主に、その汚い手を伸ばすな」


アイオーンの抜身の剣気が、デミウスの喉元に突きつけられた。物理的な剣ではない、殺気だけでデミウスは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。


「デミウス様。あなたの債務不履行、および不正蓄財の証拠はすでに王立裁判所に提出済みです。今夜が、あなたが塀の外で過ごせる最後の夜ですよ」


エドウィンが眼鏡を直し、慈悲のない宣告を突きつける。


「ソフィ、助けてくれ! 君は、私を愛していたじゃないか!」


デミウスの醜い叫び。

けれど、私の心には一欠片の情も湧かなかった。

ただ、隣にいる推したちが、この言葉を聞いてこれ以上不機嫌にならないかだけが心配だった。


「……どなたかしら? 困るわ、そんなに大きな声を出されては。私の大切な推したちが、不愉快な気分になってしまうじゃない」


私は扇子で口元を隠し、冷ややかに笑い飛ばした。

警備兵に引きずり出されていくデミウスの背中を見送りながら、私は一度も後ろを向かなかった。



バルコニーへ出ると、夜風が火照った肌に心地よかった。

けれど、そこには静寂などなかった。


「ソフィ様。……あの男はもう終わりだ。これからは、俺だけを見ていてください」


アイオーンが私の背後から抱きしめる。


「いいえ。彼女に必要なのは、私の知性と、私が積み上げた富です。ソフィ様、あなたを永遠に、私の管理する楽園に閉じ込めさせていただけますね?」


エドウィンが私の手を取り、強引に指輪を嵌め直そうとする。


「ずるいですよ、二人とも。ソフィ様、私の舞台は一生終わりません。あなたが飽きるまで、私はあなたの前でだけ、愛の言葉を囁き続けましょう」


リュカが私の足元に跪き、熱い視線を向けてくる。


かつての私は、誰かに愛されたくて必死だった。

けれど死に戻った今、私が手に入れたのは、重すぎて、狂おしくて、けれど眩しいほどの愛。


私は彼らの中心で、贅沢な溜息を吐いた。


「……本当に、あなたたちは欲張りなんだから」


私が微笑むと、三人の男たちが同時に私を奪い合うように抱き寄せてきた。

ただ推しを愛でて優雅に暮らしたかっただけなのに。



彼らからの愛が重すぎる最高の人生は、まだ始まったばかりだ。


(完)

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あとりえむ 作品紹介

死に戻り令嬢は復讐より『推し活』に忙しい! 死に戻り妻は、推しの確定ファンサをお断りしたい。 君が遺した種子は、森には還らなかった。

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