【番外編】初恋の騎士さまの重すぎる新婚旅行
「出張では北部に行っているだろう? だから、旅行は南部の方が良いかと思って」
ご機嫌なレスターが、ローレンスの執務室を訪問して既に30分が経過する。
書類の山に埋もれるローレンスを見ることなく、レスターはソファで意気揚々と旅行計画を練っている。
「海も良いが、サラの水着姿を他の男に見せたくないし。そうなると、海辺の散策か?」
「お前さ、宿直明けなのに疲れていないのか?」
宿直明けならさっさと屋敷に帰って休めば良いものの、レスターは屋敷に帰らず念願の新婚旅行計画を練っている。
(どうせサラが仕事中だから、王宮にいるだけだろうが……。ランチでも一緒に食べてから屋敷に戻るつもりなのか?)
「え? まあ、特に疲労感はないが――」
「体力おばけだな。……そういえば、南部に有名な温泉地もあったな」
ローレンスはペンを握る手を止めて、提案した。
「温泉はよくない。折角二人で行っているのに、バラバラに入らなければならないのは嫌だ」
「――混浴も」
「論外だ。他の男も入るだろう。貸し切りならともかく……」
ローレンスの提案は、言い切る前に否定された。
(こいつは、本当に……――)
サラのことになると、周りが見えなくなる。
以前からそうだったが、結婚後も落ち着くことはないようだ。
(まあ、それだけサラを思っているということでもあるんだろうけど……)
「そうだ、珊瑚のアクセサリーもいいかもな。サラの好みに合わせてオーダーできる店を探しておくか。記念にお揃いのものを買うのもいいな」
「好きにしろよ」
「なんだよ、冷たいな」
「は? 冷たい? 俺が?」
ローレンスは書類の山の隙間から、レスターを見てため息をついた。
「……お前なあ、よくもこの書類の山の中にいる、独身の俺に相談できるな。俺は妹のためと思ってお前の相談にも乗っているというのに。お前はどうなんだ。海は嫌だの、温泉は嫌だの、好き勝手なことばかり言いやがって……」
ローレンスは、幸せ過ぎて周りが見えていない親友を睨んだ。が、レスターはローレンスの睨みは意に介さず「なるほど」というような様子で頷いた。
「俺の出張は魔獣討伐ばかりだから観光には役に立たないから、ローレンスに相談しに来たが、新婚旅行の相談には言われてみれば不向きだったな。すまなかった」
「――……なんか、それはそれで腹立たしいな」
「そうか? お前が言っていることが最もだと思っただけだが――」
「俺だって、サラの好きそうな場所くらい分かる!」
「そうか? やっぱり持つべきものはシスコンの兄だな」
「お前一々うるさい。相談に乗ってほしいのか。ほしくないのか。どっちなんだよ」
「ローレンス。やっぱり乗ってくれるのか?」
「……――俺は、忙しいんだ」
「じゃあ、やっぱり」
「昼まで待ってろ! ランチミーティングだ!」
「いいのか?」
ローレンスは渋々と言った感じに頷いた。
「候補を洗い出しておけ」
「ありがとう、ローレンス」
◇◇◇
「え? ここじゃないの?」
南部の市街地のホテルに宿泊すると思っていたサラは、馬車が市街地を通り過ぎて港まで走るのを不思議に思っていた。きょとんとするサラを見て、レスターは満足気な顔をしていた。
「レスター、南部のホテルって言ってなかった?……なんで、港?」
「もう少し移動するよ」
「え?」
目的地に着いたと思っていたサラは、馬車を下りさらに船に乗り込むレスターを不思議そうに見ていた。レスターはひょいと二人分の荷物を運んだ。今回の旅行は完全に二人きりであることにレスターがこだわったため、使用人も同行していない。
「船?」
「ああ、船から見る海も良いだろう?」
そう言って、レスターはサラと海を眺めた。二人の眼前には穏やかなエメラルドグリーンの海が広がっている。海鳥が二人を歓迎するように空を飛んでいる。
「すごい! 私、船に乗るの、初めて!」
サラは興奮してレスターを見た。
「そうか」
レスターはそんな横顔を見ながら小さく息を吐く。
(ローレンスに聞いておいて良かったな)
正直なところ、島を借りるのは骨が折れた。
南部の情報を色々取り寄せて、プライベートビーチの情報を見つけて、伝手を探して、ロージャーに頭を下げて頼み込んだ。
だが――。
サラの笑顔を見た瞬間、そんな苦労はどうでも良くなった。
興奮するサラにレスターは、船酔いをしないようアドバイスをした。
「でも、レスターどこへ行くの?」
「ん? どこって……」
レスターは海のその先を指さした。そこには小さな島が浮かんでいた。
「え……まさか、島!?」
サラのつぶやきに、レスターは微笑んだ。
「ロージャー団長の知り合いに、島を所有している人がいて今回別荘も貸してもらうことになったんだ」
「うそ……信じられない」
島の屋敷に到着すると、レスターはサラを連れ出した。
さっそく海へ行くという。
屋敷から15分ほど歩くと、白い砂浜が広がるビーチに辿り着いた。
「――……きれい。こんな景色はじめて見るわ」
思わずサラの口から声が零れた。
船から見たときも素晴らしい景色だったが、こうして砂浜から見る景色も一興だ。
白砂青松とはこのことかと思う程の、美しい海辺だった。
ぼーっと見惚れているサラの姿を見て、レスターは満足気に目尻を下げていた。
(やっぱり海にして正解だったな)
「レスター、こんな素敵なところを探してくれていたなんて……」
「驚いた?」
サラはこくんと大きく頷いた。
「すっごく!」
「良かった。サプライズにした甲斐があった」
「調べるのも、予約も、大変だったんじゃない?」
「色々な人に相談に乗ってもらってたからさ」
「いつ準備をしてくれているのか、全然分からなかったわ」
「そう?」
あの後も、ローレンスやユーニス、ロージャー団長なんかにも相談しながら、完璧な計画を立てることができた。
「島のプライベートビーチなんて、想像もしていなかった」
「ロージャー団長の伝手で借りられたんだ。ラッキーだったよ」
「大変だったんじゃない? 普通のビーチでも十分だったのに」
心配そうにレスターを見上げるサラを、レスターは抱きしめた。
「普通のビーチは……俺が嫌だ」
「え?」
レスターは、サラの上着のボタンを外した。
上着の中は、レスターが選んだ水着を着用していた。
上はチューブトップ、下は短いスカートタイプのものだった。
「かわいい」
「……ありがとう」
サラの水着姿を手放して褒めるレスターに少し顔を赤らめた。
「でも、他の男に、サラの水着姿を見せたくなかったから」
「……え?」
サラはレスターの言葉に目を見開いた。
「そんな……理由で?」
サラの反応に、レスターはムッとした顔をした。
「そんな理由じゃない。海には連れて行きたかったけど、サラの水着姿を他の男に見せたくなかったから、砂浜の散策だけにしようかとも思ったんだ。でも、ユーニスが散策だけじゃもったいないとも言うし、水着も勧めて来るから……」
「お姉さまが?」
レスターがこくんと頷いた。
ユーニスが勧めて来た水着は、上下別になっているため、少しお腹も見える。
(確かに可愛いが、可愛過ぎて……他の男に見せるなんて考えられない――)
「レスター……」
サラは独占欲を隠さないレスターに、重苦しい愛を感じていた。
(そんなことで……プライベートビーチまで手配してしちゃうなんて……――)
サラはレスターの行動力に驚きつつも、一年経っても変わらず、いや、以前よりも堂々と愛情表現をしてくれるレスターが愛おしかった。
レスターは水着姿のサラを後ろから抱きしめながら、首筋に口づけを落とした。
「重たい?」
サラに寄りかかるレスターは物理的にも重く、サラはそんなレスターにくすっと笑った。
「うん、とっても」
レスターはサラの身体をより強く抱きしめ、肩に顔を寄せた。
「愛しているよ」
「私も」
サラはレスターに向き直ると、自分からレスターの逞しい胸に飛び込んだ。
「レスター、私、結婚してから、毎日、あなたのことをどんどん好きになってる」
「……サラ」
「新婚旅行、計画してくれて……ありがとう。本当に嬉しい」
「遅くなっちゃったけど……――喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
サラとレスターはお互いの顔を見つめ、笑い合った。
「レスター、実はね、私もレスターと行きたい場所があって、調べて来たの」
「えっ?」
「レスターの計画を邪魔したら悪いんだけど……。旅行の思い出に残るものがほしいなって思って」
「え……」
「ね、レスター、今日は貝殻拾いをするのはどう? 拾ったものを加工してくれるお店を調べて来たの」
白い砂浜には、美しい貝殻や珊瑚も見えた。
「お兄さまに相談に乗ってもらっていて――」
「ロ、ローレンス?」
「うん。なんかあった?」
「いや……その――俺も、ローレンスに同じようなことを相談していたから」
二人は目を見合わせてローレンスの顔を思い浮かべていた。
「お兄さまにお土産を買って帰られないとね」
「ローレンスに土産を買って帰らないとな」
思わず二人の言葉がはもり、笑い声が漏れた。
「島には、私たちしかいないの?」
「別荘の管理人はいるが、この浜には来ない」
「そうなの?」
「ああ。だから、好きなだけ楽しめる」
サラは白い帽子を押さえながら、レスターと手を繋ぎ碧い海へと入った。静かな波が寄せては返し、海面は太陽の日差しが反射してキラキラと輝いていた。
気が付くとサラは楽しそうに波打ち際へ駆けていた。白い帽子が風に揺れた。
「レスター、こっち! みて、桜色の貝殻」
振り返ったサラは、眩しいほどの笑顔だった。
(――来て、良かった)
島も、海も、景色も。サラのために用意した。
すべては、この笑顔を見るために――。
「――……綺麗だな」
「ええ、貝殻もこんなに色々あるのね」
弾ける笑顔で顔を上げると、貝殻ではなくサラを見つめるレスターと目がぶつかった。
「――……レスター、本当に見てる?」
「見てるよ、サラを」
レスターはそう答えると、愛する妻のまぶたに口づけた。
「うん、桜色の貝殻のピアスなんかもいいな」
レスターは、サラの手から貝殻を取り、サラの耳に合わせた。
「でもアクセサリーだと、レスターが着けにくくない? キーホルダーとか、アクセサリーなら、くまのぬいぐるみ用のものもかわいいでしょう?」
「ぬいぐるみ用か。それもいいな。でも、サラにも身に付けてほしい」
この旅行のことを、彼女にいつでも思い出してほしい。
いや――俺のことを、もっともっと……考えてほしいんだ。
「ダメか?」
「――ダメじゃないけど……。どうせなら、レスターとお揃いがいいわ」
「……――」
レスターはサラが自分と同じことを考えていたことに、胸が動かされた。
「どうか、した?」
「いや――……なんでも。だったら、珊瑚を加工したアクセサリーは?」
当初考えていたアイデアを口にした。
「珊瑚?」
「ああ、俺も探していたって言っただろう? 俺はお揃いのアクセサリーがいいかと思って。ブレスレットとか、そういうものならお互いにつけやすいかなって」
「素敵! それも作りましょう」
サラは嬉しそうにレスターに微笑んだ。
◇◇◇
帰宅後、留守番をしていたくまのぬいぐるみに、二人はお揃いの貝殻ネックレスをかけた。
「ただいま」
サラがそう言うと、くまのぬいぐるみは変わらない笑顔で二人を迎えた。
レスターはサラの腕に光る珊瑚のブレスレットをそっと指先でなぞった。
「気に入った?」
「もちろん!」
サラが笑う。
その笑顔を見て、レスターは満足そうに目を細めた。
島で見つけた珊瑚も。
海辺で拾った貝殻も。
いつか色褪せる日が来るかもしれない。
けれど――。
「サラ、俺は永遠に君のものだよ」
そう言ってレスターはサラのブレスレットにちゅっと口づけた。
サラは戸惑ったように顔を赤らめたが、小さく頷いた。
そして、サラはレスターの太い手首のブレスレットを指でなぞった。
「ええ、レスター。私も、ずっと……」
碧の瞳が優しく細められる。
二人の腕で揺れるお揃いのブレスレットが、優しく光った。
お読みいただきありがとうございました!
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「番外編」も面白いと思っていただけましたら、
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《新連載開始》
悪役令嬢として処刑されたくないので、スパイ任務を全力でサボっていたら、ツンデレ小公爵様がやたらと構ってきます~精霊だけが知っている彼の本音は、今日も今日とて「大好き」ダダ漏れです!
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