1.水蓮院の巫女
人の魂とは、どのような形をしているのだろうか。
その問いにある人は幽かに灯る火玉のようだと、ある人は天翔ける鳥のようだと、またある人は繊細に舞う胡蝶のようだと答える。いづれも定かではない。
しかし、一つだけ言えるのはどれほど崇高で清らかな魂でも、未練を晴らさずして常世にいけることは決してあり得ない。例えどれほどの月日がたとうとも。
―少女はゆっくりと瞼を上げる。途端に視界が明瞭になり、目の前の朱色の小さな社が、それを取り巻く小川の水のせせらぎが、緑のにおいが体に流れ込んでくる。
そんな中、ひらりと飛んできた蝶が水面に浮かぶ睡蓮へ軽やかにとまった。
「安らぎの場所は見つかりましたか?」
微笑みをこぼす少女の問いに、蝶は動かない羽で返答する。その流れで水面に映った人影と目が合った。翡翠色の髪に蓮の色がかかったびわ茶の瞳。彼女は視線をずらすと再び祈りを捧げる。
そんな人と自然と神の領域が交差する中、草を踏みしめこちらに向かってくる気配がした。
「ああ、ここにいたのね」
少女はゆっくりと振り返った。その拍子に翡翠の色した三つ編みが巫女服の上を滑る。
「お祈りは終わった?―なずな」
その問いに少女―癒禱木なずなは清く純粋な蓮華のような笑顔で答えた。
「終わったよ、あずさ」
―その瞬間、問いかけた少女・癒禱木あずさの穏やかな笑みは一瞬にして崩壊した。
「そういうことじゃないわよ!なに”とっても”って!もうすぐ儀式が始まるし、今日は父様母様兄様も来るんだから、巫女の私たちが遅れたら癒禱木の恥!分かってる!?」
「う、うん、もちろん」
正直、反省の念が湧かない。相手が自分と瓜二つの双子の姉のせいか、同じ声だからか、はたまたいつものことだからか。
(あ、あずさの巫女服葉っぱついてる)
「聞いてる?」
「えっと祈祷の話だよね。そろそろ演奏の準備でしょ?」
「分かってるなら早く行くわよ」
「見放さないで・・・・・・」
「美優が信じているものは見放さないから大丈夫」
「薄情・・・・・・」
同じく翡翠色の二つ結びをなびかせ踵を返す姉に、妹は泣く泣くついて行く―が、ふと足を止め瞼を閉じた。
ここからは双子の姉妹としてではない、神に仕える巫女として接しなければならないのだ。
「行こうか、翠蘭」
声色と雰囲気を変えたなずなに、あずさ―巫名・翠蘭は笑みを深めた。
「そうね、豊乃」
翡翠色の三つ編みに蓮の色がかかったびわ茶の瞳を持つ少女、癒禱木なずな。
彼女は、巫女だった。
◇
隠れ郷・大和郷には三つの柱がある。
天照大御神を祀り、郷の統治を司る天照一族。
月読命を祀り、天照の右腕として郷の未来を司る月読一族。
天宇受売命を祀り、神々と人間の架け橋として祭事・儀式を司る神門一族。
そしてその三柱を支える九つの一族と合わせて十二の一族で、大和郷は成り立っている。その中で神門一族が管理する水蓮院では今日、祈禱があった。
(普段より人が多いなぁ)
ちょうど厄払いの時期と重なったせいか、拝殿には大勢の人が参列していた。そのため急遽、祈祷の内容を変更したので、神楽も演奏も普段より幾分華やかである。なずなが楽人として本日神楽笛を奏でるのもそんな理由だった。
演奏の腕が高いとか、そんな高尚な理由で選ばれることは今生、断じてないのである。あり得るなら嬉しさで卒倒するだろう。あり得ないが。
「それでは、祈祷を始めます」
銅鑼の音がここ、水蓮院に響くと同時になずなは気を引き締めた。
まずは修祓の儀。前に進み出た水蓮院宮司・桃仙が祓詞と共に大麻を振る。垂手―先端についている白い紙が重なり合う音は心地よい。
続いて祝詞奏上を行うのは禰宜・昴月。大和郷一祝詞が美しいと言われている。確かに彼の紡ぐ調べは女子と見紛うような美貌と相まって、非常に目の保養である。
ちなみに宮司も禰宜も役職名で、立場的には水蓮院のまとめ役である。つまりなずなが話すことすらないような人たちだ。遠目で見る彼らに巫女たちの目が釘付けなのも当然だろう。
(神の御前で巫女がそんな姿になるなんて、いいのかな?)
そして最後が神に捧げる神楽舞。見やすいように神楽殿という神楽のための舞台で、なずなたちが奏でる旋律に合わせ、鍛錬を積んできた巫女たちが舞う。
天女が降臨したかのような神秘的な光景に、今度は郷の民の目が釘付けだ。
その中でも一際目を引く巫女がいた。
天巫女・神楽。
まばゆく煌めく金髪に、雪のような肌、そしてなにより、アメノウズメを祀る神門の血を引くのに相応しい芸の才覚。彼女は郷に天恵と繁栄をもたらすと言われている”金の踊り子”だった。
神楽という巫名が与えられるのも当然だ。揺れる金髪も、踊る衣装も、響き渡る鈴の音も全てが彼女のためにある。他の追随を許さない極めた努力の結晶が輝く。
美しいものに目が肥えたであろう昔の貴人も、心を揺さぶられ読んだ、【天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ】という光景はまさにこれではなかろうか。
「ああ、美しい」
「生き弁天ですわ・・・・・・」
「さすがアメノウズメを祀る家門!」
「心晴れる思いであるなぁ」
崇めと感嘆と称賛が飛び交う。息を忘れるような光景であるが、なずなの心は姉のあずさに向かっていた。
(あずさ、本当にきれい)
神楽には劣るものの、鈴の音、目線、指先から爪先に至るまでの細かな動きが丁寧だ。ただ圧倒される神々しい金の踊り子と違い、癒されるようなあずさの舞。まっすぐな想いが突き抜けるように届いてくる。目が合うと、彼女はにこりと微笑んだ。
『あの天女のような少女たちの舞をもっと見ていたい、感じていたい。どうか終わらないほしい』
その心は誰のものだったか。
なずなは一層胸を弾ませ奏でた、豊かな音色が巫女舞を美しく彩っていった。
目玉は巫女舞です!素人ながら頑張って調べて描写しました。おかしなところがあるかもしれませんが、暖かい目で見て欲しいです。
面白かったらブクマ・コメ・星でよろしくお願いします。




