始まり
木々が鬱蒼と生い茂り、濃霧が立ち込める深山幽谷のその森に。
外界と隔絶された、一つの隠れ郷があった―
◇
ただひたすら、足を進めていた、少年の服には葉や土がついており、呼吸は荒く、顔には疲労がありありと見えた。しかしそれでも目の光は強く、一歩一歩大地を踏みしめていた。
―足音が聞こえるまでは。
「はーあ、なんで俺たちがこんな森に行くんだか。旧幕府軍の残党なんて残っちゃいねぇよ」
少年はとっさに茂みに隠れる。歩いてきたのは、西洋風な軍服を着た二人組だ。腰には剣を携え、値踏みするように周囲を見回している。
「まぁまぁ。どのみちこの森は長らく人の手が入ってないし、異常なしだったら切り開いて工場立てるんだからさ。人と戦うより楽じゃないか」
「一理はあるけどよぉ」
男たちの会話に、少年は冷や汗が伝うのを感じた。
(まずい、この森には・・・・・・)
「ん?」
ふと片方の男が足を止め、訝しげに先を見る。目を凝らして見極めようとしているようにも見えた。
「どうした?」
「なんか景色が歪んでないか」
「はあ?」
困惑をよそに男は剣を抜き―振り下ろした。
そのとたん、閃光が奔り火花がはぜる。剣からは熱と煙が出ていた。男たちの闘気が立ち上り、気だるげな顔は軍人のそれに塗り替わる。困惑していた男は柄に手を添えた。
「なるほど、可能性はありそうだ」
その発言を聞いた瞬間、少年は術式を編み出していた。
「開け 護りの蓮――包囲結界」
唱えた瞬間、彼らの身体は地に伏した。腕に力を籠めるも上体を起こすのは不可能だろう。
「!?」
「なんだ、重圧が、かかって」
(あーあ、素直に見過ごせば良かったのに)
彼らは今、背に巨岩を乗せたような重圧を感じているだろう。その正体は少年が作り出した結界だ。上部を地面に押し付けるようにすれば、地と結界の狭間にいる彼らは文字通り板挟みである。
だがそんな原理の分からぬ彼らに恐怖を植え付けるには、十分だった。
山神の祟りだ、禁忌に触れたんだと喚き脱兎のごとく去っていく彼ら。
その背中を見送った少年は、詰めていた息を吐きだす。
「いやぁ、危なかった。それにしても何のために大結界があるんだか」
そう言って少年は背後を振り仰ぐ。
木々の隙間のその先、油膜のような色味を帯びた結界のさらに向こう、ひっそりと存在する隠れ郷。
その名も【大和郷】を―。
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