<Extra Edition> Heartache, 200X.
「えっとー、付き合ってください」
ふと俺の正面で、髪を耳に掛けつつ照れ隠しに横を向く女子の背景になっていた、校庭端にある銀杏の樹を見上げる。
「二学期になってから藤沢くん、ずっとフリーだよね? 噂聞かないし」
ざわ、ざわ、と優しい風に揺られて気持ちよさそうだな……こいつって樹齢何年なんだろう。よく見ると立派な樹だ。
「髪、もう地毛の黒だよね。学ランとか最近ちゃんと着てるし、なんか変わったよね。内申あるもんね! あ、あのね、なんかそれで、大人しめの女子とかでの人気も出てきてるんだよ、藤沢くん。ライバルどんどん増えてきちゃって、負けてらんないってゆーか」
たしか幹の半径から樹皮分の厚みを引いて、年輪幅の平均値で割るんだよな。春にジュンさんと父さんと俺で山登りに行ったとき、ジュンさんが言ってた。
「受験あるけど藤沢くんがフリーなのってチャンスだと思って、藤沢くんと一緒の高校にも行きたいなーって。ちなみにどこ高受けるの?」
季節はもうとっくに秋へ変わったのだと、葉の色までも俺に報せていた。
「ごめん」
「……あーそっか、えっと、うん。あのさ、理由訊いてもいい?」
「ん? お互い幸せになるほうの選択肢を選んだだけ。俺と、そっちの分も」
「え、ごめんよくわかんない……あたしけっこう可愛いほうだと思うんだけど」
「うん。ごめんね」
夏は、もうとっくに終わったのだと。
さて、復習と予習と受験用の勉強は一旦終わりでいいだろ。あとは英語、英語。
「あーーっ……疲れた。なんか食お」
高校は以前から県内一番の公立高校に目標を定めてずっと勉強してきているから、その先を見据えての勉強も最近は足している。俺は、両親が教授でもねえし、ジュンさんみたく天然の天才お坊ちゃまでもねえから、やった分だけが自分のもんになることを知ってる。
「あらアキちゃん、今日は勉強終わったの?いまあんたの部屋に飲み物でも持っていこうかって思ってたところ」
一階のリビングルームでは母さんがソファで本を読みくつろいでいた。扉を開けたら聴こえてきたジョン・コルトレーンの、夜長に良さそうなジャズが母さんを含めてこの部屋の空間を仕上げているのを感じ、俺は再びキャンプ道具を引っ張り出して秘密基地を設置する衝動に駆り立てられた。が、英語のテキストを思い浮かべて遊び心を消沈させる。
「ちょっと腹減ったから夜食作る。あ、ひき肉余ってんね。味は塩コショウでいっか」
冷蔵庫を物色。鶏のひき肉と、夕飯だった塩野菜炒めの残りがあった。パタパタとスリッパの音が近づき、母さんがオープンキッチンのカウンターからこちらを窺う。
「ああそれ使っていいわよ。何つくるの? お母さんやろっか」
「気晴らしにしたいから俺がつくる。春雨とか、うどんある?」
「春雨はないわね。うどんは乾麺なら戸棚にあったかも」
「おっけー。あ、素麺あるじゃん。これは使っていいの?」
「いいよ。お品書きは?」
「鶏ひき肉の団子と野菜のスペシャルにゅう麺でーす」
「晶シェフー、お母さんにも一つお願いしまーす」
「はい喜んでー」
ならちょい多めに素麺は三束使うか。具材を台の上に揃えていると、母さんが小型ワインセラーの扉を開け、
「じゃあお母さんはその間に、にゅう麺にぴったりのワインを用意しまーす」
「はいそれ俺の料理関係ないやつー。ただ飲みたいだけのやつー」
「いえいえ、シェフには特製ぶどうジュースをサーブ!」
「えっあんの?」
母さんがふっふっふと不敵な笑みをし、ワインセラーからチラ見させてきたのは、二百五十ミリしかないのに八千円以上する輸入品、スペインの超有名ワイナリー製ぶどうジュースだった。
「えっそれ開けていいの? 今日普通の日だよ?」
元旦や俺の誕生日とかにしか飲ませてくれないぶどうジュース。俺にとっては小さな頃から慶事のみに許されている超高級飲料だ。
「だってアキちゃん、二学期から勉強すごくがんばってるじゃない? サーフィンもずっと我慢してるし。だからお母さんからのプレゼント。それにほら、お誕生日のときはお腹も口の中も怪我してたでしょ。多分ぶどうジュースもよく味わえてなかったでしょうし。さっき、これを持って行ってあげようと思ってたのよ」
ふふ、とほほ笑みながら「赤と白どっちがいい?」と訊かれたので、鶏肉のにゅう麺だし白で、と答えたら、いっちょまえにこのこの〜と言われた。
「そういえばさ、アキちゃんが小学校一年生のときに、サンタさんにこのぶどうジュースのことお願いしてたわよね」
まな板の上で玉ねぎをみじん切りにしていく。
「うん、憶えてるよ。サンタさんからの返事も憶えてます。そして俺がガン泣きしたのも忘れません」
あっはっはと母さんが笑った。当時の俺はサンタクロースに『こうきゅうぶどうジュースを、おふろいっぱいにください』と書いた。クリスマスの日、違うプレゼントとともに添えられていたのは『ぶどうジュースは、サンタさんのよさんオーバーです』と書かれた手紙だった。
「だってあんた、このジュ―スをお風呂いっぱいって、いくらかかると思ってのよ」
ボールを出して、刻んだ玉ねぎとひき肉を入れて塩コショウをして……、あっ片栗粉出してなかった。と思ったら母さんが代わりに出してくれて、どれくらい入れるの? と聞いてくるので匙で掬ってもらい、それくらいと告げる。
「あのね、俺七歳だよ? ピュアな子どもに予算とか言う? サンタクロースは世界中にプレゼント配ってんだから無限に金があるように見えるのに、俺には予算とか言うんだよ? すげえショックだった。親が買えないものを用意できるのがサンタだと思ってたのに! いつか自力でこのぶどうジュースを風呂いっぱいにできるくらい成功してやるからな!」
アキちゃん、その意気よ! とかなんとか、母さんが適当に俺を乗せて盛り上げる。
「ただいま。玄関まで楽しそうな声が聞こえてきていたよ。お、晶、今日は何を作ってるんだ?」
そこに帰宅した父さんまで入ってきて、結局俺はスぺシャルにゅう麺を三人前作ることになった。
「へえ、中間考査は学年二位だったのか。たしか一学期の期末が三位だったよな」
「うん。一位はいつものオール満点さん。中一から万年一位の天才さんだから、その子抜かすにはまだ修行が足りねえわ俺」
「でも一人は抜かせたんだから、アキちゃんの頑張りは現れてるんじゃないの?」
俺はにゅう麺の入ったお椀に視線を落とした。ひき肉の団子は少し小さすぎただろうか。火の通りを考えすぎたな。
「はは。そっかな」
「晶は自分の努力を自分がまず認めることだな。順位はいいんだよ、結果に納得できるまでお前の好きにがんばりなさい。ああ、ジョーくんが高校生のときに教わっていた家庭教師の方がいたよな、お願いできるかジュンさんに訊いてみようか? なあ、お母さんどうだろう」
「そうね。全教科だといくらかわからないけど英語だけならお願いできるかも? どのくらいするのかしらね、」
「いや、大丈夫。本当に家庭教師つけてほしくなったら俺が探す」
「……」
「だから何もしないで」
二人とも俺を見つめているのを感じるけど、俺はいま二周目に入ったジョン・コルトレーンを聴くのと手元のにゅう麺を食べるのに忙しいので、気付かないふりをした。
「っくしっ!!」
はー、くしゃみと一緒に勢いよく鼻水出そうだったわ。今年の三月、さむ。
「お前マジでS南高校受かるんだもんな。イケメン文武両道はマジでずるいわ」
「おー、この中学唯一のS南だからな。友達一から作り直しだぞー俺を応援しろー」
「ばーか、晶ならすぐ友達百人作るくせに。じゃあな、春休み電話するからー!」
「またなー」
「あ、晶じゃん! 高校別だけどまた遊ぼうな!」
「いつでも連絡してなー」
「藤沢先輩! 女子が数人正門で待ってたっすよ」
「そっかー教えてくれてありがとー」
その時ポケットの中で携帯電話が震えたので急いで画面を見た。……母さんからのメール着信だった。思わずため息が出る。急いで取り出す必要なかったわ。
『良い卒業式だったね。ちゃんとお世話になった先生達に挨拶してから帰ってきなさい。お母さんは先に帰ります』
はいよ、と返信。職員室に向かっているところだったから、ちょうどいい。
「失礼しまーす。笹塚先生いますか」
「お、藤沢。どうしたわざわざ。……うわ、ははは。お前追い剥ぎにあったみたい」
担任の笹塚が俺の姿を見るなり、苦笑い。それを聞いた周りの先生たちもクスクスと微笑んでいた。
「っす。っくし!」
「はは、それじゃ風邪ひくわな。ちゃんとコートで前閉じとけ」
「ん。ねえ先生、俺の一生のお願いを訊いてくれますか」
「藤沢の一生のお願いか。何回かもう訊いた記憶があるな」
「それは前々世、前世とかの分の一生のお願いっすね。今日のは今世のお願いっす」
「お前はほんとにさ……、まあ色々あったけどな、俺はお前の担任で良かったよ。楽しかった。さっき教室でも言ったけど、ほんとに卒業おめでとう。S南でも勉強をしっかりとがんばれ」
「ありがとうございます。そんで今生のお願いなんすけど。アレの鍵、貸してください」
笹塚が目を少し大きく開き、俺を職員室から出るように促した。そしてそこから少し離れた廊下で、腕を組み俺を見つめる。
「……ふーむ……、アレか……。内容次第だな」
「内容すか。健全に空間を楽しみたいだけっす」
まだ笹塚は黙って俺を見て探る。
「理由は?」
「見ておきたい。春休みの間に取り壊すって聞いたんで」
「お前って、どこからそんなマイナー情報を仕入れてくるんだ?」
「用務員さんに会いに行って訊いてみたら言ってました。でも雇われさんだし確かじゃないから、教頭先生にすれ違いざまになんとなく聞いて裏を取りました」
「抜け目ねえなあ。そうだよ、月末までに撤去される予定だ。プール周りはすべて整備して、来年度はプールを開けられるようにする。水泳部の練習と体育の水泳が復活するわけ」
「へえ、そりゃよかったすね。つまり最後なんで、見納めしたいんですけど」
「……一人か? それとも誰かと? 彼女か?」
「んなことしねえっすよ、俺一人です。つか俺、しばらく彼女いませんよ」
「そうか。……一人で何すんだ」
「ただ、座ってぼーっとします。先生が心配しているようなことはしませんよ。女連れ込むとか、煙草とか、ダチ連れて悪いことするとか? あと何想像してるか知らないけど。俺はただ、あの部屋でぼーっとしたいだけです」
笹塚はでっけえため息をして、俺に鍵を渡してくれた。そして、
「一時間だけな。時間になったらまた鍵を返しに来なさい。来なかったら鬼電すっからな」
と言い、俺は頭をぐしゃぐしゃに撫で繰り回された。
「ふふふふ藤沢くんそそそそそそ卒業おめでとうございます」
先にスーパーに寄ってから、人通りの少ない道を敢えて選び校舎から見えない校庭の死角に行ったところで、小さな声で話しかけられた気がしたので振り向いたら、テスト順位で一度も勝てなかった万年一位さんが立っていた。
「あー……ありがとう。でも学年一緒だよね。そちらも卒業おめでとうございます」
若干呆気にとられて俺がそう言ったら、その子はボッと音が聴こえたかと思うほどに、一気に顔を赤らめた。
「あああああありがとうございます!?!!」
そしてなぜか疑問形でお礼が返ってきた。
「あのあのあの、ボボボボタンをききき記念に頂けたりはいたしますでしょうか」
「あー、ごめんボタンもうないんだわ」
「えぇえええ”っ!! ほほほっほっほほんとうですか??!!」
おー、こんなに大きな声出せるんだな。
「うん。学ランもワイシャツも売り切れまして」
俺はコートを脱いで、証明するように制服を見せた。学ランのボタン、カフスボタン、裏に縫い付けられていたネームプレート、襟カラー、ワイシャツのボタンもすべて。ちなみにベルトも取られました。
「ハッ……! なんということでしょう全く以て悠長すぎました外界に疎すぎましたね世の動きとはかくも早く残酷そして移ろい過ぎるもの、疾風迅雷これもひとつの栄枯盛衰であり諸行無常、ボタンだって限りあるものでありこの時空に永遠に在るものなどないに等しくとはいえ今というこの刹那こうやって生涯の勇気を振り絞り藤沢くんと会話している奇跡、永久に無きにしも非ず」
「え、なに? なになに? 早口すぎて聞き取れなかったわ」
「あああはははっ、聞くに及ばず! ハッ! 聞くに及ばずという日本語は果たして正しいのだろうか……?」
「"言うに及ばず"とは言うよね」
「はい。ハッ! 藤沢君と会話している……??!!??」
「してますね。え、だいじょぶ?」
「ええ、ええ、ええそりゃあもう!??! 言うに及ばず!!」
その子は指をそろえた両掌を俺にバッと見せて「深入り無用」と体現してきたので、俺はその通りやめた。
「ああああのえっとえっとえっと、さささささ最後に話せて良かったです! おおおおおおおおおお元気で!!!」
「え、うん。え?」
言いながらその子は驚異的スピードで後ろ歩きをし、俺から遠ざかっていく。すげえ。
「……」
スカート長いし眼鏡分厚いし、化粧っ気ゼロで前髪長くて顔も良く見えなかったけど、真っ赤な顔をして震える手で一生懸命話していた。
「三田女子高でもがんばってなー!」
その子に向かって手を振ってお別れした。すると俺の声にかなり驚いたらしく、その子は躓いてこけて、俺が走り寄ろうとしたら慌てて両手をブンブンと振って「気遣い無用」のジェスチャーをし、自力で起き上がって光の如く走り去っていった。
「……」
ずっと俺が成績で勝てなかった相手、としか認識していなかった。俺より偏差値高い女子高に合格したというのも、俺が勝手にライバル心を燃やしていたから知っていたし。
その相手が、まさか自分に好意を持ってくれていたとは。
学校側が新しく取り付けた大きな錠に、先ほど笹塚から借りた鍵を挿して小屋に入ると埃の臭いが充満していたので、俺はまず窓に手を掛けた。
二学期、ここの存在がバレて入れなくなり、小屋への電力も止められた。いつから誰が使っていたのかなどは探られなかったけど、それ以来俺も近づくことはなくなった。
誰にも手入れをされなくなった窓のサッシは既にさび付いていてすんなりとは動かず、仕方がないので俺は机の上にスーパーの袋と鞄を置き、両手で力を入れて窓を開けた。すると部屋で沈んでいた埃や砂が一気に舞い上がり、むせた。
「っくしょーい、っくしっ……! はー、くしゃみ止まんねえ。さみーけど窓閉めらんねえな。コート着とこ」
寒いのか埃のせいなのか最早わからないけどくしゃみをしながら、俺は買ってきたウェットティッシュで机と椅子、ソファを拭いた。次に、鞄から電池式のポータブルプレイヤーを取り出し、お気に入りの曲をかける。
この小屋への電力は二学期の初めに、既に止められた。錠前だってあの時俺が取り付けたものではない。
椅子に座り、俺は刺身と温めた白米パックを袋から取り出して、白米の上にマグロの刺身を乗っけて醤油をぶっかけた。
「うっし、完璧。いただきます」
さっきの万年一位さん、面白かった。ただのガリ勉さんだと思ってたのに、人は見かけによらねえよな、外面だけじゃなんもわかんねえわ。疾風迅雷? 聞くに及ばず! とか言って。侍か何かなの? なんかちょっとさ、久しぶりにわくわくしちゃったじゃん。
人間とはちゃんと相対してみねえといけないよね。それを俺は夏にめちゃくちゃ学んだつもりでいたんだけどな。いやー俺なんてまだまだ。ただのクソガキですわ。
「……」
ミュージックソウルチルドの歌声は、こんなに侘しいものだっただろうか? なんてノスタルジックな考え方をしながら食べ終わったお手製刺身丼のパックゴミを袋にまとめた。
「机も、椅子も、ソファも……廃棄されるぞー」
別に、ただの俺の独り言だ。
ソファを数度パンパン、と手で払ってから、俺はそこに横になった。ブーブー、と携帯電話が着信したので急いで画面を見れば、そこには登録済みの友達の名前が出ていた。今の俺は所在地を聞かれたくないので、電話は取らなかった。
「……取りに来ねえと、ぜんぶ無くなるぞ」
受験も終わった卒業前、笹塚にだけ俺は事情を話した。その時は笹塚と一緒なら入れてやると言われたので二人でこの小屋に入り、ちょっとした思い出話をしてすぐに退室した。実はあいつとここで好きな音楽を聴いてた、っていう話。
ここの家具や設備があいつの掃除の賜物だとか、俺と一緒にDIYしてたとか、そんなことは話さねえけど。
だから、取りに来るなら今しかねえぞ。今なら……そうだな、十発くらい殴らせろ。それで許してやってもいい。ほら、俺がここにいられるのはあと四十分だ。電話でもなんでもいいぜ、してこいよ。待っててやるから。
でないと俺はクソガキなので。あの夏は俺を傷つけた奴ばかりだったということにするからな? 兄貴面しながら背中から不意打ちで刺してきたみたいな、見えないところで裏切ってたクソ野郎とか。物理的にダメージを負わせてきたマジで怖かった縄文人や弥生人とか。マジで夢に出るんだよ? チャリを永久に追っかけてくるの、超ホラーだからな、あれ。
それに、すげえ親友になれると思ったのにいきなり黙って消えやがった奴とか。
「まじでクソ。繰り上げで二位になったって何も嬉しくなんかねえんだよ、クソが」
『藤沢ー、一時間過ぎてっから。あと五分で鍵返しに来いよーでないと俺が行くぞ。そこすげえ寒いだろ? 風邪ひくぞ?』
「……あ、すんません今、出ます」
『ほーらみろ、お前すげえ鼻声になってるじゃねえか』
「はは」
『…………あー、ちゃんと戸締りしろよ。俺が怒られる』
「……はいはい」
『はいは一回』
「はーい」
来週には高校の制服が届く。つまり新世界が始まるわけよ。立ち止まっている場合じゃねえの。高校には同中の奴は居ないし、ああ、小学校が被ってる奴はもしかしたらいるかな。まあ、居なかろうが別に。馴染めるかって? 当たり前だよ、この俺が馴染めないわけないじゃん。擬態カメレオンくんを舐めんなよ。
「もしもし、ごめんさっき電話した? あーちょっと出れなくてさ。俺はまだ学校にいるよ、どした? え、皆でファミレス? 別にいいけど一回帰ってい? いや、制服ぜんぶボタンなくて寒いんだわ。はは、自慢じゃないですーただの事実ですーはいはい、じゃな」
すべてのものを小屋に閉じ込めて扉を閉める。
もう二度と開くことはないと言わんばかりの、その大きな錠に鍵を挿し込んで回すと、ガシャンと重く厚い音がした。
おわり
藤沢先輩お誕生日おめでとうございます記念です。
あの夏のあとの、敏感で傷つきやすい、大人になりたい少年の成長痛を必死に隠した彼をいつか表現できたら、と思っていたものをついに書いてみました。
どうでしょう、隠しきれていましたでしょうか。
丸見えでした?
子どもの頃に感じた衝撃って忘れられなかったりして、その消化方法(「消化できない」も含む)も人それぞれですよね。
晶くんは良い感じの大人になった頃に、思い出深いこの友人と再会し、ハイドアウト本編の通り現在はうま~く納得しているわけですが、十五の繊細な彼の立場を思えば、それはもう、数少ない心許した人間に傷つけられまくった酷い夏だったと思います。
彼がこの事件を、全員があの時各々の思考、視野や行動の結果からそうする外になかった、という結論に達するまでは、多分彼自身もそうする外になく、他の人から見たら傷つけた、と思われるようなことをしたりしなかったり、人生を年々積み上げて、大人になって、その時に、ふと気づくのかな。なんて。
あいつだってきっとどこかでボロクソに泣いてたはずだぜ、アキちゃん。